↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2人の贖罪-世界+ ~命《いきる》を選んだその先は~  作者: 【表現者のツボミ】/ようかの夜
第2章 求める者と阻む者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

107/114

救われるには




 一人になった。



 だから、もう一人にならなくていい場所へ向かうことにした。


 館の中に、足音だけを落としていく。



 また……か。



 結局、またこうなった。



 また、絶望だけが勝手に進んでいくのを、何もできずに見ているだけだった。



 間に合うも何もない。


 何もできなかった。




 アエリスと別れた後、話し相手になってくれるのは、自分の中に残った空っぽな声だけだった。



 どうして。

 なんで。

 嫌だ。

 もういい。


 それだけが、頭の中で何度も回る。



 悲しいのか。

 怒っているのか。

 怖いのか。


 もう分からない。


 ただ、疲れていた。



 生きていくことに。



 何かを手に入れたら、失う。

 また手に入れて、また失う。


 そのたびに、胸の内側を削られる。


 ミリナ村が壊れた。

 ルルルが壊された。



 きっと、これからも何かが壊れていく。




 ――なら、もういい。




 これ以上、増えなくていい。

 何も、手にしなくていい。


 出会わなければ、手にしない。

 手にしなければ、失わない。



 その考えは、不気味なほどすんなりと形になっていった。


 その不気味さを感じ取る心さえ、もう残っていなかったけれど。



 気づけば、目的地へ向かうより先に、オレはまず三階へ続く階段を上っていた。


 行くつもりはなかった。

 でも、足が勝手に向いていた。



 ――ルルルの部屋の前。



 扉は閉まっている。

 その向こうに、もうルルルはいない。


 でも、開けたら。


 開けたら、いつものように散らかった部屋があって。

 変な命式具とかも転がっていて。

 「勝手に入るなよ、ドン草童子」なんて、あの声が聞こえるんじゃないか。


 そんな光景を、愚かなことに想像してしまった。



 手を伸ばす。

 けれど、扉に触れる直前で止まった。


 意味がない。


 直前で、そう分かった。



 分かったことに、少しだけホッとしたような気もした。


 自分の中に、まだ現実と妄想を分ける機能が残っている。

 そんなことに、少しだけ安心したのかもしれない。



 でも、だからこそ扉は結局開けなかった。


 しばらく……どれくらいの時間が経ったか分からないまま、オレはその扉を見つめていた。



 そして、何もせずに背を向けた。




 階段を下りる。


 一段。


 また一段。




 一歩踏み出すたびに鳴る軋みが、やけに大きく耳に残った。


 音が重なるたび、覚(・)悟(・)は静かに固まっていく。


 自分がどこへ向かっているのかは、ちゃんと分かっていた。

 分かっていて、歩いていた。


 力のない足取りで、歩き続けた。

 そんな自分の足音だけと無言の対話をしているうちに、やがて目的の場所へ辿り着いていた。




 ――調理場。



 この館で、いつも皆の食事が作られる場所。


 朝になれば、温かい匂いが立つ場所。

 皿の音がして、誰かが水を汲んで、誰かが手伝って、くだらない会話が流れる場所。


 ルルルとも、ここで一緒にペル爺やアエリスを手伝いながら、くだらない話をした気がする。


 特別な場所ではない。

 ただの日常の場所。



 そんな日常が詰まった場所へ、オレは入った。



 時間が時間なので、当然誰もいないだろう。


 暗い調理場は、まるで息を潜めているみたいだった。


 使われていない炉。

 片づけられた食器。

 乾いた布巾。

 水差し。

 調理台。


 すべてが眠っているように見えた。



 オレはゆっくりと、中へ入っていく。


 目的のものは、すぐに見つかった。




 ――料理包丁。




 少し長めの刃。

 よく手入れされている。

 暗がりの中でも、刃だけが鈍く光っていた。


 柄には使い込まれた跡がある。



 誰かのために食事を作る道具。



 オレはそれを手に取った時、ひどく場違いなことをしていると思った。

 罪悪感のようなものも、確かにあった。


 それでも、手放さなかった。



 冷たい。


 柄も、刃も。


 手の中にある冷たさだけが、やけにはっきりしていた。



 怖くはなかった、と思う。


 あるいは、怖いという感情が、オレよりも先にどこかへ行ってしまったのかもしれない。



 もう、何も増えなくていい。


 それを受け入れるからこそ、もう何も失わなくていい。



 誰に向けたものでもないそんな取引みたいな言葉が、頭の中に残っていた。



 刃を見た。



 そこに映る自分の顔は、知らない人間みたいだった。


 毎日見ていたはずの顔なのに、そこにいるのが誰なのか分からなかった。


 泣いてもいない。

 怒ってもいない。


 ただ、空っぽな人間の顔だった。



 息を吸う。


 そして、吐く。




 その次の瞬間のことを、オレははっきりと覚えていない。




 金属が、床に落ちる音がした。


 視界が傾いた。


 身体が、自分のものではなくなっていくような。



 熱いのか。

 冷たいのか。


 それすらも、どうでもよかった。



 軽い衝撃とともに、床が近づいた。


 頬に、冷たい床の感触。


 頬の近くで、赤いものがじわじわと広がっていく。


 ゆっくりと。

 床の目地を伝って、暗い調理場の中へ流れていく。


 それを、ぼんやりと眺めていた。



 ああ。


 そう思った。



 これだ。



 どこへ行っても。

 何を選んでも。


 最後には、これに行き着くんだ。



 音が遠ざかっていく。


 自分の中にあった感情や思考も、オレより一足先にどこかへ行ってしまうような気がした。



 意識が沈んでいく。



 暗い暗い、水の底に落ちていくみたいに。




 これで、またルルルに会いに行ける――。




 なにやってんだよ、なんて言いながら、また笑ってくれるだろうか。


 そんな想像の中のルルルに、オレは返事をしようとして。






 ――そこで、世界は途切れた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。