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2人の贖罪-世界+ ~命《いきる》を選んだその先は~  作者: 【表現者の蕾】/ようかの夜
第2章

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絶えない呼び声





 とりあえず、小悪党どもと若者の揉め事は半分どうでもよくなった。



 あの後。


 残された連中も、さすがにこれ以上続ける空気ではなかったらしい。

 若者は若者で気まずそうに去っていき、小悪党らも「なんだったんだ今の……」みたいな釈然としない顔で散っていった。



 それを見届けてから、オレはひとり、都市の水溝へと向かっていた。


 近くの区画に対応する辺りなら、飛ばされたルルルもそこまで遠くにはいってないはず。

 ……たぶん。




「自信満々に大丈夫とかいってたくせに……」




 石橋の脇から、水路沿いの道を歩く。


 水溝は、近くで見るとやはり深い。

 水の色も暗く、落ちたら自力で上がるのは相当大変そうだった。



「もう先帰ってようかな……」



 たまにぼやきながら、辺りを捜索する。


 ただ、そんな簡単に見つかるはずもない。



 もしかしたら真反対の溝に落とされている可能性もある以上、見つけるのには相応の時間を要するかもしれない。



「てか、落とされた人ってどうなってるんだろう」



 落とされたまま放置、では自分で這い上がってこない限りそのまま死んでしまうだろう。

 ……あるいは、そこまで考慮した上で、命式術の判定で“一定以上の重罪”を対象にしているのかもしれない。


 けれど、ルピナスのように空を飛べる者なら、自力で戻ってくることも不可能じゃない。

 そう考えると、命式術として完璧に機能しているのかどうかは、少し怪しい気もする。


 ……いや。


 単純に、飛べるような連中の方がそもそも少数派で、そこまでは考えて作られていないのかもしれない。



 結局、あの命式術も絶対じゃないらしい。仕組みとして万全ではなく、抜け道もある。

 ……まあ、そんなものか。



 思考を巡らせていると、不意に背後からふいに声がかかった。




「そこのおにいさん、少しいいかい?」




 声をかけてきたのは、見通しの良い通りで行き交う人々を眺めていた、商人風の男だった。


 身なりはきちんとしていて、物腰も柔らかい。

 押しつけがましさのない笑みまで浮かべている。



「……? オレですか?」

「はい、少しだけ時間をくれないかな」



 柔らかい笑顔と穏やかな声。

 オレは戸惑いながら近づいてみる。


 そして、その商人の口から飛び出したのは、完全に予想外の言葉だった。



「おにいさん、 ひょっとして()()()()に興味はないかな」

「え……」



 その単語に、思わず足が止まる。



「あ……あります」



 反射だった。

 言ってから、しまった、と思う。


 男はにこっと笑った。



「やはり。そうだろうと思いました」



 その笑みは穏やかだったが、どこか確信めいていたものも感じた。



「実はね、私、少し特別な情報を持っていまして」



 なんでいきなり、追求者の関係者であるオレにそんな話を振ってきたのか。

 手当たり次第なのか、それとも何かを見抜かれたのか。


 いくつもの考えが浮かぶ。


 それでも表面上は平静を装い、問い返した。



「ど、どうしてオレが書に興味があるって……」

「書を求めている者たちに変わり者が多いという話は、商売柄よく耳にしますからね」



 男は肩をすくめてそう言う。



「おにいさんもひょっとして、と思ったんですよ」



 さすが商人、とでもいうべきか。


 理由としては曖昧だが、少なくとも、この世界ではオレの雰囲気や格好が“少し変わって見える側”なのは自覚している。


 そういう人間を見逃さないよう、ずっと広場で観察していたのだとしたら――まあ、筋は通る。




「なるほど。……それで、書に関する情報ってどういうものをお持ちなんですか?」



 ここは慎重に聞いていこう。


 もしかしたら、思わぬ収穫になるかもしれない。

 新しく仲間になって早々、有益な情報を拾えたとなれば十分手柄だ。

 ルピナスに借りたお金の件だって、少しは返しやすくなる。


 男はそんなこちらの内心を見透かしたように、言葉を選ぶ間すら心地よく見せながら続けた。



「もちろん、無料とは言いません」



 そう言って、声をさらに落とす。



「ですが…… “世改の書そのもの”の話ではなく、それを追っていた者が最後に残した手がかり――そう聞けば、安いと思いませんか?」

「追っていた者……?」

「ええ。

 数年前、この都市に“書”を探していた学者崩れがいたんです。

 その人物が、ある遺跡の名を繰り返し口にしていたという記録がある」



 男の言葉は滑らかだった。


 断定しすぎず、けれど興味を引くところだけはしっかり押さえてくる。



「その遺跡の場所に繋がる手がかりを、私は持っています」

「その場所ってのは……?」

「まずは、お値段の相談からいたしましょう。

 こうしてお話ししたのも何かの縁、今回は特別に融通させていただきま――」


「――ハイ! 詐欺」



 横から、大きな声が急に割り込んだ。


 半ば驚くように振り向いてみると、そこにはびしょ濡れのルルルが立っていた。




「うわっ」




 髪から水を滴らせ、服もぐっしょりで、でも表情は妙に平然としていて、何事もなかったかのように話に参加してきた。



「そういうのは基本、嘘ダゾ」



 ルルルはオレの肩を掴んで、商人風の男から距離を取らせた。


 男は露骨に舌打ちこそしなかったが、笑みを崩さないまま肩をすくめる。



「おやおや、残念。

 また機会があればよろしくお願いいたしますね」



 そう言って、あっさり人混みへ紛れて消えていった。

 何も言い返してきたりはせず、事を荒立てたくなさそうだった、という感じか。




「――んなもんアルカ!」




 隣で、最後にそう言い放っていた。



「……マジ、か」

「マジだよ」



 ルルルは服を絞りながら言う。



「書がらみは夢見てるやつ多いカラナ。

 それに漬け込む詐欺も山ほどアル。ああいうのにひっかかんナヨ」

「ご、ごめん……」

「第一、あんなどこの誰だか分からねぇやつより、ワタシたちみたいに追求者と実際に関わってる側の方が、持ってる情報は多いし確かダシナ」



 そう言って、ルルルはこちらを指差す。


 オレは首を傾げた。



「書を手にする資格があるのは恩寵者だけ――そういう基本的なことすら、ちゃんと分かってねぇやつも珍しくないんダヨ」



 なるほどな。


 書に関連する情報は、それこそ情報格差……知ってるやつと知らないやつの差が激しいんだろう。

 極端な話、世改の書って名前だけ知ってるようなやつでも、それっぽいことを言って金を取ろうと思えば取れてしまう。


 ……そりゃ、詐欺の種にもなるわけだ。



「リアルに追求者と…ルピナスと関わってるオレらの方が、よっぽど情報は正確で豊富ってことね……。

 あ、ってか探したぞルルル!

 大丈夫とか言っといて飛ばされてんじゃねーか!」

「マアマア、そんなチイセェこと気にすんなヨナ!」

「絶対小さいことではないと思うんだが……」



 びしょ濡れだし。



「戻ってキタシ問題ナーイ!」

「……言われてみれば。なんで当然みたいな顔して戻って来てるんだよ」

「ホラ、そこは根性デ!」

「根性でどうにかなる溝じゃないだろ……」



 言いながら、ちょっと笑ってしまう。

 ルルルも笑う。


 なんだかんだで、本当に戻ってきた。

 それが妙に安心できて、自分でも少し不思議だった。



「もう、ほんとに……。頼むよ」



 呆れ半分の笑いを浮かべながら、ルルルを見る。


 すると、ルルルもなぜかじっとオレの目を見ていた。




「……?」

「会った時から思ってたんダケドサ……」



 少しだけ溜めてから、「ずっと言いたかったんだよ」とでも言いたげに口元を緩め、



「ワタシたち、めっちゃ気ぃ合うヨナ!?」

「……っ」



 一瞬、きょとんとする。


 そのあとで、思わず吹き出した。



「ふふ……実はオレも、めっちゃそう思ってた。

 こんなに気の合う人、初めてかもしれない。一緒にいて楽しいし、疲れないし」



 口にしてから、少しだけ照れくさくなる。


 けれど取り消したくはなかった。



「コンナニ相性いいやつ、ワタシも初めてかもシレナイ! 

 どっかで会ったことあるんカってくらいダワ!」



 大げさなくらいの声で言う。


 その言い方がなんだかおかしくて、また笑ってしまった。

 ルルルもつられて笑う。


 そんなふうにひとしきり笑って。

 今度こそ帰路につくか、そんな話になった、そのときだった――。




「――貴公ら、派閥ルピナスの者ではないか?」




 先ほどの詐欺商人男に続き、またしても用件ありげな声がオレたちにかけられた。






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