割り込む声
不意に、ここまでずっと黙っていた人物の声が割り込んだ。
「凡百の塵芥ばかりで退屈だと思っていたが――」
その一声だけで、部屋の時間が止まったような気がした。
発したのは、あの金髪の傲然男――『神話』だった。
黒い目を閉じていた彼が、ゆっくりとそれを開く。
意外にもここまで妙に静かにしていたので、誰もが気を抜いていたのだろう。
『神話』が声を上げた瞬間、空気が再び硬くなった。
「なかなか面白い芸をする者もいたものだ。
観賞用としては、悪くない」
何を見て、誰を指しての発言なのかが分からない。
けれどその意味不明な言葉は、確実に場を刺した。
目の前にいるルピナスが肩を小さく強張らせる。
ルルルも眉をひそめている。
「無関係な発言は慎んでもらいたい。――アグレイアス」
アグレイアス。
それがこの男の……『神話』と呼ばれる男の名前なのか。
「慎んでいるさ」
男は口元だけで笑った。
その笑みもまた、何を考えているのか分からない。
「……まあいい」
ブラドリーナが静かに場を戻す。
「長い話になったので、一旦休憩に入る。
休憩後、両派閥の加入の是非を採決する」
それで、今度こそ会議は一区切りとなった。
オレはようやく、詰まっていた息を吐いた。
まだ会議は終わっていない。
けれどひとまず、最初の山は越えたらしい。
その実感だけが、じわじわと遅れて胸に落ちてきた。
**********
休憩時間に入ると、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
「……ちょっとトイレ」
誰にともなくそう言って、オレは一度部屋から離れる。
会議室を出ても、まだ背中にはあの部屋の視線や声が残っている気さえした。
人気の少ない廊下まで来て、壁に背を預ける。
……本当に、緊張感のある現場だった。
あの場にいる人のほとんどが、自分よりもいろんな意味で“圧倒的に強い”存在なのだと、直感で分かる。
何かされたわけではない。
それでも、あそこにいるだけで圧を感じてしまう。
「……濃いなぁ、ほんと」
改めて、オレは会議に参加していた派閥の面々の顔を思い浮かべた。
派閥ブラドリーナ。
派閥リッジ。
派閥コレット。
それから、まだ名前もまともに知らない他の派閥の人間たち。
これから、ああいう連中の輪の中に入っていくのか。
そう考えると、さっきまでよりもさらに妙な不安が膨らんでくる。
「とりあえず、まともに話できそうなのは……ブラドリーナさんと、リッジって人の派閥のところっぽいな」
仲良くなるなら、ここら辺からだろう。
他はちょっと、まだ腹の中が見えなさすぎる。
個人的に、コレットちゃんと少し話してみたいなとは思う。
が、あの背後にいる存在が存在なので、不用意に近づきづら過ぎる。
そんなことを一人で呟いていると、
「――あ、いたいた」
そう声がした。
顔を上げると、ルピナスとルルルがこっちへ歩いてきていた。
「なんだ、追ってきてたのか」
「だいぶ気疲れしてそうな感じだったし」
ルピナスが「お疲れ」と軽く笑う。
ルルルは壁に片肩を預け、こちらを見てニヤリとした。
「で、どうだったヨ。初同盟者評議の感想ハヨ」
「なかなか強烈な顔ぶれだったね……。己の個性の薄さに挫折しかけたわ」
「それは心配ないと思うけどナア……」
「え?」
聞き返そうとしたところで、ルルルがすかさず口を挟んだ。
「クレグレモ、美少女にホイホイついていかないようにシロヨ」
「行かねーよ!」
まあ、確かに可愛い子や美人さんも何人かいた現場ではあったけども。
反射でそう返したあと、少しだけ間が空く。
「……てか、ルピーナもこういう場では意外とちゃんとしてるんだね」
いつもの自由で粗野な雰囲気が、ここにきてからはかなり抑えられている。
普段が野良猫なら、さっきは妙に行儀よく座っている飼い猫みたいだった。
「え、なにそれ。普段ルピナがちゃんとしてないみたいな言い方やめてよ。
ちゃんとしてるでしょ? いつも」
「お、おう……でも普段とは別人みたいに大人し――」
「んーー?」
「ご、ごめんって! 冗談冗談」
不服そうに魔杖をこちらへ向けられたので、慌てて両手を上げる。
それを見て、冗談っぽくくすりと笑うルピナス。
けれどすぐに、その表情は少しだけ落ち着いたものへ変わった。
「まあでも、ブラドリーナさんにはちょっと恩も感じてるからね」
「恩?」
「ルピナがこの同盟に入れたのは、ひとえにブラドリーナさんの取り成しがあったからなんよ。
あの人がいなかったら、多分入ってなかったんじゃないかな」
なるほど。
それで、あの場ではいつもより大人しかったのか。
ただ場を弁えているだけじゃない。
この評議の仕切り役でもあるブラドリーナさんに迷惑をかけたくない、という気持ちもあったと。
詳しい経緯までは分からない。
けれど、ルピナスが彼女を信頼していることだけは伝わってきた。
と、オレたちがそんな話をしているところへ
「――おやおや、これはルピナス嬢ではありませんか!」
廊下の向こうから、妙に芝居がかった声が廊下に響いた――。




