セントラディア中心都
昼の空気はほんのりと温みを帯びていて、肺に流れ込むたび、意識はゆっくりと現実へと溶けていく。
それでも、胸の奥にはそれとは別の熱があった。
心地よい高揚感。
まるで、子どもの頃に友達と遊びに行く約束をした日の朝みたいな――そんなワクワクした気持ち。
こんなふうに誰かとお出かけするのは久しぶりで、オレはどこか浮ついた気分だった。
「見えたキタゾー、ドン草童子!」
隣で歩くルルルが、オレの肩を軽く叩く。
「だからその呼び方…って、おお……ほんとだ」
森の道を抜けると、視界が一気に開けた。
そこでオレは思わず足を止める。
――その先に広がっていたのは、とにかく巨大な街だった。
壁のように連なる建物。
遠くまで続く街並み。
一目で規模の違いを思い知らされるほどの、圧倒的な広さだった。
「すっ、ご……」
「ハッ! ボーっとしてないで行くゾ!」
「うん……」
促されるまま、再び歩き出す。
街に近づくにつれ、道はしっかり整備されたものへと変わっていく。
数刻前まで土を踏み固めただけの道だったのが、気づけば均された道になっていた。
そして、遠くにあったはずの音が、少しずつ存在感を持ち始める。
人の声や荷車の軋む音。
どこかから漂ってくる、生活の気配。
それらが混ざり合い、街のざわめきとなって耳に届いてきた。
――だが、それよりも気になるのは、その広い都市を囲む不自然な輪郭だ。
「……あれが、話してたやつね」
街の外周をぐるりと巡っている、深く広い水の溝。
その輪郭は直線で構成されているのに、一定間隔で角度が折れている。
まるで、幾何学的に切り抜いたかのような形状だ。
「上空から見てみたら分かるケド、アレ星の形してるんヨナ」
前を向いたまま、ルルルが言った。
「星……?」
「角がいっぱいある…多角星、っていうノカナ?」
「へー、おもしろいデザインだね」
なるほど、と思いながら改めて見てみる。
確かにただの円形ではなく、規則的に折れた線が連なっている。
その内側に都市があり、遠くからでも分かるほど、人と建物が密集していそうだ。
「でっかいよな…」
「セントラディアの中心。つまり世界の中心ってことダカラナ」
「ひぃー」
セントラディア。
ここに来る途中でルルルが教えてくれた。
そもそもこの国は、世界の真ん中の位置に位置する国らしい。
そして、そのさらに中心にあるのが、この都市。
つまりここは、文字通り世界のど真ん中にある街、ということになる。
なかなかロマンがある響きだな。
ルルルにとっては行き慣れた場所なんだろう。
だから特に感動も何もなさそうだが、オレにとっては違う。
外との関わりが薄い村でこれまで過ごしていたオレにとって、実質ここが、この世界に来て初めての“ちゃんとした街”なのだ。
もはや、オレの旅は始まっているといっても過言ではない。
「――それにしても、世界の真ん中ってどういう理屈なんだろう……」
この世界じゃ、地球は球体である、みたいな発想自体が一般的じゃないのかもしれない。
というか、そもそも前の世界と同じ理屈でできている保証もない。
「丸くないんダロ、きっと」
「ってことなのかね……え?」
「――オメェも怪しまれないようにシロヨー」
「……?」
そのまま進み、大溝に架けられた橋まで差し掛かる。
水溝の上に架けられた石橋は幅も広く、行き来する人の数も多い。
都市へ入る者、外へ出る者。
荷を抱えた商人らしき連中までいて、橋の上は絶えず人が流れていた。
そして、橋の先を見て、ルルルの言葉の意味を理解する。
入口付近で、軽い検問を行っていた。
「止まってください」
兵士らしき男が手を上げる。
威圧的ではないが、視線はしっかりとこちらを見ている。
「セントラディア中心都に来るのは初めてですか?」
「おん、コイツだけ初めてダナ」
「分かりました。
では、簡単に要旨の説明だけさせてもらいますね」
親指でオレのことを指しながら、ルルルが代わりに答えてくれた。
それに合わせるように、オレも男を一瞥して頷く。
「――この都市では、命式術による防衛機構が稼働しています」
事務的だが慣れた口調で、男は説明を始める。
「特に、重罪に関してが自動転送の対象となっておりますので注意してください。
殺人や暴力行為をはじめ、放火、強盗、封術の使用、都市防衛術式への干渉などです」
淡々と並べられる言葉。
どれも、普通に生活していればうっかり触れてしまうような類のものではなさそうなので、まず安心だ。
「転送って、この水溝に落とされるってやつですよね……?」
「はい」
男はあっさり頷く。
事前に知っていた内容ではあるので驚きはないが、改めて忠告されると気が引き締まる。
「そのため、都市内での行動には十分注意してください」
「ホーイ」
それから軽く荷物検査だけされて、検問はそれで終わりだった。
特に問題がなかったオレたちは、街の中へと入る。
内部へしばらく歩き進めるところで、一気に空気が変わった。
人の声や物がぶつかる音。
遠くで響く呼び込み。
肉の焼ける匂いと、甘い香りと、土と布と鉄の混ざった匂い。
「想像以上だな……」
あまりの賑わいっぷりに、思わず言葉が漏れてしまう。
まるで繁華街に迷い込んだみたいな圧倒のされ方だ。
というか、まさにここが繁華街なのだろうけども。
石畳の広い一本道。
両脇には店が並び、人がひっきりなしに行き交っている。
そのなかで目につくことと言えば、この往来に当たり前のように混ざっている、人とは異なる特徴を持つ者たちの姿だ。
「――やっぱり、亜人とかもいるんだね」
視線の先には、犬や猫のような動物の耳が付いた種族や、尻尾を揺らす人影が、当たり前のように人混みに混ざっていた。
正直、ファンタジー世界に来た時点で、そういう存在がいてもおかしくはないと思っていたので、驚きそのものはそこまで大きくない。
だが実際にこの目で見るのは初めてなので、胸の奥に広がる変な感動はある。
「こんなフウに当たり前のように見かけるようになったのは、比較的最近らしいケドナ」
「最近? そりゃまたどうして?」
「サア? ワタシも詳しくは知らない」
亜人と人間の間で、確執のようなものがあったりしたのだろうか。
まあ、考えてみれば不思議な話でもない。
普通の人間と亜人、見た目や種の違いがあれば、そこに線を引きたがるやつはどこにでもいる。
そうなれば、差別的な問題は当然発生する。
というか、まさにこの“普通の人間”なんて表現も危うそうだ。
「亜人は普通じゃないのか!」とか言われて、下手をすれば、それだけで揉め事の火種になりそうだ。
「……猫吸いしようとかは考えんナヨ!」
「考えてねーよ!」
少し思考を巡らせていたところに挟まれた軽口に、反射でツッコんだ。
……いや、考えて…なかったよな?
「とりあえず、いろいろ見て回りたいかも」
「中心都には基本なんでもあるとオモウゾ~」
ルルルはそう言うなり、さっさと歩き出していた。
ちょっとでも目を放したら人ごみに紛れて消えそうだ。
迷子にさせないようにしなければ。
「市場、みたいな感じか」
店で売られているものは、基本食料や衣服、たまに装飾品といった具合だ。
新生活に必要なもの、といっても具体的に何を買い揃えたらいいのだろうか。
あまりよく考えずに来てしまった。
ボーっと、ただルルルについていく。
初めて見る街の景色と、あふれるような賑わいを堪能している中、そこで少々気になるものを発見した。




