同盟者評議
部屋の扉が、静かに開いた。
入ってきたのは二人。
その瞬間、先に目を奪われたのは――長い金髪の男だった。
異様な存在感がある。
この男が入室してきただけで、部屋の空気がわずかに重くなった。
武器こそ誰も抜いてはいないが、この場に居るほとんどが即座に警戒態勢に入ったのを肌で感じられるほどに。
今の反応でなんとなく予想がついた。
……いや、もはや確信に近い。
この人物こそ、今回の同盟者評議で最大の問題と話題にされていた存在――『神話』と呼ばれる男なのだと。
男の金髪は長く、量も多い。だが不潔さはない。
体格も大きいが、無駄に膨れた見せかけの筋肉ではない。
無駄を削ぎ落した、ただ“純粋な強さ”を感じさせる肉体。
そして、本能が恐怖する一番の原因は、彼のその目。
白目の部分まで黒で塗り潰したような、その眼を見るだけで背筋に冷たいものが走った。
男は遅れてきたことに対して何一つ悪びれた様子はなく、堂々と、ゆっくりと空いた席の方へ歩いていく。
その後ろから入ってきたのは、小柄な少女だった。
年齢は小学生高学年か、せいぜい中学に上がったばかりくらいに見える。
彼女は一度立ち止まって、開けた扉をしっかりと丁寧に閉める。
それから、何度も小さく頭を下げつつ、恐る恐る中へ入ってきた。
琥珀色の瞳を伏せがちにし、その動きに合わせて、同じ色の髪が揺れる。
「す、すみません……遅れてしまって……」
小さな声。
極度に申し訳なさそうにしているその様子に、さっきまでの空気がほんの少しだけ緩む。
同じ派閥とは思えないほど、対照的な二人だった。
そして、そのまま2人が着いた位置を見て、オレは少し驚く。
代表者の席に座ったのは、あの傲然とした金髪の黒目男の方じゃなく、この少女だったのだ。
「おめぇが代表じゃないんかい」
なんてツッコミを普段なら入れそうになるが、さすがに飲み込んだ。
「……おいドン草童子。
後でアイツに落とし穴しかけてヤレ。ああいうスカシテル奴ほど絶対面白えカラ」
「できるわけねーだろ、絶対殺されるわ!」
いきなり無茶ぶりを耳打ちしてくるルルル。
本当に緊張感がないな、この人は。
ただ仲間としては、そこが頼もしくもあるけど。
だが、今ここで揉め事を起こされるのは困るので、
「今は静かにしてて」
一応、釘を刺しておく。
全員が揃うと、ブラドリーナが進行役として切り出した。
「――では、始めよう」
声を張り上げるわけではない。
けれど、その真っ直ぐな声だけで、部屋の空気が自然と彼女へ集まっていく。
「本日は同盟者評議への参集、感謝する。
今回の召集理由は、新たに二つの派閥が同盟への加入を希望しているためだ」
手慣れた様子で間を取りながら、ブラドリーナは続ける。
「本評議では、その加入を認めるかどうかを審議し、最後に可決を取る。
なお、追求者同盟、席次・『第二座』である派閥ジュミニャは今回不参加だ」
事前に聞いていた内容だ。
たしか、そこに所属するラスターグレンとかいう男が来れないことが、今回多くの派閥を集めた理由のひとつだったはずだ。
彼がいれば、万が一の事態が起きても一人で場を収められる。
だが今回は不在。
その穴を埋めるために、できるだけ多くの派閥を集めた――という話だったか。
「また、この場が図書館内に設けられているのは、追求者の動きを表立って目立たせないためでもある。
その点も理解しておいてほしい」
そこまでの説明も、ブラドリーナは簡潔に済ませた。
「では、早速。新規加入を希望する両派閥の紹介に移りたいのだが――その前に」
そこまで言ってから、ブラドリーナの視線がこちらの方へ向く。
いや、正確にはオレへ。
促すような、凛とした笑み。
「派閥ルピナスに新たに加わった者がいるらしい」
「え」
嫌な予感がする。
「せっかく参席してくれたのだ。
彼にも自己紹介をしてもらおうと思う。いいかな?」
うわぁああ、まじかよ。
やめてくれよ。
内心でそう叫んだ。
完全に油断していた。
会議が始まる方に意識を持っていかれていたせいで、 “初対面の大人数の前で自己紹介する”という最悪イベントが発生する可能性をまったく考えていなかった。
というか、一メンバーの自己紹介とかいらないだろ。勘弁してくれよぉ……。
ルピナスがちらっと振り返ってくる。
その目は「がんばれ」と言っているような、言っていないような、そんな感じだった。
さすがに断れる空気でもないので、オレは仕方なく一歩前に出る。
「え、えっと……シラツキ・アイトです」
声が少し上ずる。
どうするどうする。
何かひとつくらい気の利いたことを言った方がいいのか。
いや、変にボケて空気が凍ったら終わる。
無難に。とにかく無難に。
なるべく誰にも目を付けられないように……。
「その、最近ルピナスたちのところにお世話になり始めたっていうか……えーと、まだ追求者とか同盟のこととか、知らないことも多いんですけど……よ、よろしく、お願いします!」
最後の方は、だいぶ勢いで言った。
言い終わった瞬間、ものすごく雑だった気がして一気に後悔する。
何も面白いことを挟めなかった。
というか、頭真っ白すぎて、自分が何を言ったのかもう半分忘れている。
「――ありがとう。では本題に戻ろう」
ブラドリーナが自然に広い、流れは元に戻る。
失笑でも起きるかと思ったが、部屋は普通に静かだった。
むしろ誰もそこまで気にしていない感じすらある。
こんな大事故みたいに気にして受け止めているのは、たぶん自分の中だけなのだろうな……。
しかし。
横を見ると、ルルルはニヤニヤしていた。
「おい」
――それから、まずは新規加入を希望する派閥の紹介から始まった。
「ではまず――派閥リッジ。
代表者より、手短でいいので一言お願いしたい」
「――はい」
ブラドリーナに促され、オレたちのちょうど向かいあたりの席に座っていた男が立ち上がる。
派手過ぎず地味過ぎずな第一印象。
服装も装飾過多ではなく、むしろシンプルだ。
それなのに、立ち居振る舞いが整っているせいか、不思議と目を引く。
彼の後ろに立つ、同行者と思われる二人の女性も含め、この集まりの中ではかなりまともそうに見える派閥だ。
男は控えめな茶髪を軽く整え、一度きちんと礼をしてから、
「派閥代表のリッジです」
耳馴染む癖のない声。
ただの好青年……というより、人前での振る舞いを心得た落ち着きがある。
「この場に、そしてこの同盟に加えていただけるなら、その期待に応えられるよう尽力します。
どうぞよろしくお願いします」
口が達者な人だな、と思う。
悪い意味ではない。
言葉の選び方や、身振り手振りの入れ方も、場の空気を崩さない程度に整っている。
こういう場に慣れている人間の喋り方だった。
年齢はどのくらいなんだろうか。
学生くらいと言われればそう見えなくもないし、三十代と言われても納得できる落ち着きがある。
その後ろに立つ二人も、あまり顔はよく見えないが、静かに控えている。
「――しかし、俺たちもまた、書を求めて動いている人間です。
いずれは『第一座』に至り、世改の書を手にすることを目指させてもらいますよ」
それは、当然の宣言だ。
一見すれば宣戦布告のようにも聞こえる発言だが、そもそもここは世改の書を求める者たちが、利害の一致で集まった場だ。
協力関係であると同時に、競争相手でもある。
うちも含め、誰一人として『第一座』の席を放棄しているわけではない。
ひとまず、ちゃんと話が通じそうな人がいて、少し安心する。
追求者のライバルなんて、厄介連中ばかりだと密かに覚悟していたので、なおさらだ。
「ありがとう。良き好敵手となれることを期待している。
では次――派閥コレット」
その名を呼ばれた瞬間、小柄な少女がびくりと肩を震わせた。
「は、はいっ…!
ええっと……あ、コレット、です!」
声が震えている。
手も少し落ち着かない。
見ているこっちが、なんだか他人事に思えなくなる。
(気持ち、わかるよ……!)
オレは心の中で、勝手にエールを送っておいた。
「まだ、至らないとこも多いですけど……が、頑張ります……!
よろしくお願いします……!」
何度も小さく頭を下げて、ようやく座る。
その不器用な挨拶もそうだが、この子が口を開くたび、張り詰めている場の空気がほんの少しほどける気がする。
「ありがとう。この場では貴公が最年少だろう。
焦らず、少しずつ慣れていってくれれば嬉しい」
ブラドリーナはそう言って、穏やかに頷いた。
これで、両派閥の紹介は終わりらしい。
「――では、続いて追求者同盟の詳細について説明する。
両派閥 には、これを理解し、同意したうえで加入してもらうことになる。特によく聞いておいてほしい」




