大日本帝国
大日本帝国とは大陸の東に位置する島国であった。
大日本帝国の起源は謎で日本時間1945年8月5日、アブラハムが男爵になったとき大陸に地揺れが起きそれが確認されたとき東に島ができていた。
それを確認したケント男爵はその他の国々に人類不可侵の通達をしたが島は人が住んでおり資源があると確信しいくつの国が徒党を組んで侵攻を開始した。
だがその国々は返り討ちにあい、多大な被害を受け大陸へと帰った。
だがそれによりその島民が激怒しその国々に対して侵攻をした。
そこでケント男爵が大きくかかわる。
ケント男爵はすでに大日本帝国の代表である首相である鈴木貫太郎と会談し国交を結んだ。
そしてケント男爵と大日本帝国の諸国連合侵攻共同作戦が実行された。
中でもケント男爵軍南東方面軍が派兵され総数約5万人が投入される事態となった。
ケント男爵軍の戦い方は基本戦術などを一切気にせず突撃する形で五万人一斉に敵軍に突っ込み男爵軍の被害約100人、諸国連合軍被害約1万人になった。
この人数差は正面衝突で男爵軍に被害が出たが人数差を確信した兵が逃走しその逃走兵を虐殺した結果だ。
そして男爵軍は訓練された正規兵で連合諸国軍は徴兵された市民や農民だったことも一つの理由に上がる。
だがこの戦いに日本軍がいない。
大日本帝国はアブラハムが会談をした際に首都東京が荒れ果てていることを確認し男爵軍単独での作戦であり共同作戦なのか?という疑問も残る戦いになった。
そしてこの戦いの後も大日本帝国とケント男爵は友好関係を結び復興資金を約10万金貨(未来日本通貨約十兆円)が贈られた。
更には大日本帝国はケント男爵をケント帝国の天子という称号を用いた文書を発行した。
これではじめて慣習的に納めているケント帝国及び北方民族連合帝国が国として帝国として認められたのであった。
そしてひっ迫している資源問題もケント男爵が所有している鉱山などから鉄鋼、ボーキサイト、石油が輸出される予定だ。
石油:大陸では汚染水として有名。というかなぜ欲しがるかが分からない。
ケント男爵と大日本帝国が友好関係を気づけたのか:言語が非常に酷似しており、また日本からケント男爵へ技術供与の申し出があったため。




