想像とは違う図書館
「……」
布の上にはもう座れないので……というか、子供たちに交じって座るのは少々気まずいので、少し離れた位置から見ることにする。
絵柄は、いかにも子ども向けだった。
丸っこい顔。
大きな目。
やたら明るい色づかい。
昔話を元にしたような話らしく、果物を割ったみたいな形の舟に乗った少年が、笑顔の動物たちを連れて化け物退治に向かう――そんな導入だった。
桃た――どこかで見かけたような話だ。
……けれど、何かおかしい。
ページが進むごとに、やっていることが微妙に……いや、だいぶおかしくなっていく。
オレが予想していた流れとは違う展開。
「……えぇ…」
化け物を退治したあとの場面で、主人公の少年らは、笑顔のままその腹を裂いて中を確認し始めた。
猿みたいな動物が、にこにこしながら内臓めいた何かを持ち上げている。
犬っぽいやつは、血だまりの横でしっぽを振っている。
しかも、絵柄だけは徹底してかわいい。
だからこそ、余計に不気味だ。
「こ、こんなの子どもに見せていいやつかよ……」
思わず小声で漏らす。
周囲の子どもたちも、ただ真顔で見ている。
笑っているわけでも、泣いているわけでもない。
ただじっと、絵を見つめている。
「――はい。めでいたしめでいたし」
物語は、化け物を退治した後、生き残りも始末するために村へ火を放ち、すべてを焼き尽くして終わった。
そうして平和は取り戻され、人々は感謝した――そんな結末だった。
子どもたちは戸惑いながらも、ぱちぱちと拍手する。
ほら、やっぱり反応に困ってるじゃないか。
オレはなんとも言えない顔のまま、その場を離れることにした。
「……って、あれ」
見回す。
ルピナスたちがいない。
さっきまで確かに前を歩いていたはずなのに、読み聞かせに夢中になっているうちにすっかり見失っていた。
「やべ、置いてかれちゃった……?」
図書館は広い。
しかも棚も人も多い。
こういう場所で知り合いを見失うと、思った以上に焦る。
さすがに図書館の中を走り回って探すってわけにもいかないし……。
「おーい!」
どうしたものか迷っていると、遠くから声が飛んできた。
振り向くと、少し離れた書架の向こうでルルルが手を振っている。
「なにしてんのー」
「いや……紙芝居みたいなのやってて……」
「子どもカヨ」
ルルルは呆れたように笑う。
オレは少し早足でそっちへ向かい、また二人の後ろについた。
「オメェほんとにすぐ迷子になるよナア」
「ん? 前のはオレ悪くねーだろ!」
そんな軽口を交わしながら進んでいく。
だが、先へ進むにつれて、だんだんと空気が変わっていくのが分かった。
最初は、普通の利用者が行き来する広い通路だった。
それが少しずつ、人の気配が薄い場所へと変わっていく。
司書しか使わなさそうな細い通路。
本棚と壁のあいだの、妙に目立たない隙間みたいな道。
そして、『関係者以外立入禁止』と小さく書かれた立て看板の向こう側。
……通っていいのかわからないところに来てないか、これ。
「ねぇ、ほんとにこっちで合ってる?」
心配になってきたので小声で問いかけると、ルピナスは振り返りもせずに手をひらひらと振った。
「合ってる合ってる」
奥へ進むにつれて、図書館のざわめきはもうほとんど聞こえなくなっていた。
やがて、地下倉庫にでも続いていそうな、質素な石の階段が現れる。
そこを降りて、さらに下へ。
階段の先には、また別の空間があった。
隠された地下階――そんな印象の場所だ。
上の階の趣のある雰囲気とは違って、こちらはぐっと実務的で静かだ。
それでも本棚は並んでいるし、机や椅子もある。
灯りも整えられていて、ただの地下室ではなく、ちゃんと図書館の一部だと分かる。
その通路をさらに進んでいると、向こうから誰かが歩いてくる気配がした。
「――あ」
向こうもこちらに気が付いたらしく、穏やかな目礼とともに、挨拶代わりの笑みを向けてくれた。
「――ブラドリーナさん、こんにちは」
オレたちも軽く頭を傾けて声をかける。
先日会ったときと変わらず、まっすぐな立ち姿。
しかしその横にいるのは、前にいた炎髪男ではなく、別の男だった。
細身で、無駄なく整った体格。
センターパートに分けられた髪。
どこか涼しいすました顔をしていて、立ち姿にも無駄がない。
正直ちょっと……ちょっとだけ鼻につくタイプのイケメンだな、とオレは思った。
もちろん口には出さないが。
「お久しぶりです」
代表してルピナスが一歩前に出た。
「忙しいところ、今回は招集に応じてくれてありがとう。
貴公たちも居てくれるとは、心強い限りだ」
「いえ、とんでもないです。
ブラドリーナさんも早いですね、もう着いてたんですか」
さすがのルピナスも、ここでは面倒くさがっていた様子を出しはしないようだ。
いつも節々にでる荒口調も、ちゃんとしまっている様子。
「第一座の位を預かる者として、迎える側であらねばと思ってな」
「さすがですね」
「そうでもない。私よりも早く到着し、すでに待っていた者もいたしな」
そう小さく肩をすくめてから、ブラドリーナさんはオレの方を見た。
「やはり貴公も参席してくれたか」
「……あ、はい。よろしくお願いします」
「そう畏まらなくていい……というのは難しい話かもしれないが、”追求者”というものを知る良い機会にしてくれればいい」
「はい、ぜひ」
前に会ったときから思っていたが、『第一座』という序列の頂点の立場にいながら、この人には驕ったところがない。
偉そうにするでも、威圧するでもない。
ただ、自然に場を引き締める空気がある。
この人が第一座でよかったのかもしれない。
こうやって受け入れてもらえると、こちらの遠慮も自然と和らいでくる。
「それと、こちらはクリュゼル。私の仲間だ」
紹介された男は、涼しい顔のまま軽く会釈した。
それから、ブラドリーナさんの隣にいた男――クリュゼルと紹介された彼とも短く挨拶をかわした後、
「では、そろそろ行こうか」
ブラドリーナさんの言葉に従い、オレたちはそのまま同盟者評議が行われる会場へと一緒に向かった。
地下の通路を抜けた先。
一番奥にあったその部屋は、思っていたよりもずっと大きかった。
扉を開けて中に入った瞬間、空気が少しだけ変わる。
壁際には本棚がぎっしり詰められている。
地下の会議室なのに、ただの無機質な部屋ではない。
ここもまた、図書館の一部なのだと思わせる空間だった。
中央には大きな机。
その周囲に、派閥ごとにひとつずつ用意された椅子が、計七席。
すでに、その大半は埋まっていた。
「……げっ、皆もういるのかよ。
何分前集合とかの礼儀ってよくわかんねぇな……」
周囲には聞こえない程度の声で、そうぼやくルピナス。
それを聞き流しつつ、オレも一歩足を踏み入れたところで、思わず空気に呑まれた。
――濃い。
想像通り……いや、期待通りとでもいうべきか。
見た目からして、キャラの濃そうな連中ばかりだ。
ブラドリーナの席と思われる空席の後ろには、先日会った炎髪の少年――オルディアンが立っている。
その隣の席には、お菓子の家にでも住んでいそうな、キャンディみたいな雰囲気の少女。
その背後に立つ、左右非対称の道化。
陰陽、雰囲気が真逆なイケメン青年二人組。
重装兵を三人後ろに控えさせた、角張った刈り上げマッシュ男
中には比較的目立たない三人組もいるが、この空間だと、かえってその普通さも個性となり得るというやつだ。
どの派閥もなかなかクセの強そうな顔ぶれで、わずかに嬉しさが込み上げた。
今まで自分の人生で出会ってきた人間。
その多くにオレは、「量産品のような存在」という感覚を抱かずにはいられなかった。
失礼過ぎる話なので、もちろんそんなことはおくびにも出さず、何も思っていないふりで接してきたが――これからは、そんな気苦労をする必要もなさそうだ。
「――――」
部屋に入ってきたこちらへ、既にいる面々の視線が向く。
ああ、これちょっと苦手なやつだ。
遅れて教室に入ったときに、一斉に見られる感じ。
あれに近い。
ただし、こっちは教室よりずっと圧が強い。
それでも、ルピナスたちは慣れたように自分たちの席へ向かっていく。
オレも若干うつむきながら、彼女らの後に続いた。
各派閥の代表者が席に座り、同行者はその後ろに立つ。
という形らしい。
――つまり、今座っているのが各派閥の代表……おそらく恩寵者たちなのだろう。
オレたちもそれに倣い、ルピナスが席に着く。
オレとルルルはその後ろに立った。
「……なんか、お付きの騎士みたいでちょっといいな」
オレが小さく呟くと、ルルルが横で「フッ」と吹き出した。
「変な感想ダナ」
「いや、だって、立ち位置が」
「まあちょっと分かるケド」
そのとき、ブラドリーナがひとつの空席へ目をやった。
「……まだ来ていないか」
オレもつられて見る。
用意された七席のうち、六席は既に埋まっている。
だが、一席だけまだぽっかり空いている。
今回新たに同盟へ加わる派閥のうち、片方がまだ来ていないらしい。
……………
………
…
しばらく、沈黙が場を支配する。
誰かが咳をする音。
椅子がわずかに軋む音。
紙をめくる音。
なんだか雑談もしづらい雰囲気なので、そんな音だけが大きく聞こえてくる。
やがて、会議の開始時刻を一、二分ほど過ぎたころ。
部屋の扉が、ようやく静かに開いた――。




