狂気の戦場
――そこに、少女が立っていた。
命を賭した激戦の最中とは思えないほど、焦りも必死さもなく。
まるでこの惨状すら、自分には関係ないとでも言うように。
恐ろしいほど穏やかで、慈しむような微笑みを浮かべて。
けれどダステンは、少女の方を見ない。
ほんのわずか視線を巡らせただけで、何もない場所だと判断したように、ダステンの視線は少女を素通りした。
見えていない。
少なくとも、そうとしか思えなかった。
「ひとまず、なんとか一番の厄介者は片づけましたな!」
ダステンの声は、メリッサの見ている光景と噛み合わない。
メリッサは後方へ跳び、距離を取る。
ノワーレも体勢を立て直し、ダステンを挟むような位置へ移動した。
だが、その時点で、もう彼らの見ているものは同じではなかった。
ダステンの眼前には、三人が立っていた。
先ほど倒したはずの、三人。
ブッキー。
ビレー。
ヘーモン。
そう、見えた。
「……な、先ほど片がついたはずの方たちが、また立ち上がったのですか」
ダステンは周囲を見回す。
メリッサはどこだ。
クラフトは。
ノワーレは。
姿がない。
目の前の三人だけが、再び構えている。
「小生の愛しき臣下たちを、どこへやった」
返事はない。
代わりに、三人は戦闘態勢を取った。
「ぐっ。ならば、よろしい」
ダステンは改めて臨戦の意を示すように、大仰にマントを払った。
芝居がかったその所作とは裏腹に、纏う空気は一段張りつめる。
「小生一人で十分ですぞ! まとめてかかってきなさい」
その言葉に合わせて動いたのは、ノワーレとメリッサだった。
ダステンを挟むように立っていた二人が、同時にダステンへ攻撃を仕掛ける――。
ノワーレは黒青の手刀刃を形成し、低く走る。
メリッサは宙に浮かせた大盾を先行させ、その影に隠れるようにして魔法を練る。
掌に光が集まる。
ダステンは左右へ両手を向けた。
――重圧が落ちる。
ノワーレの足が鈍る。
だが彼は止まらない。
力任せに装備の一部を外し、動きを確保する。
両腕に形成された黒青の刃は、先ほどよりも太く、鋭く、禍々しい。
その形は、先ほどよりもずっと攻撃的だった。
一方、メリッサの大盾は地へ叩き落とされた。
盾だけではない。
メリッサ本人も膝をつく。
それでも彼女は、掌の光を完成させた。
――光の矢。
それを握り、ダステンへ投げ放つ。
しかし、矢は届かない。
ダステンへ伸びる軌道の途中で、力を失ったように落ちた。
矢そのものへ重さがかけられ、地へ引き落とされたのだ。
「なかなかどうして。よくしぶとく抵抗してきますな!」
ダステンは吠える。
「ならば、こちらももう遠慮は一切いたしませんぞ!」
さらに重圧が増す。
メリッサが歯を食いしばる。
ノワーレの膝も、ついに割れた石路へ沈んでいく。
そのまま押しつぶされる。
そう思えた、その時――。
大きな拳が降ってきた。
クラフトだ。
ノワーレに腹を貫かれた傷を負いながらも、彼はまだ動いていた。
仲間を守るために。
主を守るために。
ただ、その役割を果たすために。
皮肉にも、他でもない自分の主へ、大拳を振り下ろしていた――。
「あなたもまだ生きていましたか!」
ダステンは敵へ向かって吠える。
「ですが、そんな傷だらけの一人が加勢したところで、小生には到底届きません!」
ダステンが再び手を上げる。
それだけで、クラフトの身体が地面を離れた。
重装に包まれた大きな身体が、あり得ないほど容易く持ち上がっていく。
傷口からは赤い飛沫が散り、力の抜けた腕がだらりと垂れた。
まるで、見えない糸で吊られた人形のように、空へ空へと引き上げられていく。
「クラフト!」
メリッサが叫ぶ。
だが、声はもう届かない。
クラフトの身体は、なおも上空へ引き上げられていく。
叫びも、手も、何も届かない高さへ。
混乱し、もがき、しかし何にも掴まれないまま。
そして、ある程度の高さまで来たところで、ダステンは上げていた手を、一気に下ろした。
それに合わせクラフトの身体が、落ちた――。
ただ落ちた。
抵抗のしようもなく。
死へ落ちる叫声。
地面を叩く重い音。
それで、終わった。
…………。
「キッ、サマああああああああ!!!」
メリッサが飛び出そうとする。
だが、のしかかる重さがそれを許さない。
ダステンは、先ほど落とした、自らに向く光の矢を拾い上げた。
そしてそれを、投げ返した――。
光の矢が、身動きの取れないメリッサの腹部に突き刺さる。
「う、っあ……!」
メリッサの身体がくの字に折れる。
突き立った矢の根元から、じわりと血が滲み始めていた。
ダステンはそんなメリッサへ、ゆっくりと歩み寄る。
一歩。
また一歩。
その足が荒れた石路に触れるたび、周囲の地面が小さく沈んだ。
重圧が満ちている。
ダステンの特者能力が、辺りそのものを歪めていた。
彼は、メリッサのそばに落ちていた大盾を持ち上げる。
いや、持ち上げたのではない。
重みを失わせ、浮かせた。
そして。
その大盾に、今度はあり得ないほどの重さをかける。
大盾を、メリッサの上へ落とした――。
「……っ、ぐぅ……」
大盾が彼女を覆う。
ダステンはそこで手をかざす。
さらに、重圧を大きくしていく。
石路が軋む。
大盾が沈む。
守るための盾が、彼女自身を押し潰していく。
メリッサの声は、途中で聞こえなくなった。




