視られた
「それで、私は貴公の記憶を覗いた――」
心臓が、一瞬だけどくりと鳴る。
「本来、無断で踏み込んでいい領域ではない。そこは謝罪する。
ただ、自衛という観点からも、書を追うという観点からも、初対面の相手の記憶に触れることが、半ば癖になっていてな」
さらりと恐ろしいことを言う。
あらゆる角度から、自分の見られたくない部分も見られてしまうではないか。
けれど、彼女の声音にふざけたところはない。
「――だが、視えた貴公の記憶が、あまりに奇妙だった」
その目から感じたのは、不穏さではない。
むしろ真剣で、配慮すら感じる。
ただ面白がっているのではなく、純粋に確かめたいのだと分かる。
「私には理解できない景色だった。
この世界のものとは思えない街並み、道具、文化。
だから、どうしても問うておきたかった。あれは何なのか、あんな街、一体どこにあるのか」
こことは違う世界の記憶の話。
ミリナ村の話ではなく、それよりもっと前。
オレがいた、別の世界の話。
ブラドリーナは、それを視たと言ったのだ。
オレは少し黙った。
さっきルルルにも話したばかりだというのに、こうも続けて自分の秘密を突かれることになるとは思わなんだ。
ただ、彼女が口から出まかせを言っているとも思えない。
それに、ここで下手に言い訳をして誤魔化そうとすれば、かえって怪しく映るだろう。
それでルピナスたちの信用にまで傷をつけるのは嫌だった。
どうせここで隠したところで、意味はない。
そう判断して、オレは慎重に口を開いた――。
「……オレも、全部は分かってないです。ただブラドリーナさんが言う通り、ここじゃない、別の世界の記憶です。
街の形も、人の暮らしも、世界の作りも……こことは全然違う。
どこにあるのかとか、どう行くのとかは、まったく分からないです」
「別の世界……か。
自分の能力を疑いたくなるほど、常識外れな話だな」
「はは……」
ブラドリーナは少しだけ思案してから、気を遣うように問いを重ねた。
「それは、貴公が生まれ育った故郷なのか?」
「はい……そんな感じです」
短く頷く。
故郷といえば、故郷なのだろう。
けれど、そう呼ぶには、オレはあの場所に対して抱くべき感情をあまり持っていなかった。
だから、少し歯切れの悪い答え方に聞こえたかもしれない。
「戻りたいと思うか?」
その問いには、少しだけ詰まった。
「……いや。別に戻りたいって気持ちはあまりないです」
それが、今の正直な答えだった。
ルピナスたちに出会う前なら、あるいは違ったかもしれない。
便利さだけで言えば、圧倒的に向こうの方が上だ。
もしくは、『どっちでもいい』とでも言うような、あらゆるものに無関心な返答をしていたかもしれない。
「そうか……」
「まぁなので、書探しの役には立たないと思います……すいません」
気まずさを流すように、オレは曖昧な笑みを作った。
「いや、こちらこそ。無粋な質問だった。謝罪する」
ブラドリーナは、それ以上踏み込んでこなかった。
勝手に見たことを謝り、気になったから聞いた。
そのうえで、無理に抉ろうとはしない。
話している最中も、終始こちらに配慮をしてくれているのを感じた。
ちゃんとした人だ、と思う。
「あの……どうしてわざわざ特者能力の詳細を教えてくれたんですか?
それって、相手に手札を見せる行為じゃ……」
「ふっ……。
あぁすまない、貴公を笑ったわけではないんだ」
彼女はわずかに目元を和らげた。
「そんな心配をしてくれるとは、存外優しいのだな」
「そう、ですか……?」
褒められちゃった。
「――簡単な話だ。
能力とはいえ、そちらの記憶を無断で視てしまった。
ならば、こちらも相応に情報を開示するのが、筋というものだろう」
はっきりと言い切った後、ブラドリーナは二人の方へと視線を送る。
少しして、オルディアンとルルルも戻ってきた。
「では、話は以上だ。
時間を取らせてしまってすまなかった」
ブラドリーナが言う。
「イエ~。お気にナサラズ」
「また二週間後。
評議で会えることを願っている」
オルディアンは相変わらず眠たそうだったが、去り際にブラドリーナに促されたのか、こちらへ小さく頭を下げていた。
金髪と炎髪が、夕暮れの人波の向こうへ溶けていく。
少しの沈黙――。
オレは、さっきから引っかかっていたことを口にする。
「……ねえ」
「ン?」
「ルルルって、男なの?」
「え、違うケド?」
ルルルは即答した。
「……」
「……ナンダヨその顔」
「いや、さっきブラドリーナさんがルルルのことを“彼”って言ってたから」
「へえ~」
ルルルは本当に、なんの疑問もない顔をしている。
嘘をついている感じでも、はぐらかしている感じでもない。
だからこそ、答えはますますよく分からなくなる。
「……おめぇ、謎だな」
「ミステリアスな方が、魅力的ダロオ??」
「すーぐ茶化すぅ」
ルルルが笑う。
オレも、つられて笑った。
街の空は、だいぶ濃く赤くなっていた。
夕方が、夜へと変わり始めている。
今日一日で、いろんなものを見た。
街の雑踏も、くだらない騒ぎも、少し危ない場面も。
そして、新しい名前も。
そのどれもが、この世界がただ広いだけじゃなく、底知れないことを教えてくれる。
そしてオレの隣に、ルルルがいる。
それだけで、不思議とこの街の景色は、少しだけ面白く見えた――。




