頭のネジを外した問題解決法~狂気には狂気を~
「おぉい! なんだよこれはよお!」
店の中で、突如怒鳴り声が響いた。
視線を向けると、ひとりの男が店員に絡んでいる。
いくつか席を挟んだ先に座る客が、グラスを持ちながら、露骨に苛立った様子だった。
「酒が薄いんだよ!!!」
「申し訳ありません、すぐに確認を――」
「確認じゃねぇよ! 最初からまともなの持ってこいって言ってんだ!」
……うわ。
これが酔っ払いのダル絡みというやつだろうか。
居酒屋っぽいところに来るのは初めてなので、こんな現場に遭遇するのは初めてだ。
若い女性店員が完全に困っている。
ルルルはその様子を見て、にやっと笑った。
「揉めてるみたいダナ」
「だね」
「……オモシレェ客だなア」
嫌な、予感がする。
おもちゃを見つけたみたいな、絶対ロクでもないことを思いついた顔だ。
「変なことするなよ」
「シマセンヨオ~」
そう言った時点で、もうする気満々だった。
ルルルは何食わぬ顔でこっそり立ち上がり、男の席の近くへ行く。
店員に食ってかかっている男は、こちらなど見てもいない。
その隙に。
酔っ払い客の皿の上の肉を、ひとつ。
ひょい、と摘まんだ。
「……ちょちょルルル、何してんの」
「シー」
そのまま戻ってきて、何事もなかったように口に放り込む。
予想外の奇行に、思わず小声で止めかけたが、正直…ちょっと面白そうなのでやめておく。
数秒後……。
「……あれ?」
酔っ払い男が皿を見下ろす。
明らかに、一つ減っている。
困惑した顔で周囲を見回し始めたので、オレとルルルは揃ってあさっての方を向いた。
「……気のせいか?」
男がぶつぶつ言いながら、また店員に向き直る。
一度中断された店員への詰め寄りが、再び強まる。
そして。
ウチの奇人も、また動き出す。
「……あんまやり過ぎるなよ」
「これで最後ダカラ大丈夫ヨ」
最後だからってなんだよ。
そしてまた、ひょい。
男の皿から一つまみして、口に入れた。
――だが。
今度は運悪く、酔っ払い男がちょうど振り返ってしまった。
「――お前っ!」
「ア?」
「今俺のやつとっただろ!」
あちゃ~。
ルルルは平然と、とぼけた顔で首をかしげる。
「取ってネェヨ」
「タレが垂れてるだろうが!!!」
言われて視線を落とす。
たしかに、床にぽたりとタレが落ちていた。
証拠がひどい。
「…ハッ……」
「…ふふっ……」
もうダメだ。
笑いが込み上げてくる。
「…クッ……じゃあコレ、あげるワ」
ルルルは肩を震わせながら、自分の食べかけのトーストを、男の皿に乗せようとする。
「いらねぇよ! お前舐めとんのか」
「……くふっ…」
男は店員ではなく、オレたちへと矛先を向け始めた。
今にも一発来そうな空気だ。
「やばい、もう行こ」
オレはルルルの手をひいて、2人で店を飛び出した。
「――ごちそうさまでした! お代は机に置いておきます!」
それだけ言い残し店員の方を振り返ると、酔っ払いに絡まれていた女性店員が、こちらに向かって深くお辞儀しているのが見えた。
「――おい待て!」
そんな声が最後に聞こえたような気がする。
外へ出て、少し店から離れたとこまで走った。
「ブァハッハッハッハッハッハッ」
「アハ…アハハハハハッ」
我慢していた笑いが、堰を切ったように溢れ出てくる。
「聞いたカ!? 『タレが垂れてる』ダッテヨ!」
「アハハハハッ! くだらねぇ…!!」
「やっぱり異常な奴には異常な行動をぶつけるのが効果的ナンダヨナア!」
まだ会ってからそれほど時間は経っていないが、ルルルという人間について、ひとつだけ確信したことがある。
この人は、多分相当”ヤバい人”だ。
めちゃくちゃな奴だ。
……でも、そのめちゃくちゃさが、どこか心地いい。
一緒にいて、面白い。
「やりすぎには気をつけなよ……」
「分かってるッテエ」
そんな笑いの余韻を引きずったまま、路地から抜けると、またさっきの広場の方に戻って来ていた。
「もうそろそろ帰る?」
「ソウダナ。もう用は済んダシ」
「――あ」
小さく声がこぼれた。
「あの人、まだいるじゃん」
広場の端。
昼間に見かけた、あの笑う仮面の道化が、まだ同じ場所に立っていた。
「オ?」
「あの人、何時までやるんだろ」
『笑い屋』
そう呼ばれる、白塗り・白仮面のピエロのような曲芸師。
昼間に見たときとほとんど変わらない場所で、変わらず芸を続けている。
「いつも日付変わるくらいマデはやってるイメージダナ」
「大変だね……」
それで生計を立てているのだから、仕方ないと言えばそうなのだが。
とはいっても、気楽にこなせるような仕事には見えない。
日が傾いてからの広場は、昼間より人もまばらだ。
それでも立ち続け、芸を続ける。
観客が減る時間ほど、むしろしんどそうですらある。
「……ん」
なんとなく笑い屋の方を見ていると、不意に別のものが目に入った。
笑い屋のすぐ傍で、ひとりの少女がしゃがみ込んでいたのだ。
泣いているのかどうかまでは分からないが、明らかに落ち込んでいるのは分かる。
広場の端の段差に、腰を預けるように座り込み、顔を埋めるようにうずくまっている。
長く綺麗なミルクティー色の髪が、さらりと肩からこぼれ、先が地面に触れていた。
笑い屋は何も言わない。
ただ、そこにいる。少女の隣で。
「……」
オレは少しだけ立ち止まる。
ふと、さっきルルルが言っていたことを思い出した。
愚痴を聞くこともある。
言葉は返ってこなくても、ただそばにいることに、意味があることもある。
……なるほど。
こういうことか。
派手な芸を見せるだけじゃない。
ああやって、ただ同じ場所にいてやることも、あの笑い屋の役目なのかもしれない。
そんなことをぼんやり考えていると、
「――オイ、ドン草童子。あれ見ろ」




