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2人の贖罪-世界+ ~命《いきる》を選んだその先は~  作者: 【表現者のツボミ】/ようかの夜
第2章 求める者と阻む者

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再会は別れを連れて




「ル、ルル……?」



 声が、勝手に落ちた。


 自分の口から出たはずなのに、ひどく遠く聞こえる。

 力のない、空っぽの声だった。



 ヴァルは地に埋まって固定された足元を見下ろし、不機嫌そうに吐き捨てた。



「姑息な手を使いやがるなぁ、こいつ」



 普段であれば、「どの口が言うんだ」とでも一蹴していただろう。

 だが今は、そんな余裕すらあるわけなかった。


 ヴァルが足元へ手を伸ばす。


 その手が触れた次の瞬間、彼の足を拘束していた石床が内側から爆ぜた。

 砕けた石片が弾丸の用に飛び散り、その一部がオレの頬を掠める。


 そうしてヴァルは何事もなかったかのように、固定されていた足を引き抜いた。



 けれど、そんなものはもう目には入っていなかった。


 オレはただ走っていた。



 ブラドリーナは、もう動かない。

 オルディアンも、まともに立ち上がれそうにない

 そして視界の端には、倒れたルピナスの姿。


 だけど、先に身体が動いたのは、すぐ近くに倒れていたルルルの方だった。



 今、目の前にいる。

 今、手が届く。

 だからオレは、ルルルへ走った。


 膝をつく。


 倒れたルルルの頭の下へ、震える手を差し込んだ。




「ルルル!」




 手に血がついた。


 熱い。

 なのに、その熱は指の間からすぐに逃げていく気がした。



「ルルル……待って。待って、死なないで。――嫌だ」



 声が震える。



「ダメ。こんなのダメ……。ねぇ、聞こえてる? ルルル!」



 視界が滲んでいく。


 目の前にいるはずなのに、ルルルの顔がぼやけていく。



「また、なの……」



 口に出すつもりなんてない。


 それでも、言葉が漏れ出た。



「また、この結果なの……!」



 今度こそ、やっと始まったと思った。


 前の世界を抜け出して。

 ミリナ村からも出て。

 最低な自分を抱えたまま、それでもこっちの世界でやっと何かが始まると思った。


 いや。


 もう始まってくれていた。



 ルピナスに出会った。

 他の新しい仲間にも出会った。

 そして、ルルルに出会った。


 馬鹿なことを言い合って。

 くだらないことで笑って。

 もっと仲良くなれるはずだった。



 ……もう、独りじゃなくなるはずだった。



 なのに。


 こんなにも早く、この手から零れ落ちてしまうのか……。




「ルルル! ねぇ! 起きて――待って!」




 喉が痛い。


 叫びすぎて、声が掠れていく。


 それでも、止まらない。



 祈るように、もう一度名前を呼ぼうとした瞬間。



 ルルルの指が、かすかに動いた。




「……」




 ほんの少しだけ。


 閉じられていた瞼が、ゆっくりと持ち上がる



「……ぁ、ルルル!」



 世界の底に、一滴の光が落ちてきたような。

 そんな気がした。


 オレは食いつくように、その顔を覗き込む。


 ルルルはそんなオレを見て。

 これまでで、一番優しい顔で、笑った。




「そんなに……何度も、叫ばなくっても…聞こえてるッテ……」

「……ルル!」

「……ァハ。そんな、この世の終わりみていな面、してんじゃネェゾ」




 声は、今にも消えそうだった。


 それでもルルルは、無理やりいつもの調子に戻そうとしていた。



「ハハ……ほんっとにオメェは」

「だって、このままじゃ……!」



 そこで、オレはルルルの頭に刺さった投げ矢を見た。



「――あ! そうだ。これ、どうやって外したらいい? 早く抜いた方がいいでしょ? 

 あ、いやでも、力づくでやるのは駄目か。どうしよう。どうしたらいい。ねぇ、どうしたら――」


「……もう、いいヨ」

「ごめん、オレじゃ……て、はぁ!?

 もういいって何? 何もよくなんかないでしょ!」

「もう……無理みたい、ダワ」

「無理じゃない!」



 ルルルの血は止まってくれない。


 お腹からも。

 頭からも。

 裂けた傷口からも。


 必死に押さえたところで、どうにもならない。



「そうだ、ルピナスにすぐに治してもら――ぇ」



 そう言って、オレは少し離れた場所へ目を向ける。


 ルピナスは倒れていた。


 うつ伏せに近い形で、顔だけ横へ向けている。

 口元からこぼれた血が石床に広がり、菫色の髪がその上に咲いていた。




「え、え、ぅなんで……どうしよう」




 動かない。


 胸が上下しているのかも分からない。

 呼吸の音も、こちらまでは届かない。


 ただ、血溜まりの中に落ちた花のように、ルピナスは静かに沈黙していた。



「も、もしかしたら、他の追求者たちがまだ近くにいるかもしれない。

 すぐに呼んでくる。2人とも助けてもらうから大丈夫だから、任せて! それくらいならオレにも――」




 居ても立ってもいられず、立ち上がろうとした。


 そのオレの手を――ルルルが掴んだ。



「――え?」



 ルルルとは思えないほど弱い力だった。

 ほどんど、触れただけみたいな力。


 それなのに、オレは動けなくなってしまった。



「……話を」



 ルルルが、細い声で言った。



「話を……最後に、しよう」

「え」

「そこに、いて……」



 その言葉で、オレは認めたくもない現実を悟ってしまった。


 頭は全力で否定しようとしている。

 心も、それを掻き消すように叫んでいる。


 そんなわけない。

 そんなはずがない。

 まだ終わっていない。

 まだ何かできるはずだ。


 なのに、身体の奥だけが冷えていく。


 喉が詰まっていく。



 オレが何も答えられないせいで、短い沈黙が落ちる。



 ルルルは、ゆっくり口を開いた。




「こっちでの生活は……楽しかったか?」


「え……?」




 その予想していなかった問いに、一瞬、オレは思考が止まる。


 けれどすぐに、前にルルルと話したことを思い出した。


 別の世界から来たこと。

 オレが、この世界の人間ではないこと。


 それを、ルルルにだけは話していた。


 だから、その問いも、きっとそれを踏まえたうえでの話をしようとしているのだろう。

 そう思った。


 しかし、次にルルルの口から紡がれた言葉で、またもオレの思考は止まった。




「少なくとも……現実が退屈だぁなんて愚痴は、もうなくなったんじゃないか?」


「っ……それは、そ、そうだけど。……どういう、意味?」




 オレは確かに、ルルルに身の上話をした。



 ――でも、そこまで話してはいない。


 前の世界から逃げるようにしてこっちに来たこと。

 同じような毎日の繰り返しを、心の底から嫌っていたこと。

 現実から抜け出したいと、本気で願っていたこと。


 そんなことまで、話した覚えはない。



 なのに、ルルルはまるで知っているみたいな口ぶりだった。



「まぁ……こっちはこっちで、面倒ばっか降ってくる世界だし」



 ルルルは苦しそうに息を吸う。


 たった一言を紡ぐことさえ、相当な負担なのが伝わってきた。



「どこで生きることを決めたって、結局……嫌なもんは、形を変えて出てくる」

「ルルル……?」

「でも……退屈に腐ってるよりは、まだマシなこともある」



 力なく揺れる瞳が、それでもオレをまっすぐ見据えていた。



「ワタシが残してやれる助言なんて……大したもんじゃないけど」



 ルルルの指が、オレの頬に触れた。


 弱く、震える指先。


 それでも、そこには確かに温度があった。




「――誰も、何も、完全に信用はするなよ」


「……」




 その言葉の意味を噛み砕くより先に、ルルルは言葉を続けた。



「優しい奴だろうと、正しい奴だろうと、仲間みたいな顔した奴だろうと……全てを預けた生き方は、しないようにな」



 その言葉は、ただの忠告には聞こえなかった。


 ルルルが何を見てきたのか。

 どうしてそんな言葉を、最後にオレへ渡そうとしているのか。


 オレは全部を知らない。

 けれど、その声には痛みがあった。

 笑ってごまかせないくらいの、深いところに残った痛みが。




「自分の人生を、本当の意味で変えられるのは……結局、自分自身だけ、だからナ」


「それは、どういう……」




 どういう意味なのか。

 言葉の意味が分からないわけじゃない。


 でも、どうして今それを言ってくれるのか。

 どういう思いで、それをオレに残そうとしているのか。


 それが分からなかった。



「ァハ」



 ルルルが小さく笑った。



「ま、こんなことを言いつつ、ワタシは……オレは」



 その一瞬の言い直しに、心臓が大きく脈打った。




「オメェのことだけは……信じちゃってるんだけどな」




 ルルルの目が、どこか遠くを見ている。




「……と」




 久しく耳にしていなかった音だった。


 もう聞くことはないと思っていた響きだった。

 誰にも話していないはずだった。

 胸の奥の、二度と取り出すつもりのない場所にしまい込んでいたはずの言葉。


 それを、ルルルが呼んだ。




「ずっと……見つけられなくて、ごめんね」




 そう言って、オレの頬に触れていたルルルの手から、力が抜けた。



「……え」



 頬にあった手が、力を失い、糸の切れた人形のように落ちる。



「え……ルルル?」



 もう返事はない。



「ルルル! ルルル!」



 頭の奥では、もうわかっている。

 でも、身体がそれを受け入れない。


 勝手に声が出る。



「ねぇ、今の、今の何? なんで……」



 ルルルと出会ってから、ずっと胸の奥にあった違和感。


 初めて会った時から、どこかで引っかかっていた感覚。

 気が合う、なんて言葉だけでは片づけられない何か。


 それが今、やっと形になりかけていた。



 そうか。


 やっとわかった。




 ――ルルル。




 いや。


 ルルル、じゃない。



 この人は。



 この人は、オレの――。






「――おいおい」




 そんなオレたちの時間を裂くように、土足で踏み込むような声が横から割って入った。






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