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2人の贖罪-世界+ ~命《いきる》を選んだその先は~  作者: 【表現者の蕾】/ようかの夜
第2章

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仄甘い出発

 



 同盟者評議、当日。


 心なしか、朝の空気は少しだけ張っていた。

 冷たい、というほどではないけれど、肌の上に触れる空気には、普段の朝よりもどこかよそ行きの硬さがある。


 玄関前には、出発の支度を終えた三人分の荷物がまとめられていた。


 鞄に、小さめの荷袋がいくつか。

 もっとも、今回は評議に顔を出して、そのあとはすぐ帰ってくる予定なので、そこまで大荷物というわけではない。


 足元では、ルルルがしゃがみ込み、ちょうど靴紐を結び直しているところだった。


 屋敷の扉は開け放たれていて、その前にルピナス、オレ、ルルル。

 反対側に向き合うような形で、ぺル爺、そしてアエリスが集まっていた。



 今回、同盟者評議に参加するのは、オレとルピナスとルルルの三人。

 アエリスは別件が入ってしまって同行できず、ぺル爺は当然ながら館で留守を預かる。



「あー、もうクソっ……!」



 朝一番から、ルピナスが不機嫌を隠そうともせずにぼやいた。



「ルピーナ、ご機嫌斜めだね」

「せっかく、そろそろ旅に出発できると思ってた頃合いに、別の予定が入りやがってさ……」



 ルピナスは腰に手を当てたまま、これ見よがしに眉を寄せている。


 彼女の言う通り、もともとこの予定が入らなければ、オレたちはそろそろ書探しのための中長期の旅へ出る流れだった。

 だが、何日か前――ブラドリーナさんと会って少し経った頃に本人から届いた、同盟者評議の件の書状。


 事前に知っていたとはいえ、文句のひとつくらい言いたくなるだろう。



「今日は一時休戦ナ! ドン草童子!」



 支度が済んだルルルが、横から軽い調子で言ってきた。



「おう、あとドン草童子じゃねーから!」



 このままだと、本当にこの呼び方が定着してしまう。


 他の人にも呼ばれ始めたらたまったもんじゃない。



「なんでダヨ。気に言ってんのにヨ」

「オレは気に入ってねーよ!」



 そのやり取りを見ながら、ルピナスは少しだけ口元を緩める。


 中央都市に一緒に行ったあの日以来、ルルルとは妙なおふざけを交わす関係になっていた。

 気がつけば、くだらない軽口を叩くのも当たり前になっていたし、しょうもないドッキリを仕掛け合うこともある。


 お互い、変に気を遣わなくていい関係……そんな距離感になっていた。



「――しかし。新たに複数の派閥が同盟に加わるとは、珍しい話ですな」



 落ち着いた声で、ペル爺が静かに言葉を挟む。



「確かにそうだねー。……ってなると、いつもより長引くかも」

「申し訳ないのです。本来ならこなたも同行したかったのですが……」



 申し訳なさそうに、そう頭を下げるアエリス。



「いや、アエリスちゃんが謝ることじゃないよ」



 そう返すと、アエリスはほっとしたように表情を和らげた。



「そう言ってもらえると助かります」


「――オメェ、アエリスンにだけ優しくネーカ??」

「そりゃ、純粋無垢で優しい子に! 親切にするのは当たり前でしょう??」

「まるでワタシが純粋無垢じゃないみたいな言い方ダナア!?」

「じゃないだろ」

「……! 言ったナこのヤロオオ!」



 そんなふざけ口を交わすオレたちをよそに、アエリスは気にした様子もなく、小さな包みをオレたちに差し出してきた。



「その代わりと言ってはなんですが、これを。

 移動中にでも食べてください! 焼き菓子を作ったので!」

「えー! お菓子作れるんだ。すご」

「美味しく作れてるといいのですが……」



 包みは布で丁寧に巻かれていて、手に取るとほんのり甘い香りがした。

 作ってから、まだあまり時間が経っていないのかもしれない。


 “焼き菓子”という響きだけで、なんだかちょっと嬉しくなる。



「ありがとう」



 そう言ってオレが代表して受け取り、一度包みを見下ろす。


 そのまま鞄にしまってもよかったのだが、少しだけ迷ったあと、結局その場でひとつ取り出した。



「……これ、今食べてもいい?」



 そう聞くと、アエリスはほんの一瞬だけ目を丸くした。

 けれどすぐに、「も、もちろんです!」と小さく頷く。


 ひとつ口に運ぶ。

 さく、と軽い音。


 最初に来るのは素朴な甘さで、そのあとにバターのような香ばしい風味がふわっと広がる。

 甘すぎない。けれどちゃんと満足感のある味だ。

 外側は軽く焼けていて、中はほんのりしっとりしている。



「……ん、うま!」



 思わず、そのまま感想が漏れた。



「これかなり好きかも。……よかったら今度、作り方教えてよ!」



 アエリスが、わずかに視線を逸らした。


 表情は大きく変わらなかったが、耳のあたりがほんの少しだけ赤く見えたのは、気のせいじゃないと思う。



「それは……よかったです! ぜひ!」



 短い言葉。


 食べるのに夢中でよくは聞いていなかった。

 けれどその声は、やわらかな風が通り抜けるように、嬉しさと明るさを滲ませていた気がする。



「おいドン草、それ今全部食うなよ」



 ルルルが横から突っ込んでくる。



「大丈夫大丈夫、ちょっとしか食べてないから」

「ルピナたちの分も食ったらぶっ飛ばすからな!?」



 どうやらアエリスの焼き菓子は、想像以上にこの館の人気商品らしい。

 

 オレは苦笑しながら適当にあしらい、さりげなくもう一つ口に入れてから袋を閉じた。



「――では、お三方。お気をつけていってらっしゃいませ」



 ペル爺が、この場を締めるように静かに言った。


 相変わらずの低い物腰。

 けれど、その一礼にはこの館を預かる者としての、静かな重みがあった。 



「館のことは私にお任せください。

 皆さまがご無事で戻られるのを、お待ちしております」

「ん。よろしくね」



 ルピナスがひらりと手を挙げる。



「忘れてなかったら、お土産持って帰ってキテヤルワー!」



 ルルルがいつもの調子で適当なことを言う。



「楽しみにしていますね」



 アエリスがニコッと笑って、首を傾けた。




 そんなやり取りをひとつ最後に挟んでから、ようやく出発となった――。






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