連なる戦端
「まったく、あの脳筋クラフト」
少し離れた場所で、メリッサがため息をつく。
ブッキーも、メリッサへの警戒を保ったまま、ヘーモンとクラフトのぶつかり合いを横目で見た。
「なるほど……あれが『破壊の闘犬』さんの実力か」
「こっちまで足場を滅茶苦茶にするつもりかしら」
「ヘッ。味方への配慮がなってない御一行だなぁ」
ブッキーは蛇曲刃を揺らしながら笑う。
その背後では、ビレーが両手を胸元で重ねていた。
小さな声で、詠唱を始めている。
ブッキーは振り向かず、視線だけでそれを確かめる。
そして少しだけ表情を楽にした。
「ビレー、頼むぜ。後ろの二人がどう動き出してくるか分かったもんじゃない」
「は、はい……」
ビレーの声が震えていた。
それでも、詠唱は止めない。
「闇よ。灯りの端に残る名もなき黒き靄よ。
誰にも選ばれず、誰にも見つけられず、ただ足元に伏せるもの」
詠唱が進むにつれ、ビレーの足元から黒い靄が湧き上がる。
「我が身を闇へ。我が陰を群れへ。
形はすべて同一。気配の差異を消し、
陰は真を語らない。我が輪郭を夜へ溶かし、
数多の人陰に、一つの命を紛れ込ませよ」
薄い煙のように。
あるいは、夜そのものが地面から染み出してくるように。
それはやがて、人の形を取り始めた。
黒い人陰。
輪郭だけが紫に揺らぎ、顔も、体つきも、気配も曖昧なまま、何体も立ち上がっていく。
その異様な増殖に反応したのは、『虚ろなる死司』ノワーレだった。
彼は口元の布を抑えるようにしながら、背後のダステンへ振り向く。
「ダステン様」
「ノワーレ氏」
短い応答。
それだけで十分だった。
「大丈夫です。あれは自分に任せるべき」
ノワーレはそう告げ、ビレーのいる方向へ歩きだす。
詠唱が終盤に向かうにつれ、その足取りは確かな速さを帯びていく。
「潜むは逃げるためにあらず。
身を伏せるは、討つために。
我を群影へ埋め、迷うその間にも――陰よ、我を探す余裕を奪うように奴らを討て。
闇の魔法――ノクス・ミラ!」
詠唱が終わる。
と同時に、ビレーの身体が黒く染まった。
輪郭だけが紫に揺らぎ、シルエットだけを残して、闇へ溶ける。
そして彼女は、周囲に生まれた陰たちと同じ姿になった。
黒い人型。
どれが本物か分からない。
その直後、数体の陰が動き出した――。
ブッキーとヘーモンを助けるように、メリッサとクラフトの背後へ走る。
だが、ノワーレはすでに動いていた。
メリッサへ向かう陰を蹴り飛ばす。
続けて、クラフトへ向かう陰を手刀で弾く。
その攻撃の瞬間だけ、手足へ命力が集まっていた。
ノワーレの一撃を受けた陰たちは、煙を払われたように崩れ、黒い残滓だけを残して消える。
ノワーレは止まらない。
軌道を変え、今度はビレーが立っていた位置にいる陰へと踏み込んだ。
勢いを乗せた手刀。
黒青の命力が刃のように伸び、その陰の胸を貫く。
「……っ!?」
貫いた。
確かに貫いた。
だが、手応えがない。
その陰もまた、先の二体と同じように煙となって崩れた。
「なるほど」
ノワーレは一度足を止めた。
周囲に立つ無数の陰を、順に見回す。
「この中のどれかが正解……。本物を早めに探すべき」
その呟きに反応するように、陰たちも一斉に動き出した。
ノワーレとビレー。
こちらの戦いも、闇の中へ本格的に沈んでいく。




