評議への道すがら
移動手段は、なんとルルルお手製の命式術が組み込まれた自走車両だった。
馬もいなければ、竜もいない。
それでも無馬車の車輪は滑らかに回り、一定の速度で進んでいく。
造り自体は馬車に近い。
けれど前を引くものがいないだけで、見慣れた乗り物とはだいぶ印象が違う。
車体の側面などには細かな術式が刻まれていて、これが命式術で動いているということが分かる。
「便利だね、これ」
「あらかじめ術式として組み込んでいた道順を勝手に走ってくれる、しかも人の手・馬の足いらず。
技術はもちろんだけど、発想もすごいよねー」
行き先は中央都市の中らしいが、毎回徒歩でいくのも大変。
ということで、今回はこの無人自動車のようなものを使って向かっていた。
「まだ細かい操作とかは無理ダケドナア。
行き先ごとにルートを組んどかなきゃいけナイシ、融通はキカナイ」
窓の外を眺めながら、続けるルルル。
「――それに、壊れるの嫌ダカラしょっちゅう使いたくはないんダヨナ」
「結局そこかい」
「大事ダロオ?」
作り直すのは大変なのだろう。気持ちは分かる。
そんな調子で、道中は意外と気楽な雰囲気だった。
最初のうちは、ただ揺れに身を任せながら、オレも窓の外の景色をぼんやり眺めていた。
けれど、しばらくしてルピナスが「あ、そうだ」と思い出したように口を開く。
「着く前に、最低限だけ共有はしとこう。
アイトくんは同盟のこととか何も知らないだろうし」
これからの評議に向けてだろう。
オレも姿勢を少し正した。
「んー、何から言ったらいいんだろう。
まずは席次のことからかな」
ルピナスは指を一本立て、指先をくるくると回す。
「今同盟に入っている派閥は、たしか全部で10くらいだったと思う。
でも、全員に数字がついているわけじゃないんよ」
「全員じゃない?」
「うん、上位六派閥分だけ。つまり、第一座から第六座まで」
この前、ブラドリーナさんと会った時のことを思い返す。
彼女は『第一座』と名乗っていた。
つまり序列数字として席が与えられているのは、あと五派閥ということか。
「それ以下は数字としての席次はない。位としては一応“無席”って扱いだね」
「無席、か……」
分かりやすい。
けど、となるとやっぱり、
「お前無席なんだ~! うぇ~!」みたいなしょうもないイジリとかがあったりするのだろうか。
「ルピーナの席次はどこなの?」
「ルピナたちは今『第五座』……けど」
ルピナスがわざとらしく言葉を区切る。
「――席次の順番と強さは同じじゃないから」
「そうなんだ」
「その派閥が持つ強さだけじゃなく、それよりも同盟への貢献度とか、そういうのの総合評価で決まる感じよ」
ルピナスが真面目な顔で言う。
「なんか、妙に熱入ってるな」
「大事なとこだからね」
「ほう……」
「ルピナの強さが“5番目ぇ”なんて思われたら困るし」
「そこ気にしてるのかよ」
「ったりめえだろ!」
あまりにも真顔で言うので、少し笑ってしまう。
「……で、その第一座についてる人が、世改の書が見つかったとき優先的に所有できる。って理解であってる?」
「そういうこと。察しがいいね」
本来、協力するために集まった同盟のはずだ。
そこにあえて順位をつける意味。
考えてみれば、それは後々揉めないように、順位に従って『世改の書』の所有権を優先的に認めるため――それくらいしか思いつかない。
「マア、詳しくは向こうでも説明あると思うケドナ」
ルルルが付け足すようにそう言った。
「ふーん……。
形式上は仲間でも、結局は書を巡って奪い合う相手でもあるのかぁ」
少しだけ考え込む。
複雑な気持ちだ。
協力関係。
でも本質的には、奪い合いの関係でもある。
どういう温度感で接すればいいのか、難しいところだ。
この感覚は、正直まだ完全には掴めない。
けれど“仲間なのに完全に味方ではない”という曖昧さは、妙に現実的でもあった。
「――心配しなくても、そんなバチバチした空気じゃないから安心していいよ」
オレの顔をみて察したのか、ルピナスが懸念を和らげるようにそう言った。
その言葉でひとまず考えを横に置き、オレは前から少し気になっていたことを思い出す。
「この前ブラドリーナさんが言ってた“神話”って、村で助けてくれたあの人のことだよね?
やけに警戒してたけど……全然危ない人じゃなかったと思うんだけど」
今回、多くの同盟加入者たちに声をかけたのも、それが理由だとか何とか話していた。
そこが少し引っかかっていた。
それとも、オレが知らないだけで、実は危ない人だったりするのだろうか。
「ん……?」
その疑問に、ルピナスはきょとんとした顔になる。
「いや、そっちは“伝説”だよ」
「……え?」
「『伝説』と『神話』は別」
当たり前みたいにそう言われた。
「あー、そういうこと……?」
オレの反応に、ルルルが少し笑った。
「『伝説』――ヴィクトリーノさんの方は、会ったから分かると思うけど、まあ……優しい人、って感じだよ。
でも『神話』は別。ルピナたちも会ったことはない」
「敵とか犯罪者ってわけジャ、ないんダケドナ」
ルルルが言う。
「なんでそいつは“神話”なんて呼ばれ方してるの?」
「ワタシもよく分かんネエ。けど、圧倒的に強いって噂ダナ。
それも本当かどうかわかんネエケド」
「逆に、こっちは優しいとか聖人とか、そういう話はほとんど聞かないよね。
むしろ何しでかすか分からない、身勝手だとか自己中的だとか……そんな話なら聞いたことあるって感じ」
なるほど。
あの村で会った“伝説”の印象が強かったから、勝手に同じ存在だと思い込んでいた。
『伝説』と『神話』。
その二つが別なのだと知って、噛み合わなかった部分に納得がいった。
「だからブラドリーナさんは、もしもの時に抑えられる人員を集めたがってたのか……」
しばらく沈黙が落ちた。
車輪の音だけが、規則正しく続く。
また窓の外に目を向けると、そろそろ到着の気配が漂っていた。
「――そういやサ」
ルルルが思い出したようにオレの方を見る。
「オメェの首飾りの話、向こうではなるべく出すなヨ」
「うん、そのつもり」
言われるまでもなく、オレはそうするつもりだった。
ルピナスから預かっている首飾りの能力――オマージュ。
見た魔法を使えるようになるという、相手からすればかなり脅威となる手札。
まあ実際は制約だらけだし、万能とは到底言えないが、だからといってわざわざ他派閥に教える理由はない。
記憶を覗かれるブラドリーナさんに対しては隠し通すのが難しいが、それ以外の人らには、十分隠す価値がある。
「あーそれと、ルピーナもありがとね。
使えるカード、ある程度増やしといたほうが安心だったから」
「あのくらい、朝飯前よ。
一応、オマージュ? の対象は増やせたことだし、最悪何かあっても、今のアイトくんならある程度自分で対処できるでしょーて」
ルピナスがそう言って、親指を立てた。
首飾りの能力をある程度掴んだあの日のあと、別の日にいくつか魔法を見せてもらった。
彼女が言った通り、オマージュの対象となる魔法を増やしておくためだ。
近くに誰も仲間がいない状況でも、これならオレ一人で雑魚敵くらいなら対処できる……よね?
「まあ、使いこなせるかは別なんだけどね」
「ソレナ」
ルルルが笑う。
「懲りずにまた飛行の魔法使おうとして、空中で溺れそうになってたシナ」
「やめろ、思い出したくない」
あれは本当にひどかった。
どうしても飛んでみたくて、オレは別の日にもう一度、ルピナスの飛行魔法に挑戦してみた。
けれど、 “使える”と“使いこなせる”はまるで別だと、骨身に染みた。
そんなふうに、軽い雑談で時間を潰しているうちに車は進み――やがて、目的地の近くで自走車は止まった。
指定された場所まで、ぴたりと連れてきてくれるわけではないらしい。
術式に組み込まれたルートはここまでで、細かな操作はできない――ルルルの言っていた通りだ。
オレたちは車を降りる。
足が地面に着いた瞬間、妙に現実味が増した。
そして、
「わっ! ……あれか」




