変わった探し人
石室の床で、オレは石台にもたれかかりながら膝をついていた――。
目の前の石台に、壁にはあの乱暴な文字。
空のチェストもそのままだ。
「……戻って、きたか」
パッと見た感じ、身体も無事だ。
「…ん、どこも痛くない」
ずいぶんと極端なやり方だったかもな、と直前の出来事を振り返る。
夢から覚めたというより、長く潜っていた水底からいきなり這い出たような、そんな感覚だった。
しばらく動かずに、オレは呼吸を整える。
胸の奥には、妙な余韻が残っていた。
「なんだったんだ…あの性格の悪い試練は」
苦言をぼやきつつふと顔をあげると、塞がれていたはずの出入口が、いつの間にか開いていた。
石板は元の位置に戻り、洞窟の薄暗い光も迎え入れている。
オレは立ちあがり、慎重に近づいた。
先の気持ち悪い生き物が、まだ付近にいるかもしれない。
警戒して、壁際からそっと覗いてみる。
……気配はない。
洞窟は相変わらず静かで、あの不規則な靴音も聞こえなかった。
「今のうちに――!」
石室から出ようとした、その瞬間。
また足元に違和感が走った。
「っ! ……これって…」
空気が揺れ、視界が歪み始める。
耳の奥がきんと鳴り、音も遠くなっていく。
腹の底が、ふっと浮く。
この洞窟へ飛ばされた時と同じ感覚――。
「……転送!?」
それを理解するのと同時に、視界がねじれた。
石の壁。洞窟の闇。
全てが裏返り、伸び、ほどけていく。
――ふと気づけば、床に踏ん張る感覚が戻ってきていた。
ぐらっとふらつき、オレは咄嗟に近くにあった机に手をつく。
「帰ってきた、か……?」
息と一緒に、そんな声がこぼれた。
見覚えのある広めの部屋。
幾刻か前にいた、ルルルと呼ばれる人物の部屋だ。
「ウオー!? 戻ってこれたのカヨ!」
間髪入れず、すぐ近くから仰天した声が飛んできた。
顔をあげると、部屋の奥から歩いてくるのは、さっき洞窟に転送させられる前に人影だけ見えた、あの人物だった。
「――――」
長身。まずそれが目についた。
ただ背が高いだけだけじゃない。肩幅も広く、立っているだけで強い存在感を放っている。
その輪郭を、やや明るめの青色が包んでいた。
天色、とでも言えばいいのか。晴れた空を少しだけ濃くして閉じ込めたような長い髪が、量感たっぷりに背へ流れている。
精悍な顔立ちで、目力が強い。
やや吊り気味の目元が、そのまま相手を圧するような迫力を持っていた。
その声からも外見からも、男か女かの判別がつかない。
男と言われれば男なんだろうし、女と言われれば女なんだろうし。けれど、オカマとかオネエとかそういう方向の曖昧さじゃない。
もっと単純に、性別の印象より先に“この人は強い”という感覚がくる。
豪放な雰囲気で、いかにもボスといった風格だ。
妙なカリスマを感じる。
そんな第一印象だった。
「ホントになーんで作動しちゃったんダロウナー?」」
その人物は、こちらを見ながら腕を組み、首を傾げひとりごとのように言った。
「……あなたがルルルさんで、いいんだよね」
「――お、喋れるくらい元気ジャン! よかったよかった。
あと、ルルルでいいよ」
「何もよくねーよ! よくわかんねぇ洞窟みたいなとこに飛ばしやがって!」
ルルルは一瞬だけ目を丸くした後、ふっと笑った。
「まぁまぁ座りナ」
ルルルは近くの椅子を顎で示す。
オレは少し警戒しつつも、結局その椅子に腰かけた。
そして、改めてルルルがこちらを見る。
「オメェがシラツキ・アイトだよナ?」
「う、うん…」
どうやらオレのことはもう知っているらしい。
「ッ…クク……ようこそ派閥ルピナスへ! ……ッワタシはアナタを歓迎しますヨ!」
「――?」
なぜか笑いを堪えながら、そう言って両手を広げるルルル。
存在感こそあるが、威圧感はなく、話しやすそうな人柄だ。
「――ゴメンゴメン。オメェを飛ばしたのは多分ワタシ、とりあえずそれ誤っておくワ!
ワタシ、ちゃんと謝れる人間ダカラ!」
「お、おう……。てか多分って…」
「あの命式術、まだ未完成デサー。だから誤作動起こしたのかなッテ」
待て。いろいろ話が分かんなくなってきたぞ。
「……命式術、ってなに? 魔法のこと指してる?」
「オ、オメェそんなのも知らねぇのか……! まさかオメェ…いやまあイイカ。
――魔法と命式術は違う、即興で使えないカラナ」
何かを言いかけてやめてたような……。
悪口でも吐かれるところだったのだろうか。
オレが軽く首を傾げると、ルルルはそのまま説明を続けた。
「簡単に言えば、条件を組んで発動させる術だ。
こうなったらこう動け、とかをあらかじめ仕込んどく感じ」
空中で指を動かしながら、そう説明してくれる。
「まあ、簡単な命令文を術式に組み込んでいくみたいな……そんなイメージダナ」
そうすれば、あとは術が勝手に動いてくれる」
「勝手に?」
「おん。例えば、 “印の対象範囲に誰かが立ち入ったら転送を発動する”とかね。
ワタシが開発中の命式術がソレダナ」
片目を瞑りながら、オレがさっきいた場所――あの転送が起こった所をルルルが指差す。
あー。だからか。
つまりオレがその範囲に立ち入っちゃったから、ルルルの命式術とやらが作動して飛ばされたらしい。
「なるほど……簡易なプログラミング、みたいなやつか」
もちろんルルルはそんな言葉は知らないのだろう。
けど、仕組みとしてはかなり近いんじゃないだろうか。
その術式とやらがプログラムでいうところの、ソースコードの役割を担っている。
という認識でいいのか。
「館の防衛用に使えないカナッテ、新しいの作ってたノヨ~」
「てか、そんな危険トラップみたいなのを、ドア開けてすぐのとこに設置しとくなよ!」
「だからゴメンってー! ちゃんと謝ったデショー!
それに、こうやって誤作動した時のタメに、ちゃんと帰ってこられるようにも設計してるんダカラ!」
「……はぁ。確かに戻ってこれたからよかったけど」
「――そうだ! ちょっと前にこなたチャソがここに来テタゾ」
思い出したように手を叩くルルル。
「え、誰? ……あ、アエリスちゃんのことか」
「集合って話ダッタノニ、ワタシもオメェも全然来ないからって様子ミニ」
「あーそうだった! ……それでなんて?」
洞窟での出来事もあって、すっかり忘れていた。
長いこと待たせてしまっているかもしれない。
「アイト様どこ行きましたか? て聞かれたカラ、『腹壊してウンコまき散らしながらトイレに駆けてった!!!』って言っトイタ」
「おい、やめろよ! まき散らしてねーよ!
…印象最悪じゃねーか。実質今日が初めましてなのに……」
純粋そうなあの子のことだ。
信じちゃったかもしれない、それはまずい。
「だって、ワタシの命式術で飛ばしちゃいマシタア! なんていったら怒られちゃうデショウガア!」
「知らねーよ! だからって誤魔化し方に悪意あるだろ!
アエリスちゃんと顔合わしづらくなったわ……後でちゃんと弁解しとかないと」
「――『便』ダケニ!?」
「うるせーよ!」
思わずツッコミ続けていると、ルルルはケラケラと笑う。
なんなんだこの人は。
キャラが濃すぎる。
けれど、不思議と気安くて、なんだか話しやすい。
「……ん、アエリスちゃんもこの部屋に入って来たんだよね? なんであの子は転送されてないの?」
「そこなんデスワナア!」
「…?」
どうやら触れて欲しい内容だったのだろう。そんな反応を見せた。
「あの命式術、ただ飛ばすだけジャナクテ、とある条件付きナンヨ!」
「条件?」
「そう、条件。
あの術は――自分を罪人や咎人とか、そういう認識がある奴だけに反応するようにできている」
「……え」
一瞬、言葉が途切れた。
「防衛に使う予定ダカラサ、館に悪意持って入ってくる人間とか、後ろ暗いもん抱えてる人間を弾くようにした方がイイカナッテ」
「じゃあなんでオレは飛ばされたんだよ。オレ犯罪犯した記憶とかな――」
否定しようとしたところで気づいた。
オレは確かに犯罪を犯した記憶はない。だがルルルの言った条件は、 “犯罪を犯した者”ではない。
口ぶりからすると”何かしらの罪を意識を持ってる人”といったところだろう。
…ならば、オレが条件に引っかかったのも頷ける。
「そこナンダヨナ」
顎に手をあて、考え込んだフリをする。
そして、
「その条件を組み込んでるから、あそこに術印を仮置きしてても、今まで特に問題なかったんダケド……。
シラツキ・アイト氏、アナタにだけは反応した」
ルルルがじわりと沈黙を引き延ばす。
逃げ場のない静寂の中、オレは唾をのむ――。
「――オメェ、さては罪人カ? 何を企んでこの館に潜り込んだ」
顔が触れそうな距離までグッと顔を寄せ、低く問い詰めてくる。
「……違っ、そんなんじゃない! ここの皆に悪意なんて持ってない……!」
曖昧な声が出た。
なんでこうも疑われるんだ……そんなに怪しく見えるのか、オレ。
でも、人のこと言えないのか。
オレだって、これまで周り全てを信用できずに生きていたんだし。
因果応報というやつなのかもしれない……。
「本当に悪意とかない! 信じ――」
「――冗談ダッテ! ブァハッハッハッハッハッ!
……ワタシはオメェを疑ってない」
「…………はぁぁぁ。マジで、ビビったぁ」
話しやすいなんて撤回だ。
何だこの人、心臓に悪いぞ。
「まだ不完全ダカラネ~。まだまだ調整が必要ナンデスナ」
「…さっき言ってた条件だと、罪の意識を欠片も持ってない悪人とかは、普通に入ってこれるんじゃない?」
「それは……ソウ」
痛いところを突かれたと、ルルルがぴたりと止まる。
「しかも、本来弾く人間じゃない人弾いちゃってるし」
「それも……ソウ」
「つまり、だいぶ欠陥だらけ?」
「ウワアアアアアアア」
突然、頭を抱えて叫び出した。
「そうなんだよ! そこなんダヨナアアア!!
今の術式のままだと自認善人の悪人を防げナイシ!
戻ってこれるようじゃ防衛になってないけど、かといって戻れない仕様にすると、今回みたいな誤爆のとき最悪だし! ドウシヨウ!
最初から作り直しとかはイヤダアアアアアア!!」
「ふふ……まあ、がんばれ」
文字通り大の大人が豪快に悶えているのを見て、オレは静かに微笑んだ。
「おい、というか早く集合場所向かった方がいいんじゃない? 2人めっちゃ待たせてるでしょ?」
「まあそうダケド、もうそんな次元ジャネーゾ」
「というと?」
「あの転送が起こってから、もう何時間か経っテルゾ」
「――え? マジで?」
オレの体感では、一時間も経ってないくらいだと思ったんだが。
「転送の後、変な虚構世界みたいなところに飛ばされたデショ?」
「あー、うん。それも知って――」
「多分それが原因だろうな」
あの夢世界で過ごしてる時に、現実世界では体感以上に時間が進んでいたということか。
「――どっちにしろ、早く行った方がいんじゃないの! オレたちルピーナに殺されちゃわん!?」
「その時はオメェを差し出して許してモラウワ!」
「なんでだよ!」
「ブァハッハッ! ジャアとりあえず行きマスカ」
楽しげに軽口を挟みながら、部屋を出るルルル。
豪快で、雑で、でも変に壁がない。
やっぱり、話しやすい人かもな。
オレはこっそりそんなことを思いながら、ルルルの後を追って部屋を出た。
向かう先は、館の裏にあると言われた空き地。
あの首飾りで、ついにオレも魔法をマスターできるのかもしれない。
心が躍る、楽しみな時間だ――。




