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2人の贖罪-世界+ ~命《いきる》を選んだその先は~  作者: 【表現者のツボミ】/ようかの夜
第2章 求める者と阻む者

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猿真似




「――おいおい」




 そんなオレたちの時間を裂くように、土足で踏み込むような声が横から割って入った。


 ヴァル・モクスフッド。

 この男にしては、ある意味ずいぶん長く黙っていてくれた方なのかもしれない。



「さすがに感動して濡れてきたぜ」



 ヴァルが、悠然とこちらへ歩いてくる。

 一歩、また一歩とじわじわ距離を詰めてくる。


 けれど、オレは動けなかった。


 ヴァルへの恐怖なのか。

 ルルルを置いて逃げることができなかったのか。

 それとも、目の前の現実に押し潰されて、もう何もする気になれなかったのか。


 分からない。


 ルルルを抱えたまま、ただ座り込んでいた。



 ヴァルは目の前まで来ると、なんの前触れもなくオレを蹴り飛ばした――。



 防ぐことなんて、できるはずがなかった。

 そもそも、防ごうとする気すらなかったが。


 身体が横へ吹っ飛び、石床を転がる。


 痛かった。

 でも、その痛みすら、どこか遠く感じていた。




「――このバケモン、どうやって復活してくるか分かったもんじゃねぇしな」




 ヴァルがルルルへ手を伸ばす。


 「やめて」


 その声は出ていなかった。

 喉が動いてくれなかった。


 心の中だけで、その言葉が潰れた。



 ヴァルの手が、ルルルの頭に置かれる。


 刹那。

 不吉な予感だけが、頭の中で膨れ上がった。



 そして。




 ――爆ぜた。




 音だけが、耳に残った。


 何が起きたのか、目は理解するのを拒んだ。



 ルルルだった輪郭が、もう二度と戻らない形に壊れていた。




「これでさすがにもう動かねぇだろ」




 ヴァルは満足そうにそう言って、手についたものを払うように指を振った。



 意外だった。


 今の始終を見ても、オレの心はほとんど動かなかった。




 ――いや、正確には違うかもしれない。




 あまりに多くを受け止めすぎて、もう全部が壊れてしまった。


 怒りも。

 悲しみも。

 恐怖も。

 絶望も。


 どれかひとつの名前にするには、あまりにも多すぎた。

 胸の中に入りきらなくなった感情が、行き場をなくして、音もなく潰れていく。



 あぁ。



 失った。



 また失った。




 警戒していたのに。

 嫌だと思っていたのに。

 今度こそ失いたくないと思っていたのに。


 結局、目の前で失った。


 しかも、その最後の尊厳まで踏みにじられた。



 胸の奥で、何かが静かに切れた。



 ぷつり、なんて優しい音ではなかった。


 もっと鈍くて。

 もっと乾いていて。

 もっと取り返しのつかない感覚だった。


 心が壊れるというのは、こういうことなのだろうか。



 オレは、ゆっくり立ち上がった。



 痛む箇所を押さえることもしない。

 蹴り飛ばされた痛みは、もう分からなかった。



 何も言わず、ただ胸元の四芒星に触れる。



 首飾りの結晶の冷たさだけが、唯一はっきりと感じられた。






「――死ね」






 その声は、自分のものとは思えないほど低かった。


 自分で言うものでもないが、生きた人間の口から出た声ではないみたいだった。




「あ?」




 ヴァルが面倒なものを見るようにこちらを向く。


 その瞬間。

 ヴァルの横合いから、巨大な氷の腕が一直線に飛来した――。


 ルルルが使っていた魔法。同じ戦い方。



 オレが、今『模倣』したもの。



 氷の拳がヴァルを殴り飛ばし、荒れた床の盛り上がりへ叩きつけた。


 石が砕ける。


 氷が割れる。



 ヴァルは瓦礫の中から、何事もなかったように立ち上がった。




「けっこう乱暴な奴じゃねぇか」

「――死ね」




 今度は上から、氷の拳を落とした。


 ヴァルの身体が石床へ叩きこまれる。

 床が割れる。


 それでも、ヴァルは氷拳を砕いて這い上がってきた。



「おいおい、とんでも――」

「死ね」



 今度は氷腕でヴァルを掴む。

 そのまま地面へ叩きつける。



 何度も。


 何度も。


 ただ何度も叩きつける。



 それでも、ヴァルは壊れない。


 大きな傷を負った様子もない。



 それでも、止めない。



「死ね」



 氷腕を生む。



「死ね」



 叩きつける。



「死ね」



 握り潰す。



「死ね」



 押し潰す。



 命力が、身体の奥からごっそり抜けていく感覚があった。


 視界の端が暗くなっていく。

 呼吸が浅くなっていく。

 手足から力が抜けていく。



 それでも、止める気はなかった。



 いや、もう自分の意思でやっているのかどうかさえ分からない。


 身体も。

 心も。

 全部どこかへ行ってしまった。


 残っているのは、ただひとつだけだった。




「死ね」




 ヴァルは氷を砕きながら歩いてくる。



「へぇ」



 少しだけ興味深そうに、オレを見ていた。



「てめぇ、そいつの名残まで使うのか」

「死ね」

「ケッ。語彙が死んでるぜ」

「死ね」



 また氷腕を放つ。


 ヴァルはそれを、まるで障害物でもどかすかのように砕いた。



「――もういいわ」



 その声が、急に近くなった。


 次の瞬間には、ヴァルが目の間にいた。


 腹に膝が入る。

 息が潰れた。


 内臓が全部吐き出されるんじゃないかと思うほど、身体の中が跳ねた。



「ぅが……っ」



 身体が折れる。


 氷腕が崩れる。


 縋るようなに四芒星へ伸ばした手から、力が抜けた。



 世界は、ゆっくりと闇に閉ざされていく。



 倒れる前に、ヴァルの声だけが聞こえた気がした。




「チッ」




 不機嫌そうな舌打ち。




「なんでこんなのを相手に、丁重にって話になるんだか」




 少しだけ、声が遠のく。




「――理解できねぇな」




 その意味を考える前に。


 オレの意識は、闇に沈んだ。






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