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2人の贖罪-世界+ ~命《いきる》を選んだその先は~  作者: 【表現者の蕾】/ようかの夜
第2章

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死を捧げて






 建物の外へ出てみると、教室から見えたあの奇怪な扉が、そこかしこに立っているのが目に入った。


 民家の壁面に貼りつく扉。

 畑のど真ん中にぽつんと立つ扉。

 井戸の横に唐突にある扉。

 木立の間に埋もれるように置かれた扉。


 どれも形状は似たり寄ったりで、どれも等しくこの村のものではない。


 誰にも見えていないのか、村の人々はその横を何事もなく通り過ぎていく。



「……絶対これだよな」



 本来ドアが置かれるはずのない場所に無造作に設置された、不可解な出入口。

 この無数に現れた扉のどれかが出口へと繋がっている、とオレは推測した。


 試しにと、オレは近くの目立たないドアを適当に選び、人目を盗んで手をかけてみる。



「っ……!?」



 扉を跨ぐと、その先は――“別の場所”に繋がっていた。


 暗転するわけでもないし、通路が続いているわけでもない。

 ただ扉の向こうには、ミリナ村の別の場所の景色があった。


 見覚えのある通り道。

 伐採作業に駆り出される時によく通っていた、あの村道だ。



「ミリナ村の中のどこかへワープするドア、ってことなのか……?」



 振り返ると、背後はさっきまでいた場所ではない。

 いつの間にか、扉ごと別の場所へ移っている。


 短く息を漏らし、オレは次の扉を求めた。


 さっきいた村の中心部よりかは、扉の数が気持ち少ない。

 オレは村の外れ――森の方へと足を速めて、途中で見つけた扉で再び挑戦してみることにした。




「…………」




 次に繋がっていたのは、思い出したくない気持ちを呼び起こす、できれば来たくなかった場所だった。



 ずっと苦手で関わりたくなかった奴の家の前でもあり、目の前で知人が丸呑みにされるという、最悪の光景を見せつけられた場所でもある。

 こんな場に長く留まっていても、気分を悪くすることこそあれ、いい影響などあるはずがない。


 ずいぶんと趣味の悪いことをしてくる試練に対し軽く舌打ちしながら、オレはこの場から逃げるように、すぐそばの別の扉を開いた。



 ――だが、それからも扉を抜けるたび、オレの記憶に残っている村のあちこちへと順々に飛ばされるばかりだった。



 友人たちと何度も顔を合わせた広場。

 下を向いて歩いていた職探しへの通学路。

 村を少し出た森の伐採場。


 そして、悪魔のような少女と初めて会った場所。



 どこへ繋がっても、村の中か、ときおり村近辺の森の中。

 場所を変えているだけで、結局この試練からは抜け出すことができない。


 扉をいくつ開けても不正解。


 ひとつ。

 またひとつ。


 焦りに任せて手当たり次第に開けていくうちに、途中からどこをどう通ってきたのかも分からなくなってきた。



「次こそ……」



 そして何度目かの挑戦の末、オレは――ある意味、ようやく来たかと思わされる場所へと辿り着いた。


 多大な恩のある場所であり、出会いの場所であり、思い出の場所。

 ……そして、悲劇の場所でもある。



 様々な感情が詰まるその場所――トバ食亭だ。



 幸いにも、人の気配はない。二人とも出払っているのだろう。


 顔を合わせなくて良かったという気持ちと、もう一度だけ言葉を交わしたいという気持ち。

 どちらにに身をゆだねればいいのか、自分でも分からない。



 店内を見回していると、玄関の扉の部分が、あの不気味な扉へと置き換わっていることに気づいた。

 今確認できる扉は、あれだけ。



「次は、あれを開けるか……」



 懐かしさに引き寄せられるように、オレは店の中へと足を進める。

 そして、なんとなく休憩するような気分で、近くの席に腰を下ろした。――いつもご飯を食べていた定位置に。


 ぼんやりと、店の中を眺める。


 ここで過ごした時間のことが、頭の中に浮かんでは消えていく。



 そのとき。



 外から、心を緩める声が聞こえてきた。



「っ……!」



 あの二人の声で、間違いない。

 どうやらちょうど一緒に帰ってきたらしい。



 オレは反射的に立ち上がり、玄関の方へと向かうと、勢いのまま扉に手をかけた――。


 二人に会いに行こうとしたのか、それともワープを頼りこの場所から早く逃げ出そうとしたのか。

 それはオレには分からなかった。




「……は? ここって…まじかよ」




 トバ食亭からのワープの先――オレが飛ばされたのは、村の中心にある大きな建物の前だった。

 つまり、出口探しの挑戦が始まった、最初の場所だ。


 オレはただその場に立ち尽くす。


 振り出しに戻された気分だった。

 せっかく進めてた作業データが全部吹っ飛んだみたいな徒労感。



「どうやって正解探せばいいんだよ……」



 体力よりも、精神の方が先に削れてきた。


 扉はまだ、そこら中にある。

 校舎の脇にも、広場の端にも、道の真ん中にさえ。


 全部が出口に見えて、全部がハズレ。


 まるで、当たりのない(くじ)を引き続けているような行為だ。

 正解を見つけようがない。




「――いや、そうだ」




 前提として、このドアたちは本当に出口に繋がっているものなのか?


 そう考えてから、オレは今一度あの石台に記されていた言葉を思い浮かべた。




「汝の罪を招くな……だったっけ」




 さっきの講義室での状況から考えるに、おそらく今日はあの襲撃が起こった日――。


 とすると、妙獣たちの襲来から村のみんなを助けることか?


 襲撃を止めること、そして誰も死なせないこと。

 それが脱出の条件。



「――違う」



 それだと若干おかしい。


 これは“村を救え”ではない。 “罪を招くな”だ。



「罪……」



 オレの、罪。


 オレがこの村で過ごしてきた中で、罪だと認識しているもの……それは1つだ。 

 何度も何度も脳裏をかすめる、あの時抱いてしまった醜い感情。


 あの感情を抱いた時点で、罪となるだろう。

 だったら、この夢世界で、オレの中にあの感情が生まれる前に手を打てばいい。


 そうすれば、もとより罪は生まれない。



「なら――」



 そこまで理解して、オレは視線を上げた。


 目の前の建物。

 村で一番高さのある建物だ。


 屋上まで行けば、村全体が見渡せる。




「はは……」




 乾いた笑いが漏れた。


 答えとしては、最悪だ。とち狂っている。

 けれど、妙に納得感はあった。



 無数の扉は、きっとまやかしか何かだろう。


 もっと楽な出口があるんじゃないか、簡単に抜けられるんじゃないか、そんな期待を(もてあそ)ぶためのもの。

 本当に問われているのは、そこじゃない。




 オレはゆっくりと、建物の中へ入った——。




 階段を上る。

 一段ずつ、軋む音を聞きながら。



 もうすぐ日が落ちる。


 ぐずぐずしている時間はない、一刻も早く実行せねば。

 襲撃が始まってしまってからでは、作戦が瓦解(がかい)する可能性が高いからだ。



 あの日の村。

 まだ壊れていない、生きた村。

 だからこそ、腹の底がざわつく。


 「またこの日常が続くのか」と考えてしまった自分が、確かにいた。

 それを認めるたび、心が重くなる。



 最上階へ出る扉を押し開け、屋上へ出る。

 風が身体を撫でていった。



「なんだかんだ、来るの初めてか……」



 オレは屋上の端まで歩いた。


 あの不自然な月が空に浮かんでいるせいで、景色全体がどこか現実味を失っている。



 下を見る――。



 高い。

 足がすくむほどではないが、落ちれば確実に助からない高さだ。



 村を見下ろす――。



 見慣れた風景。

 道。

 広場。

 人々。


 全部知っている。嫌になるほど知っている。



 ここで過ごした日々。

 退屈だった時間。

 窮屈だった空気。

 抜け出したいと思い続けた普通の日常。


 ――そして、その終わりを喜んでしまった自分。



 あれをなかったことにはできない。

 けれど、もし自分が選び直せる立場にあったら。


 もしもう一度、この日常に留まるか、外へ出るかを選ばされるなら。



 ……多分オレは、村の壊滅を受け入れてでも外を望む。



 村の壊滅に笑ったことは罪だ。

 でも、あの生活から出たかった気持ちは偽物だったわけじゃない。

 だから、本当の意味で罪を招かずに生きることなんてできない。


 そこだけは、切り分けなくてはならない。



 また風が吹く――。



 オレは目を閉じた。


 この夢の世界の攻略法が本当にこれでいいのか、確信はない。

 罪を招かないだけなら、もしかしたら他のやり方もあったのかもしれない。

 だが、オレにはこれしか思いつかなかった。


 ふと、視線を感じて目を開ける。


 下の方。

 建物の入口に、()が立っていた。


 こちらを見上げてはいるが、表情はよく見えない。

 でも、目だけは、はっきり合った気がした。



 だから最期に、オレがこの村で唯一、心から友情を抱いていた彼へ――





「――――ありがとう」





 オレはかすかに微笑んで、その言葉を送る。


 それから、足を踏み出した――。




 落ちる感覚は、一瞬だった。



 胃が浮く。

 風が耳元で鳴る。

 空と地面の境界がひっくり返る。

 

 村の景色が遠ざかり、音も消える。

 風も、高さも、痛みもなぜか来ない。



 ただ、あの月だけが最後まで視界に残っていた。 


 ひび割れるように、ひとりでに砕けていく黒月。




 その破片が、溶けるように消えた瞬間――。







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