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2人の贖罪-世界+ ~命《いきる》を選んだその先は~  作者: 【表現者の蕾】/ようかの夜
第2章

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奇妙な石室

 




 それは、生き物と呼んですらいいのか分からない不条理な存在だった。



 最初に見えたのは、靴。

 人間が履くような古びた革靴が一足、片方だけ。


 ただし、そこから上にあるべきもの――脚が、ない。


 代わりに、革靴の履き口からそのまま、一本の細長い首がぐにゃりと伸びていた。……いや、脚が首のようになっているのか。

 判別がつかない。


 革靴と皮膚の境目も曖昧な、異様な繋がり方。

 本来あるべき構造が崩れている。


 その先にある顔面には、目も鼻も耳もない。

 あるのは、人間の口。

 横に裂けるように開いた、巨大な歯なしの口だけ。


 さらに意味不明なことに、頭には帽子のようなものが被せられている。


 帽子を被った“口”が、革靴の上から生えている。

 そんな悪夢のような姿。



 それは間違いなく――



「妙獣、か……」



 理解するべきでないものを理解してしまい、全身がぶるりと震える。


 無意識に、何も掛けられていない胸元へ手をやりながら思考する。

 あの時のように魔法で応対できればいいが、生憎今は首飾りを持たされていない。



「どう、する…」



 じっと異形の動向を注視していると、その異形は唯一の顔面のパーツをゆっくりと大きく開き始めた。


 呼吸音のようでもあり、笑い声の前触れのようでもある。

 唇の奥で、湿った空気の音が漏れた。


 次の瞬間――。




「ンァァァァァァァァーーーッッッ!!!」




 耳をつんざく不愉快な唸り声をあげ始めたのだ。



「――っ!」



 オレは反射で駆けだしていた。

 妙獣とは逆の方へ、両耳を押さえながらとにかく走る。


 背後でまた、あのコツ……コツという音が追ってきている。



 息が乱れる。

 足元の砂利が滑り、バランスを崩しそうになるのをどうにか耐える。


 洞窟の壁が視界の端を流れていく。


 先ほどオレが転送された場所も通り越し、さらに奥へ進んだ先で、何かが見えた。



 岩肌の中に、不自然な空間。


 石でできた構造物だ。

 近づくにつれ、それが人工物だと分かってくる。


 石室というべきか、小さな遺跡の一部というべきか。

 洞窟の中に、場違いなくらい整った一室の輪郭が、そこにあった。


 ちょうど目の前に扉のような開口部がある。



「まあいいっ――!」



 深く考える暇はない。

 オレは逃げ込むように中へ飛び込んだ。




「っ……はぁ…はぁ」




 石室に入ると、明らかに空気が変わった。

 外よりもよりひんやりしていて、少し埃っぽい。


 振り返ると、開口部のすぐ前まで、あの歪形が迫って来ていた。



 入ってくる――!



 そう身構えたのと同時に、突然重い音が鳴り響いた。


 岩が擦れ合うような音。

 開いていたはずの出入り口の脇の壁が、ゴツゴツと音を立てながら動き始める。



「――え」



 何が起こったのか理解する間もなく、石の厚板が横からせり出し、出口を塞いだのだ。


 鈍い音を立てぴたりと閉じ、洞窟側の光が断たれた。

 先ほどよりも薄暗くなった石室に取り残される。



「え、待って……!」



 駆け寄って、閉ざされた石壁に拳を打ちつける。


 冷たく、固い。

 押そうが叩こうが、当然びくともしない。



 閉じ込められた。



 それを理解した瞬間、背中が粟立った。

 妙獣に襲われることは回避できた。が、今度はこの謎の空間から出られなくなってしまったらしい。



「流石に御免だぞ……」



 またここから長時間監禁生活はいくらなんでもひどすぎる。

 耐えられるわけがない。


 勘弁してくれと思いつつ、オレは石室の中を見回す。



 謎の小部屋。

 反対方向に進んでいたせいで気が付かなかったが、オレが洞窟に転送された場所の、少し後ろへ外れた位置にそれはあった。


 広さはそれほどではない。

 外から見た印象と大差なく、内部も石でできた四角い空間。

 湿気はあるが、洞窟の方よりかは乾いているのを感じる。その代わり、長く放置されてきた場所特有の、埃っぽさと石の匂いが鼻につく。


 出入口は完全に塞がれてはいるが、何かしら抜け出す方法はあるはずだ。


 そんな願い混じりの予想を胸に視線を巡らせていると、壁際に一つ、収納箱のようなものを見つけた。




「……?」




 近づいてみると、それは収納箱――というより宝箱に近い雰囲気の箱だった。


 だが、上蓋はすでに開けられていて、中は空っぽだ。



「ってことは……」



 オレより先に、ここへ来た人間がいるということ。


 部屋に白骨化した遺体なども見当たらない。

 ……つまり、その人間はこの部屋から出られた、と考えていいだろう。



 ならば、オレも脱出できる可能性はある。まずはそこに一安心だ。



 一応箱の中身を覗いてみるも、本当に何もない。貨幣ひとつ、ガラクタひとつ残されていない。

 そしてそのすぐそばに、腰ほどの高さの石台があった。



「こっちは…なんだろう」



 祭壇と呼ぶには簡素なただの平たい台座で、よく見ると、その正面には文字が刻まれていた。


 オレは身をかがめて、それを読んでみる。



「『手段は問わぬ。汝の罪を招くな』……?」



 低く、読み上げた瞬間だった。

 背筋をひやりとしたものに撫でられ、石室の空気がわずかに変わった。



「……!?」



 反射的に一歩下がる。


 すると、少し離れた壁面にも文字が見えた。

 しかしこちらは端正に刻まれた文字ではなく、誰かが書き殴ったような、乱れた字。

 石片か何かで無理やり削りつけたみたいな、落書きのような文字だった。


 「――咎人の幽閉の場」


 その字を認識した頃には、すでに床を踏みしめる感触はなくなっていた。


 手の先、足の先。

 触れているはずの感覚が、ひとつずつ剥がされ消えていく。


 呼吸の音さえ、自分から遠ざかる。


 世界の輪郭までもが、薄れていく。




「――まさかっ…!」




 また転送される――そう一瞬直感した。

 が、あの時の感覚とは違う。



 あの時よりも、もっと静かで柔らかい。



 夢に落ちる瞬間のような、脱力感



 無抵抗のまま、その感覚に身をゆだねると、視界がゆっくりと光に包まれていった――。







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