同じ席についた日-3
「ルピナたちが探してるのは、とある書物だよ。
名は――『世改の書』」
「……世界の、書? 世界のあらゆる情報を入手できる……的な本?」
隠された宝の場所! とか、誰も知らない世界の闇! とか。
そんなものを知ることができる本、というイメージだろうか。
「――違う違う。 “世界”じゃなくて“世改”。世を改めといて。
知る、ってための物じゃなくて、世界に直接的に触れて干渉する物…って言った方が近いかな」
そして、あっさりと言った。
「簡単に言えば、それを手に入れたら世界を好きなように自由自在に操れる――」
「は……えぇ!?」
ルピナスは軽い口調のままだったが、さらっと言うような内容ではない。
ファンタジーらしいと言えばファンタジーらしいのだが…。
「自在に……。つまり世界を手に入れられるような物ってこと?」
「うん。操るとか、改変するとか。…いろんな言い方はされてるけど、まあおおよそそんな理解でオッケェだよ」
「へ、へぇぇ。そんなすごい代物が……」
オレはしばらく言葉を失った。
世界を自由に。
世界を手に入れられる。
なんだか世界征服みたいで悪役っぽいのは否めないが……夢のある話だなとは思う。
「そんなもの手にしたら何するんだろうなぁ」
大金生みだして豪邸建てて、生涯ぐうたら超怠惰生活! ……は流石に力に対してしょうもなすぎるか。
じゃあ不老不死の肉体にしてみたり……は別にいらないな。
もっとスケールを大きくして考えてみよう。
自分の国を作ってみる……いや、それどころか世界の王様みたいなのになってみる!
それで世界中の争いを終わらせ、理不尽や苦しみを完全に消す! とかはいいかもしれないな。
皆ハッピーだ。
いや、待て。
あるいは、時空や理そのものにも干渉できるのか。
もしそうなら――己の人生をやり直し、これまでの後悔をすべて帳消しにすることだってできるのではないか。
なら……。
「夢が膨らむねぇ」
「宝くじ当たったら何しよう!」みたいなの妄想が広がるのに似た感じだ。
――いや、規模はまるで比べ物にならないけどさ。
「そっ! ただの魔品とはまるで規模が違うでしょ」
一応言っておくと、その“ただの魔品”とやらもまだどんなものかよく分かっていない。
それもオレにとっては十分驚きの対象なんだろうな。
……まあ、それを今言うのは話の腰を折りそうなので、黙っておくが。
「その規格外の効用ゆえに、書を手にした者は『世界の管理者』となったも同義、なんてことも囁かれているのですよ」
アエリスも、横からそう付け加える。
ここがファンタジー世界であることを加味してもファンタジーすぎる話だな、まったく。
「そんなもの…本当にあるの?」
「まさにそれ。尤もな指摘。
信じがたい話だし、一般的にはおとぎ話扱いされてることが多いね」
「夢想家たちの与太話だとか、子ども向けの昔話に使われてるとこも見たことありますね」
「ふーん……」
「でも」とルピナスが付け足す。
「ルピナたちは信じてるけど! ね!」
顔を寄せ、ぐっとオレの目をみてそう言ってくるルピナス。
それを「分かった分かった」と両手で軽く制止しておく。
「――で、その書を探してあっちらこっちら動き回ってるのが、ルピナたち『追求者』って呼ばれてる存在」
「追求者……」
「世改の書を求め、その所在を追い、その所有を目指す者たちの総称ですね」
「そもそも誰でも書の所有者になれるってわけじゃないからね」
ルピナスが得意げに言ってのける。
「…というと?」
「所有者になる…資格とでもいいますか。それがあるのは”恩寵者“だけです」
「恩寵者……?」
またよくわからない単語が飛び出してきたな。
オレの足りない頭でついていけるかどうか、不安になってくるな。
「――え、もしかしてそれも知らない?」
オレの戸惑う様子に、ルピナスが少し驚く。
「ご、ごめん」
「まあ無理はないのかな? ……あんくらいの村に恩寵者がいる方が珍しそうだし……。
恩寵者ってのは――世界に選ばれ愛された人間のこと」
ルピナスが少し誇らしげに、肩を揺らす。
「ウチでいえばルピナス様がそれに当たりますね」
「――オレが書の所有者になるルート、即没になるんかい!」
「え?」
「なりたかったの?」
「ア―イヤ…そういうわけではないんだけど……」
先ほどの妄想を悟られぬよう視線を落としながら、オレはしどろもどろに答える。
「別に気にしなくていいよ。
ルピナが所有者になったらルピナの派閥の子たちの要望ももちろん聞いたげるからさ」
派閥……。
つまり、世改の書を所有できる資格を持つ恩寵者。
その人間を中心にチームを作って動くのが定石なのだろう。
「じゃあ、その恩寵者?って人たち皆で世改の書の争奪戦って感じか」
「うーん、部分的に正解かな。恩寵者だからって全員が全員書を求めてるわけじゃない。
そもそも興味がない人もいるし、そこまで労力かけるほどじゃないって人もいるし」
「少なくとも、容易な道のりではないでしょうからね」
言われてみれば、たしかにその通りだ。
それこそ妙獣のような、教科書に出てきそうな脅威が存在する世界。障害となる存在など、数えきれないほどあるに違いない。
魅力的なものであるほど、簡単には届かない。
追い求める旅路が命がけになることは、当然だ。
「資格があることと追い求めることは別、ってことか」
「そう。過酷だからね。
相応の理由がある人だけが、あれを探すんだよ」
「その理由も、各々人によっていろいろあると聞きます」
ルピナスは頷く。
「国を、世界をより良くする! みたいな利他的な理由の人もいれば、ただ自分が力を手にするためって人もいる。
中にはすごい歪んだ理由で書を求めてる、って人もいるって噂も聞いたことある」
「歪んだ理由?」
「さあ。詳しくはルピナも知らないし興味もない」
――追求者。
書を探す動機はさまざまで、善人だけの集まりでもなければ、悪人だけの集まりでもない。
そんなところだろう。
「じゃあさ、ルピーナがその書を探す理由はなんなの? 過酷な道を歩む理由は?」
一拍置き、ルピナスがオレの目を見つめてくる。
そして、きらめく紫髪を手でさっと払いながら
「そりゃもちろん、世界を征服するため!!!」
……………
………
…
「……いや、もちろん冗談だよ?」
「び、びっくりしましたぁ……。そんな目的を隠していたのかと」
おもむろに胸に手を当て、安堵の息を息をつくアエリス、
「ルピナもちょっと焦ったわ。誰かツッコめや!」
「知らねーよ!」
軽くこちらへ掌を突き出しながら、おどけたように笑うルピナス。
皆のちょっとした笑い声が落ち着くのを待ってから、ルピナスはふっと表情を緩めた。
けれど次の瞬間、少しだけ真面目な顔になる。
「ルピナの目的は……ルピナの…何て言えばいいかな。…家族絡みのことだね。
ごめんけど、利他的、社会貢献的なものじゃないかな。」
一瞬視線を落としかけたが、こらえるようにして、ルピナスは静かに続ける。
「それが『世改の書』の力で叶うのかはわからない。けどルピナはそれに賭けてるし、期待してくれてる人もいるからそうする。――絶対手に入れる」
なるほど。
確かに口ぶりから何となく察してはいたが、書についての情報はルピナスたちもおそらく言伝で得たもので、一次情報とかではない。
その使い方とかも含め、具体的なところは不透明な部分も多いのだろう。
実際に手に入れてからしかわからない、といったところか。
「いや、というか! それよりアイトくんの方だよ」
話題を変えたかったのか、話の矛先をオレに向けてきた。
「――オレ?」
「ここに連れてきておいてなんだけど、さっきも言った通り、書を探す旅路はきっと楽なものじゃない。
アイトくんは書を探す理由もルピナたちに付き合う義務も義理もない」
「……」
「改めて聞いておくけど、本当についてくる? もし嫌だったら今から街まで送るくらいならできるけど」
「オレが、書を探す理由……」
それならあるだろ。
十分すぎるほどに。
もし、本当に世界を自在に操れるのなら――。
脳裏に、あの荒れ果てた村の光景がよぎる。
そして同時に、あのとき胸の奥に抱いてしまった、最悪の感情も。
壊れた日常に、微笑んだ自分。
あの感情をなかったことにはしない。
背負っていくと、そう決めた。
でももし。
もしこの書が、失われたものに触れられるほどの力を持つなら。
望むことくらい、許されるだろうか。
――それだけじゃない。
この旅路はきっと、その先にあるオレの本懐にも繋がっている。
だから、答えに迷いはない
「――あるよ。探す理由は」
「…っ。ふぅん……」
オレの表情を見て、ルピナスはこれ以上追及することはなく、ただ静かに納得した様子を見せた。
「――てかさ」
オレはグラスの水を飲み切り、改めてルピナスの方へ視線を向ける。
「旅行行くって言っても、具体的に行き先とかはもう決まってるの?」
「お、よくぞ聞いてくれた!」
ルピナスが「待ってました!」と言わんばかりに身を乗り出す。
「とりあえず、近々行こうと思っている場所は2つ」
指を二本立て、一本ずつ折りながら説明を続ける。
「まずは、アイトくんが住んでた村の近くにある大きな都市――”デュムール”。
もう一つは、こっからだいぶ離れた場所にある“巨人の森”」
「デュムールに……巨人の森」
「今までは小さな街とか国ばかり探してたんだけど、成果ゼロってことも多くてさ。
でも、今は仲間も増えてきたし。これからはもっと大きな場所にも足を伸ばしてみようかなっておもて」
デュムール。
ここはオレが村にいた頃から、いずれ行ってみたいと思っていた場所だ。
こうしてまた縁があるとはな。
そして――巨人の森。
こっちはいかにも不穏だ。本当に危険な匂いしかしない。
「ルピナとしては、その二つが特に臭うかな」
「臭う…?」
「勘も、あるぅかなぁ」
「アエリスさんアエリスさん、信憑性は?」
「当てになりませんね」
「おいっ」
ルピナスはそう言って笑い、席から立ち上がる。
そして、不意にこちらを指差す。
「じゃあ早速! 旅に出る前に最低限アンタに教えておいた方がいいことがあるから、それやっておこう!」
「教えておいた方がいいこと? まだあるの?」
「魔法とか恩寵とか、そのへん諸々。……あと、首飾りのこともちゃんと確かめておきたい」
「……あっ!」
そう言われ、オレはあの首飾りのことを思い出し、無意識に自分の胸元へ手を伸ばしかけた。
しかし、件の首飾りはもうそこにない
おそらくルピナスが回収したのだろう。
「あ、あと! 三階の角部屋にルピナたちのもう一人の仲間、ルルルって子がいるはずだから。
挨拶がてら声かけて、一緒に連れてきてー」
そう言うと、足早にルピナスは部屋の扉の方へ向かった。
「え? え? どこに?」
「屋敷を出て、裏の方に少し行ったところに空き地みたいな場所があるから。
そこ集合で!」
それだけ残し、ルピナスは部屋から出て行った。
「……マイペースな子だなぁ」
「これから振り回されることになりますね」
そう言って、アエリスはニコッと純粋な笑顔を向けてくる。
その笑顔に、オレも「えへへ」と情けない笑いを返し、小さく息を吐いた。
世改の書だの追求者だのなんだのなんだの……。
聞き慣れない言葉がいくつも並んだが、溜まっていた疑問の多くは晴れた。
知らない単語に囲まれていくたび、新しい人生に踏み入れた実感が少しずつ強くなる。
魔法だって、オレの想像しているものとは少し違うのかもしれない。
「……その辺も、あとでちゃんと確かめたいな」
――旅。
その言葉が、徐々に具体的な重みとなって胸に落ちる。
流されるままじゃない。脳死じゃない。
行き先があり、己の目的があり、その先に何かを求める道だ。
オレの人生を、オレが生きるんだ。




