接触者の身上
「――貴公ら、派閥ルピナスの者ではないか?」
先ほどの詐欺商人男に続き、またしても用件ありげな声がオレたちにかかけられた。
「ん……?」
声のした方へ振り向く。
そこに立っていたのは、真っ直ぐな空気を纏った女だった。
背筋は一切ぶれず、目にも迷いがない。
高く結んだ金髪のポニーテールに、紅蓮を閉じ込めたような緋の瞳。
軍服を身に纏っているわけではないが、軍人めいた鋭さがある。
それでも、襟元から靴先、腰に下げた直剣に至るまで、すべてが整いすぎるほど整っていた。
凛々しい、という言葉が一番しっくりくる。
その隣には、まるで炎を頭に乗せたみたいな髪の少年。
歳は十代半ば……高校生くらいだろうか。
眠たげで、面倒そうで、目つきも悪い。
だが敵意はない。
ただ、こちらに興味が薄そうなだけだ。
連れてこられただけ、といったところだろう。
ルルルが少し目を細める。
「……ダレだ?」
女はその言葉を受けても気分を害した様子はなく、むしろ少しだけ柔らかく笑った。
様子からして、先ほどの詐欺商人の類とは明らかに違う。
少なくとも、敵ではなさそうだ。
「貴公はルルルだろう?
前に一度、話したことがあるのだが……忘れられてしまっていたか」
「そう……デスカ? 記憶力ワルクテ申し訳ネエ」
ルルルは記憶を探るように、視線を宙に彷徨わせている。
「そちらは初めて見る顔だな。新顔か?」
そこで、女の視線がオレに向く。
いきなり真っ直ぐ見られて、少しだけ背筋が伸びた。
問いかけに頷き、一応オレも名乗っておくことにする。
「はい……シラツキ・アイトです。最近ルピナスたちのところに…」
「……そうか」
意味深、とまではいかない。
だが、どこか探るような目で見られた気がした。
何か怪しい真似をしてしまっただろうか。
それから女は、はっとしたように口を開く。
「――すまない。
私としたことが、まだ名乗っていなかったな」
そう言いながら、距離を縮めるように一歩前に出る。
そして、その声音がすっと空気を引き締めた。
「私はブラドリーナ・クレアリス。
――追求者同盟、席次・『第一座』を務めている」
一瞬、街の喧騒が遠のいたような気がした。
その肩書きの重さ、すごさは、オレにはまだ完全には分からない。
それでも、ただ者ではないことだけは伝わってくる。
同盟の詳しくを知らないが「第一座」ということは、確実にルピナスよりも、序列的な何かが上ということになる。
「あー……!」
その口上を受けて思い出したのか、ルルルは少し驚いた表情で頷く。
ブラドリーナはその反応を流しつつ、隣の少年を示す。
「こちらはオルディアン。私の仲間だ」
炎髪の少年――オルディアンは、面倒そうに目線だけこちらへ寄越した。
「……」
「……どうも~」
なんとなく気まずくなったので、とりあえずこちらから挨拶だけ送っておく。
「ルピナスに用があって、ちょうど先ほど文を送ったのだが……」
ブラドリーナはそこで本題に入る。
「道すがらちょうど貴公らを見かけたのでな。
せっかくだ。概要だけでも先に伝えておこうと思い、声をかけた」
「何かあったノカア?」
「ああ。少々厄介な要件になるかもしれない」
「だったら結構デス」
「……まあ、そう言わず聞いてほしい」
そこから語られた内容は、オレにはまだすぐに飲み込みきれないものだった。
「――要点から言おう。
近々、同盟者評議を行う」
ブラドリーナの声は淡々と告げる。
だが、言葉の重さは軽くない。
「今回、新たに二つの派閥が同盟に加わる予定だ。
それに伴い、二週間後を目安に評議を開こうを思っている」
さすがのルルルも、茶化さずに聞いている。
そしてブラドリーナは、静かな間を挟んでから続けた。
「――そして、二つの派閥のうち一方に、 かの”神話”が同席する可能性がある」
その呼び名に、ルルルの表情もわずかに引き締まった。
神話……。
神話ってあの人のことか?
この前のことのお礼も改めて言いたいし、ちょうどいい機会になるかもしれないな。
「だが、席次・『第二座』である派閥ジュミニャは、今回参加ができないそうだ。
それに伴い、中核戦力だったラスターグレンの不参加も確実になる」
ブラドリーナは続ける。
「万が一何かがあった場合、場を抑えられる人員が足りない。
だから、できるだけ多くの派閥に出席してもらいたくてな」
“かの神話”……ヴィクトリーノさんのことを、まるで危険人物のように語るブラドリーナ。
彼女が「厄介な要件」と口にしていたのは、彼のことを指していたのだろう。
実際に会ったことがあるオレからすれば、あの人がそこまで危ない人じゃないのは分かっている。
でも、知らない側からすれば警戒するのも当然、か。
……複雑な気分だ。
「……なるほどナ」
「返答は急がない。
ただ、ルピナスたちには必ず伝えてほしい」
それからブラドリーナは、再びオレに視線を向けた。
「シラツキ・アイトと名乗ったか。貴公は追求者のことも、同盟のことも、まだ知ったばかりか?」
「まあ、そんな感じです」
ブラドリーナは小さく頷く。
「なら、なおさら参加するといい。
追求者や同盟のことを知るには、いい機会になるだろう」
たしかに。
せっかくなら参加して、世改の書についても何か知れるかもしれない。
ルピナスたち次第ではあるが、自分も同席することになりそうだ。
話は一区切りついた――そう思ったが、ブラドリーナはまた口を開いた。
「それと一つ、私的な話にはなるが……」
それから、ブラドリーナは一瞬だけオルディアンへ視線を送った。
オルディアンもまた、それに応えるように無言で小さく頷く。
「オルディアン。ルルルと少し話していてくれ」
「あーい」
気のない返事。
けれど、ブラドリーナを軽んじている態度という感じはしない。
ルルルもルルルで特に異を唱えなかったので、そのまま2人は少し離れる形になった。
「え……?」
「怪しい真似をしてすまない。だが、貴公と個人的に話したいことがあってな。
貴公のためにも、二人には席を外してもらった方がいいと判断した」
「オレの、ためにも……?」
いきなり過ぎて怖い。
怖すぎるんだが。
序列第一位の方が、こんなビギナーに何の用なのか。
「ああ。だからオルディアンには彼の話相手を頼んだ」
「……彼?」
思わず口から漏れる。
ルルルのことを指して、彼、とそういったのか?
ブラドリーナはその小さな反応を特に気にした様子もなく、まっすぐオレへ向き直った。
「すまない。そんなに警戒しなくていい。
危害を加えるつもりはないんだ」
声が、わずかに和らぐ。
「ただ、どうしても気になることがあってな」
「……なんですか?」
ブラドリーナは、どこか意味深な沈黙を挟んでから、口を開いた。
「まず――私は恩寵者だ。
つまり、特者能力を持っている」
昨日聞いたばかりの単語。
それだけでも、少し身構えるには十分だった。
追求者であり、しかもチームのリーダーらしき人物だ。
“書を手にする資格を持つのが恩寵者だけ”というのを踏まえても、彼女が恩寵者であることに不思議はない。
なので驚く内容ではないのだが。
そう頭では分かっていても、やはり緊張する。
「そして、その私が持つ特者能力は――『追憶視』。
……簡単に言えば、相手の記憶に触れることができる。
一拍置いて、ブラドリーナは続ける。
「それで、私は貴公の記憶を覗いた――」




