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2人の贖罪-世界+ ~命《いきる》を選んだその先は~  作者: 【表現者のツボミ】/ようかの夜
第2章 求める者と阻む者

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『殺戮』




「やっと分かったワ。――オメェのその気色悪い戦い方」



 ヴァルが肩眉を上げる。




「空を殴ると、見てる相手が殴られる。空を斬ったら、見てる相手が切られる。不可視の攻撃かなんかを飛ばしてるってトコロカ?」


「……へぇ」




 ルルルのその指摘に、ヴァルの笑みがわずかに変わった。



「なかなか鋭いじゃねぇか。当たらずも遠からずって答えとくか」

「ハッタリか? 素直に正解って言えヨ」

「さぁな。ここから勝手に答え合わせしてろよ」



 ヴァルはニヤつきながら、懐からナイフを取り出した。




「それもそうダナ。オメェとはできるだけ言葉交わしたくナーイシ」




 ルルルは飄々と返しながら、壊れた氷像の脚を修復していく。

 白い冷気が集まり、砕けた脚が再び形を成した。


 ルルル自身も、傷口を片腕で押さえたまま構える。


 その雰囲気だけで分かった。



 ルルルは、次で決める気だ。



 ここから先は、もう削り合いではない。

 どちらが先に相手の命へ届くか。



 ――そのための、最後の攻防が始まった。




 ヴァルが空を殴る。

 蹴る。

 ナイフで斬る。


 ルルルはヴァルの動きから、見えない攻撃の軌道を読む。


 拳の角度。

 蹴りの向き。

 ナイフの軌跡。


 そこに神経を張り詰め、自分の身体と氷像を同時に動かす。


 見えない打撃が、ルルルの真横を通り抜ける。

 斬撃が髪を裂く。

 頬を掠める。

 肩を切る。


 それでも、致命傷は避けている。


 避ける。

 避ける。

 避け続ける。




「おいおい、よく踊るじゃねぇか!」




 ヴァルの声が弾む。


 これほど傷を負ってなお対応してくるルルルを見て、むしろ楽しんでいるようだった。



「だがよ、そっちばっか警戒してると――」



 気づいた時には、ヴァルがルルルとの間合いを詰めていた。



「現実の拳が疎かになるぜ」



 その言葉とともに、ヴァルの拳がルルルの顔面に真正面から入った。


 それでも、ルルルは倒れなかった。

 続けて襲いかかる蹴りを、腕で掴む。




「――捕まえた!」


「ッ!?」




 ルルルが、ヴァルへ見せつけるように笑みを浮かべる。


 掴まれた足を支点に、ヴァルの動きが一瞬止まった。

 その瞬間を逃さず、氷像が動く――。


 右。


 左。


 右。


 左。


 巨大な掌が、ヴァルを左右から連続で殴りつけた。


 左右から絶え間なく打ち込まれる氷の拳。

 ヴァルの身体が何度も弾かれる。




「ぐっ……ぐぁっ! …は、ははっ……!」




 殴られながら、それでもヴァルは笑っていた。


 そして最後に、氷像が大きく拳を振りかぶる。



 今度こそ叩き潰すための一撃――。



 けれど、その溜めがわずかな隙になった。


 ヴァルは瞬時に体勢を立て直し、両手で氷拳を受け止める。



 衝撃が床へ広がる。



 同時に、自由な方の足を振り上げ――ルルルの腕へ、容赦なく踏み下ろした。



 鈍く、生々しい音が響く。

 

 肉の内側で、骨が砕けた音だった。



「ぃっ…!」



 声にならない声が、ルルルの喉から漏れた。


 激痛で、掴んでいた手が離れる。

 氷像の動きも一瞬乱れた。



 ヴァルは距離を取る。



 そしてその先に倒れているのは、ルピナスだった。


 ヴァルはわざとらしく、ルピナスの頭を軽く踏みつける。




「けっこう遠慮なくやってくれたじゃねぇか」




 返答の代わりに、ルルルは静かに目を細めた。



「……その足を、どけろ」

「ケッ。そんなに俺に踏まれるのが羨ましいのか。

 とんだ変態やろうだぜ」



 ヴァルは気にも留めず、ナイフを握り直す。



「本当に容赦なくやるカラナ?」

「こいよ。できねぇ脅しなら興醒めだ」



 ヴァルが薄ら笑うのと同時に、ナイフが振られた。


 空を斬る。


 ルルルはそれを避ける。


 直後、何もない空間が裂けたように鳴った。

 見えない斬撃が、石床に細い切断痕を刻んだ。




「ケッッ!」




 ヴァルの妖しい笑みがさらに深くなる。



「ここまで対応してくるか! いいねぇ。こんなに張り合ってくる奴は久しぶりだ。

 気持ちよくなってくるじゃねぇか」



 その言葉を最後まで聞き終わる前に、ルルルは動いた――。


 それに応じるように、ヴァルの猛攻もまた勢いを増した。


 右へ斬る。

 上から降り下ろす。

 逆手に持ち替え、下から斜めに裂く。


 ルルルは紙一重で反応する。


 腹の傷。

 折られた腕。

 蓄積した疲労。


 それでも、避ける。


 だが、すべては避け切ることが難しい。


 肩が裂ける。

 脇腹が切れる。

 太腿から血が飛ぶ。


 それでも致命傷だけは避け続けている。



 逆に言えば、それだけだった。

 ただ避けるだけで、精一杯になっていく。



 ヴァルは着実に、ルルルを追い込んでいた。



「その状態でよくやるじゃねぇか」



 ヴァルが軽く息を吐く。




「――だが、そろそろ終わりにするぜ」




 そう言って、ヴァルが一歩踏み込んだ。


 その瞬間――。



 ヴァルが踏み込んだ足元の石床が、泥のように沈んだ。




「……あ?」




 膝下ほどまで、ヴァルの足が床に呑まれていく。

 ――直後、その泥が固まり、石へ戻った。


 ヴァルの両足は、床に埋め込まれたように固定されていた。



 その様子を前に、今度はルルルが口元を歪めた。


 さっき目覚めた時。

 血で濡れた指先が、何気ない仕草で石床をなぞっていた。


 あれは、ただの血痕ではなかった。



 ――命式術。



 ルルルが得意とする技術。

 つまりは、その場でとっさに仕込んだ即席の罠だったのだ。




「――やっと踏んでくれたナ」




 その一言とともに、氷の腕が飛び出した――。


 氷像とは別に生まれた、人間大の氷腕。

 それが真っ直ぐヴァルへ飛び、彼の手からナイフを弾き飛ばす。


 武器が宙を舞う。


 ヴァルはその場から動けない。

 ――だから、今しかない。



 ルルル本体と氷像が、同時に動いた。


 氷像の拳が、円錐のように鋭く変形する。

 ルルル自身の腕にも、氷の装甲がまとわりつく。



 これで決める。


 そう思わせるほどの、全てを乗せた一撃だ――。




「――これで、砕け消えろ!!!」




 ルルルが叫ぶ。


 氷像の槍拳と、ルルルの氷を纏った腕。


 二つの攻撃が、その場に縫い止められたヴァルへと迫る。




 ――――。




 そして。


 ヴァルは一瞬だけ、不快そうに息を吐いた。




「チッ」




 その舌打ちには、どこか忌々しさが滲んでいるように感じられた。


 ヴァルの視線が、わずかにルルルから外れる。

 その先にいたのは、身を潜めて控えていた、ヴァルの配下と思わしき者だった。



「――やれ」



 その一言と同時に、横合いから白い影が飛んだ。


 細い、投げ矢のようなもの。




 ――それが、ルルルの頭部を真横から貫いた。




 時間が止まったような錯覚に襲われる。



 ルルルの動きが止まる。



 ――それでも、ルルルは最後に反応した。


 倒れるより早く、氷の矢を創成する。


 そして、横合いから不意打ちを入れてきた白翼会員へ向けて、それを放った。



 氷矢は、相手の頭を撃ち抜く。


 白翼会員はそこで動きが止まり、仰向けに倒れた。



 だが、ルルルももう限界だった。



 その一撃を最後に、ルルルの身体から力が抜けていく。


 まとっていた氷の装甲が砕ける。


 氷像がその場で膝をつく。

 主を失った巨体が、そこで動きを止めた。



 そして、ルルルの身体も。



 ゆっくりと崩れ落ちた――。




「ル、ルル……?」






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