四芒星の功能
館の裏手からしばらく持ちの中を歩き、細い道を抜けると、少しだけ開けた場所に出た。
木々に囲まれながらも、そこだけは人の手が入っているのが分かる。
下草はほどよく払われ、地面も踏み固められていた。
訓練場、と呼ぶには飾り気がないかもしれないが、何かを試すにはちょうどよさそうな半端に開けた空間だ。
洞窟の件もあり、時間はもう夕方手前。
もうじき日が傾ききる、という頃合いで、木々の隙間から差し込む光も少しずつ赤みを帯び始めていた。
指定の場所へ向かっている途中、隣で歩くルルルが急に肩を震わせた。
「それにしても、思い出しただけでワラエルナ! ホントおもしれぇな、オメェ!」
「おもしろい…? 何が?」
「いや、ダッテ! ココにきて早々独房にぶち込まれて、そのあとまんまと転送に引っかかってワケ分かんないとこに飛ばされてたってコトデショ??」
ルルルがオレの顔を見て、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「律儀に全ての不幸イベントに躓きヤガッテ。
ドンくさいなオメェ!! ブァハッハッハッハ!!!」
「ドンくさいってなんだよ!」
「罠にかかる狸みたいダッタゾ!」
「なんでこっちが悪いみたいになってんだよ! どっちもオレが被害者側なんですけど!
あと、2つ目はおめぇのせいだろうが!」
ゲラゲラと笑い続けるルルル。
「それはそうなんダケド、妙にハマってんダヨナァ…そういう役回りに」
「誰が不幸体質じゃ!」
「まあ大丈夫大丈夫。おもしろいからソノママデ…」
「うるせぇよ!」
そんなくだらないやり取りをしているうちに、空き地の中央あたりに二つの人影が見えた。
ルピナスとアエリスだ。
こちらに気づくなり、アエリスはひらひらと手を振り、ルピナスは愛用の杖を携えて立っている。
「やっと来たか、遅―ぞアンタたち! 無駄話は終わり、とっとと始めっぞ!」
「ごめーん!」
軽く両手を合わせて詫びを入れながら、二人と合流。
すると、待ちくたびれた様子で、ルピナスは手のひらをこちらに向けて差し出してきた。
そこに握られていたのは、例のペンダントだ。
「ルルルにも事情って話したっけ?」
「おん。それのことダロ? 魔法を使えたとかナントカ」
ルルルが、ルピナスの手にあるそれを指差しながら答える。
「そ。今日はこれの功能を特定するつもり」
オレはそれを受け取り、首からかけた。
前にあの戦場で、いきなりルピナスから手渡され、それでなぜか魔法が使えた。
そんな不思議な首飾りだ。
「あの時は緊急事態だったし、ちゃんと確かめてる余裕はなかったからさ。
一応これがなんなのか、ざっくりとでも把握しときたいなって。今後のアイトくんの立ち回りも決まってくるだろうし」
「ワタシもルピナス先と見てヨウカナ」
「……?」
そう言いながら、ルピナスとルルルは少し離れた場所へ移動した。
この首飾りの力を調べるとはいったが、具体的に何をする気なんだろう。
「――アエリスちゃんは、話してた通り、受け手役をお願いね」
「承知です! お任せくださいっ」
アエリスは素直に頷き、慣れたような感じで、ルピナスたちよりもさらに向こうへ軽やかに駆けていった。
オレの前方、離れた位置にアエリスが立つ。
その間を外すように右へズレた、こちら寄りの位置で、オレたちを見物するようにルピナスらが立っているという配置だ。
「……え、なに。オレはどうすればいいのー?」
「そうだね……じゃあまずはあれから。
前に使えたって言ってた炎の魔法、それをやってみて」
「や、やってみてって言われてもな……」
「大丈夫。アエリスちゃんがうまく捌いてくれるから、森のこととかは気にしなくていいよ」
別にそれを心配してるわけじゃないんだけど……。
やってと言われても出来るかどうか。
あの時は無我夢中で、追い詰められて訳も分からず、勢いでできたみたいなもんだ。
今ここで、改めて「やれ」と言われると難しい。
「前と、同じように……でいいんだよな」
オレは自身の胸元に下がる四芒星に、優しく手で触れてみる。
結晶の冷たさ、小さな感触。
鋭角部に指が当たらないように指先で確かめながら、あの日見た魔法を思い出す。
前方に向かって、炎の奔流を流し込むようなイメージ。
もう片方の手を前に伸ばす。
「えーっと……レアヴォミカ!」
記憶に合った文言を短く唱え、できる限りはっきりと頭の中に描く。
そう意識した刹那、掌の中心にじん、とした熱が帯びたのを感じた。
「……!」
思わず目を見開くと、そこには今にも飛び出していきそうな炎の塊が、荒々しく渦を巻いていた。
紛れもなく、本物の炎だ。
「おー」
ルピナスが目を大きく見開く。
アエリスもわずかに眉をあげ、ルルルは「へぇ~」と興味を示しているのがわかった。
「で、きた……?」
「うん! できてるよ」
手の先に留まる炎の渦を見つめていると、「自分が出したんだ」という実感がだんだんと湧いてくる。
熱は伝わってはくるが、熱いという痛みがあるわけではない。
「じゃあ、アエリスちゃんの方に撃ってみて」
「え……」
「ほんとに大丈夫だって! アエリスちゃんはウチの用心棒だから。強いよ」
「――はい! 遠慮なくきてください!」
遠くからもそんな声が届く。
本人もそう言ってるのなら仕方ない、そう思いオレは息を整え、炎の塊を押し出すように想像して放ってみた。
奔流。
押し寄せる火炎放射のような炎の波が、地面を舐めるように一直線に走る。
空気が歪み、熱が爆ぜ、視界が乱れる。
炎流はそのまま真っ直ぐ、アエリスに激突――
と思われた瞬間。
アエリスが半歩だけ横へズレる。
それと同時に、鞘に収まっていた短剣がわずかに音を立てた。
腰の左右に携えられていた二本の刃は、いつの間にか抜き放たれている。
無駄のない動きで左右の刃が閃いた。
迎え撃つ――ただそれだけのシンプルな動き。
――斬。
振るわれた刃は、炎の奔流を正面から薙ぎ払い、切り裂いた。
割れた炎は勢いを失い、そのまま霧散。
あとに残るのは、わずかに揺れる熱だけだった。
「うわ…!」
自分が放った魔法よりも、オレは今のアエリスの動きの方に目を奪われていた。
あの身のこなし、魔法を斬るという常識外れの所業。
これは――
「身技……ってやつだ!」
ミリナ村でドリオーがみせてくれた技と、多分同じもの。
もちろん精度は比べ物にならないし、一回使っていただけで息を切らしていたドリオーと違い、彼女は余裕そうに立っている。
その差は、あまりにも明らかだ。
「――あれは武技ダナ」
オレが漏らした声を訂正するように、ルルルが呟く。
「え?」
そいえば誰かも言っていた気がする。 “武技”と“身技“両方あるって話だ。
本来の限界を超えた力を振るうことができる、みたいな意味では同じような気がするが、何が違うのだろうか。
「身体に命力注ぎ込んで能力アゲするのが身技。
武器に命力注ぎ込んで能力アゲするのが武器。それダケヨ」
声に出してないオレの心の疑問が聞こえたのか、ルルルが補足して教えてくれた。
「戦うときの命力の使い道は主に3つしかないカラナ。
――魔法と身技と武技。これらダケダナ」
「へー」
命力。
魔力的なものだと勝手に解釈していた。
が、魔法だけが用途じゃない。
だから、前世界では当たり前のように使われていた“魔力”のような呼び名は、この世界では定着しなかったのかな。
と、そんな感想を心の中で軽く転がしておく。
「とりあえず、前に使えたって言ってた魔法は今回もできたみたいだね」
ルピナスは人差し指を立てながら続ける。
「じゃあ次。同じ炎で、他の魔法を適当に撃ってみて。アイトくんの想像でいいから。
……あ、でも威力は控えめで、詠唱はしなくていいから」
「そんな、適当にって言われてもな……」
「いけるいける。
――魔法は『想像で創造』するものだから!」
「おう……まぁやってみる」




