隠していること
「……デュムールの近くにある村出身だって話。――あれ、嘘ダロ?」
「……っ!」
虚を突かれたように、オレは一瞬思考が、手が止まった。
今のルルルはシラフじゃない。
酒が入った状態で戯言を言い始めたのか、それとも酒が入る前から考えてたけど、聞きにくかったから酒の力を借りてこの話題を出してきたのか。
いや、おそらく後者だぞこれは。
口ぶりから察するに、ずっと思ってたけど、オレに気を遣って聞いてこなかったみたいな感じの言い方だ。
「い、いきなりどうして……?」
「なんか……田舎の村出身っぽさをあんまり感じないんダヨナア」
まあそれは、その通りだろう。
前世界の自分の人生も含めて考えると、村で過ごしてた時間はそこまで割合としては長くない。
無意識の部分で自分から染み出る何かは、あまり村出身っぽさを感じられないものがあるかもしれない。
「――しかもサ、なんか自分を隠してるヨナ」
その言葉に、さらにオレは見透かされているような感覚が走る。
心拍数が上がっていくのが、自分でも分かった。
どうしようか。
どうするべきか……。
別に、ルルルに隠したいわけじゃない。
けど、話してしまえば、いろいろリスクがある。
危険人物扱いされるかもしれない。
面白半分に周囲へ広められるかもしれない。
下手をすれば、実験体のように利用される可能性だってある。
……最悪、何をされるか分からない。
ここは酒の席でもある。
今、軽い冗談みたいに話せば、ルルルは明日には忘れてくれるだろうか。
迷った。
――でも、ここで言わなければ、誰にも自分のことを打ち明けることができないんじゃないか。
そう思った。
だから。
だからオレは、目の前のこの人を信用してみることに賭けてみた。
「あんまり大っぴらに言わないし、あんまり言いふらしてほしくもないんだけどさ……」
一度だけ息をついて、口を開く。
「――オレ、別の世界からやって来たんだ」
言ったあと、ほんの一瞬だけ空気が止まった。
ルルルの表情が、かすかに揺れる。
驚きとも、違う何かとも取れるような、微妙な変化。
けれど、それも一瞬だった。
「……ふーん」
意外にもあっさりした返事。
「……そうなんだ」
「そうなんだって……それだけ?」
拍子抜けする。
衝撃の事実を打ち明けた側のはずなのに、なぜかオレの方が落ち着かない。
「もっとこう……なんか、質問攻めにしたりしないの?」
「別に。異世界ダロウガなんダロウガ、ドン草童子がドンくせぇことに何も変わりはないカラナ」
「おい」
自分から振ってきておいて、というのも変な話だが、どうやらあまり深掘ってはこないらしい。
興味がなさそうというよりかは、何かを言おうとして悩んでいるような……そんな表情に見えた。
「……」
オレが言葉に詰まっていると、ルルルは酒杯を机に置いた。
「――じゃあ一つだけ。
そこは、どういう世界だった?」
「どういう、か……。答え方が難しいな」
それはそれで難しい質問だった。
世界の説明なんて始めたら、たぶんいくらでも長くなる。
だから少しだけ頭の中で整理して、あくまで自分の視点で、言葉を紡いでみる。
「この世界と違って……魔法とか、恩寵とか。そんな超常じみたものはなかった。
でも、その代わりに、あっちにはあっちなりの発展があったっていうか……」
一度、言葉を探す。
「オレのいた世界で“あったらいいのに”って妄想されてたようなものが、こっちでは普通に存在してる。
そんな違い、かな」
らしくない表情で、ルルルはただ黙って聞いてくれていた。
「……でも、なんていうか…もっとこう、本質的な部分は、どちらもそんなに変わんないんじゃないかなって、そんな気もする。
ごめん、ちょっとうまく説明できないけど」
「いいや、言いたいことはワカル」
短い感想だった。
でもそれでよかった。
別に、悩みとかそういうのだとは捉えてなかった。
そう思っていたのに、口にしてみると、胸の奥が少し軽くなった気がする。
オレは案外、自分のことを誰かに話したかったのかもしれない。
「ごめん、別に隠し事したかったわけじゃなくて……。
ただ、この世界で異世界人ってのがどういう扱いされるのが分からなくて、言うのは躊躇ってた」
「……いや、その判断は正しいと思うゾ」
ルルルはすぐにそう言った。
「これからも、一応誰にも教えない方が無難カモナ」
「それって、ルピーナたちにも……?」
ルルルは何も言わず頷く
ルルル自身はそこまで気にしていないような態度だっただけに、その発言は少し意外なものに感じた。
「彼女たちも信用できないってこと?」
思わず聞いてしまった。
「オレが異世界人だからって理由で、ルピーナたちがオレを虐げたりとか、そういうのはあまり想像できないけど……」
「そういう意味じゃない」
ルルルは即座に否定した。
「ルピナス先たちはそんなことをする人らジャナイ。
それはワタシが保証スル」
「けど」と表情を引き締めて続ける。
「彼女たちが悪気なくぽろっと他のやつに話しチマウ可能性までは、否定できないカラダ」
「口か堅いかどうかってこと?」
「まあ、近い話ダケド……」
少しだけ考えるように目を細め、
「もっと言うなら、 “その情報がどれだけ重要なものなのか”の判断は、人によって違うってことダナ」
「……というと?」
「異世界人じゃないルピナス先たちにトッテハ、その情報がどれだけ厄介か、身に沁みては分からないってことダ」
「それは、たしかに……」
言いたいことは分かった。
どれだけ“秘密にしてほしい”と伝えても、その重みを本当の意味で共有することはできない。
悪人とか、信用できないとか、そういう話ではなくて。
これは仕方のない部分だ。
危険を自分のこととして捉えている側と、そうじゃない側では、どうしても警戒の質が違う。
だからこそ、最初から誰にも話さない。
それが結局、一番安全で賢明だということなのだろう。
とりあえず、オレの勇気を出したカミングアウトは、否定もされず、変に大ごとにはならなかった。
その反応は、ありがたかった。
でも、何か引っかかるような……。
――そのときだった。
「おぉい! なんだよこれはよお!」
店の中で、突如怒鳴り声が響いた。




