↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2人の贖罪-世界+ ~命《いきる》を選んだその先は~  作者: 【表現者のツボミ】/ようかの夜
第2章 求める者と阻む者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

100/104

折れぬ氷腕




「――うわあぁぁぁ、これが走馬灯ってヤツカーー!」




 沈みきった空気をぶち破るように、場違いな声が跳ねた。



「……え」



 視線を戻す。

 ルルルが、勢いよく上体を起こしていた。


 腹部からは血が流れ続けている。

 顔色は明らかに悪い。

 唇も白い。


 それでも、いつもの調子で目を開けてくれていた。



「――ルルル!」


「うるせぇナァ、まったく」



 ルルルは片手で腹を押さえながら、もう片方の手を床についた。


 その指先が、血で濡れたまま石床を軽くなぞる。


 何かの線を引いたようにも見えた。

 けれど、その時のオレにそれを気にする余裕なんてなかった。


 ルルルは、ゆっくり立ち上がる。


 立ち上がろうとした瞬間、一度少しふらついたのが分かった。

 立っているのが不思議なくらいだった。


 それでも、立った。




「なにメソメソした面してんだよ、ドン草」


「ルルル……」




 いつもの声だった。


 少しかすれている。

 でも、ちゃんといつもの声だった。



「心配すんなッテ。こんなのでワタシはやられネーヨ」

「でも、血が……」

「心配性ダナァ」



 そう言って、ルルルはオレの頭を軽く叩いた。


 ぽん、と。



「オメェはあっちで見てろ」



 その手は冷たくて、けれど優しかった。


 そしてルルルは、ヴァルへ向き直る。




「――やっといろいろ掴んだってのに」




 小さく、低く笑う。



「コイツの前で、まんまと寝転がってたらさすがにダセ―ワナア!」



 そう力強く言い放った後、空気が冷えた。


 ルルルの背後に、また巨大な氷が生まれる。


 腕の形をかたどっていく。


 いつもの巨大な氷腕。

 けれど、今度はそれで終わらなかった。


 氷は肩を作る。

 胸部を作る。

 腰を作り、脚を作る。


 首が形を取り、顔のない頭部が生まれる。



 ――氷の巨人。



 人の形を成した巨大な氷像が、ルルルの背後に立ち上がった。


 空気が凍る。

 床に白い霜が走る。

 ルルルの血すら、その周囲だけ少し凍りついたように見えた。



「じゃあ」



 ルルルが、ヴァルへ笑みを向ける。



「殺し合ウカ」



 ヴァルの目も、愉快そうに細まった。


 その時。ルピナスも再び魔杖を握り直す。

 だがヴァルは、それを見逃さなかった。



「おい――」



 ヴァルが短く声を投げる。


 すると、広間の上方。

 戦闘で崩れた瓦礫の向こう。

 ヴァルが降り立った階段とは別の出入口の陰


 そこから、複数の影が現れた。



 灰白の外套。

 片目や口元を覆う薄布。

 黒い手袋。


 そして胸元には、羽を両手で掴もうとするような不気味な紋様。



 白翼会。


 ヴァルとは違う装いだが、あの紋様だけは同じだった。


 それが彼らの証なのだと、嫌でも分かった。




「そっちの相手しとけ」




 ヴァルが雑に命じると、白翼会の連中がルピナスの方へ動いた。


 ルピナスは舌打ちするように息を吐き、そちらに魔杖を構える。



「……ほんっと、次から次へと」


「ルピナス!」

「――大丈夫! アイトくんは下がってて!」



 ルピナスが魔法を放つ。

 白翼会員たちがそれに散開する。


 そして、ルルルとヴァルだけが中央に残った。



「ケッ。期待以上に盛り上がってきたじゃねぇか。

 タイマン張ろうか」

「その前に一個だけ言わせろ」

「あ?」


「誰も言わねぇから教えてやるけど、オメェ、顔が恐ろしすぎるゾ。

 鏡見て自分で気絶しねぇノカ、この生きた凶器面」



 不意の挑発に、ヴァルが一瞬止まった。


 そして低く笑う。



「初対面でいきなり人の面を刺してくるとはな。どっかの誰かさんみてぇに性格が腐ってやがる」

「オメェとワタシは初対面じゃねぇんだけどナ」

「そうかよ」



 ヴァルの笑みがもっと深くなる。



「取るに足らなすぎて、俺の記憶の床下にでも転がってたんだろうな」

「じゃあ今から床ぶち抜いて思い出させてやるヨ――!」



 その言葉を合図に、ルルルが踏み込んだ。


 同時に、氷の巨人も動く。


 ルルル本人の動きとは別に。

 まるで、二つの身体を同時に操っているみたいだった。



 ヴァルが、少しだけ目を見開く。



「いいじゃねぇか」



 そして彼も踏み込んだ。


 最初にぶつかったのは、氷の巨腕とヴァルの拳だ。



 轟音――。



 氷拳と肉拳がぶつかったとは思えない衝撃が、石床を震わせる。



 次に、ルルル本人が氷像の陰から滑り込むように横へ回り、ヴァルの脇腹へ蹴りを入れた。


 ヴァルは空いている左腕でそれを受け止める。

 だが、それで両腕が塞がった。


 そこへ、氷像の巨大な蹴りが入る。


 ヴァルの身体が後方へ吹っ飛ぶ。


 宙で一回転し、足から着地する。

 石床を滑りながら、ヴァルは止まった。



「ケッ」



 口元の血を、親指で拭う。



「期待以上にやるじゃねぇか」



 そこから、ヴァルは速度を上げた。


 氷像の猛攻をかいくぐり、ルルル本体へ迫る。


 拳。

 蹴り。

 肘。

 膝。


 近接の応酬。

 ルルルも受け、避け、返す。


 だが、腹の傷がある。


 動けば血が流れる。

 踏み込めば顔が歪む。

 生身でこの攻防を続けるのは、どう見ても分が悪い。


 それでもルルルは止まらなかった。



 氷像が横から拳を振るい、ヴァルの攻撃を潰す。

 ルルルが隙を突いて打ち込む。

 氷の脚が床を砕きながら回し蹴りを放つ。


 そしてヴァルがそれを避けたところに、ルルルの蹴りが飛ぶ。



 ただ見ているだけなのに、気付けば肩に力が入り、目で追うだけで精一杯だった。


 ひとりで二人分以上の動きをしている。

 いや、それ以上だろう。


 ルルルは自分の身体で戦いながら、別の巨大な身体を完璧に動かしている。


 その異常さに、ヴァルも笑みを深めていた。


 氷像の拳を受け流そうとしたヴァルの顔面に、ルルルの左拳が入る。


 鈍い音。


 続けて右。

 だが、その右拳はヴァルに掴まれた。


 ヴァルはそのままルルルの腕を捻り、力任せに身体ごと持ち上げる。

 ルルルの足が石床から離れた。


 もう踏ん張れない。

 身体をずらすことも、避けることもできない。


 その無防備になったルルルの顔面へ、ヴァルの拳が迫る――。


 その瞬間。

 氷像の拳が、真上から落ちてきた。


 瓦を割るような、垂直の一撃。


 ヴァルはルルルの拳を離し、両腕でそれを受け止めた。



 氷の巨拳と、ヴァルの両腕が拮抗する。




「……っ」




 ヴァルの足元の石がひび割れる。


 そこへ、解放されたルルルが地面へ着地し、低い姿勢から蹴りを突き上げた。

 ヴァルの身体が跳ね上がる。


 初めて、明確な隙ができた。


 氷像が両腕を広げる。

 そして、両掌でヴァルを挟むように叩き潰す。



 瞬間、凄まじい衝撃が辺りを揺らした――。



 氷の両手が閉じる。


 その大きな掌の中に、ヴァルの姿が消えた。




 ……。




 静寂が落ちる。



 倒した……なんて甘い考えが一瞬だけよぎったが、すぐに振り払った。


 そんな簡単に終わる相手じゃない。

 ここまでの様子を見ていれば、それくらい分かる。


 でも、今のは入った。

 間違いなく入ったはずだ。


 そう思った直後。




 ――氷像の両手が、内側から爆ぜた。




 砕けた、なんてものではない。


 肘から先が、粉々に吹き飛ぶ。

 氷の破片が雨みたいに降り、白い粉塵が舞った。




「なっ――!」




 ヴァルとの一騎打ちが始まって以来、初めてルルルの表情に大きな動揺が走る。


 白い氷塵の中から、ヴァルが飛び出してきた。


 勢いそのまま、彼の手がルルルの首を掴む。

 そのまま押し込むように走り、ルルルを壁へ叩きつけた。



「っ、がぁッ……!」



 壁が揺れる。


 石の粉が落ちる。



 ルルルは両手で、自分の首を締め上げるヴァルの腕を掴んだ。

 足が床を擦る。


 それでも、氷像は動いていた。


 両腕を失った氷巨人が、片足を持ち上げる。


 今にもヴァルを踏みつぶそうとしていた。



「チッ」



 ヴァルはルルルの首から手を離し、後方へ跳ぶ。


 一瞬遅れて、氷の巨足がヴァルのいた場所を踏み抜いた。

 壁際の石床が、鈍い音を立てて砕け散る。



 そこで二人の攻防が、一度途切れる。


 ルルルは壁にもたれ、喉を押さえながら息を吐いた。

 ヴァルは肩を回し、薄く笑う。




 ――その時横合いから放たれた紫電が、空気を裂きながらヴァルへ奔った。



 槍の形をした雷光。


 ヴァルはわずかに目を見開き、即座に腕を上げて受け止める。


 紫紺の輝線が弾けた。

 紫の槍は腕を焼き、焦げた匂いを撒き散らす。



「……あ?」



 疑問と不快感が混ざった声を漏らし、ヴァルは攻撃が飛んできた方を見る。



 そこには、ルピナスが立っていた。


 息は荒い。

 顔色も悪い。

 それでも、踏ん張るように立って魔杖を構えている。



 いつの間にか、彼女の相手をしていたはずの白翼会員たちは倒れていた。


 腕を広げたまま倒れているその者たちは、まるで地に叩き落とされた翼のようにも見えた。



 ルピナスが、単独で彼らを片づけたのだ。




「おいおい」




 ヴァルは焼けた自分の腕を見て、それから笑った。



「今日はこんなに本格的に戦うつもりじゃなかったんだけどなぁ。

 軽く何人か殺して終わりのつもりが、読み違えたか」



 その言葉の間にも、ルルルの氷像は失った腕を再生していく。

 白い冷気が集まり、砕けた肘の先から再び巨大な拳が生えた。


 ヴァルの顔から、少しだけ遊びの色が消える。



「いいぜ」



 そして彼はルルルとルピナス、二人へ順に視線を送ってから、




「ここからは少しだけ、まともに相手してやるよ。

 せいぜい失禁しねぇよう気をつけとけ」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。