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27.終焉そして別れはくる


「……」


しばらくその場には誰も音を発せず、ただ沈黙だけが広がっていた。自分の中から思考もしばらくストップしていた。どうして、なんで。それに直前で聞こえていたあの思考の声、あれは一体…何とか戻ってきた思考をフルに動かしていると、カインがそっと肩に手をかけて言った。


「つらいだろうがルナの仕事が残っている。風に攫われないうちに灰の回収を」


気がつけば目尻に涙が溜まっているのに気がつく。泣きたくて泣いた訳でもないのに涙が零れ、頬を濡らした。カインが親指の腹でそっとその筋を拭いとり、そのまま手のひらを頬に滑らせる。生ぬるい彼の温度がじんわりと浸透して心を目覚めさせる。彼は何でこんなに優しい温度があるのだろう。そう思ったらまた涙が零れた。

手元のバッグをあさり、円筒状のガラスケースと採取器を取り出し、傍にある灰の山から灰を採取する。軽くてサラサラして、今まで生きていた者とは思えない。ある程度を取りきゅ、とフタをしてバッグにしまい込む。そのままゆっくりと立ち上がり、カインの横に立つ。心配そうな顔がこちらを見下ろした。


「…大丈夫か」

「ルナ、平気?」


左右から心配する声が聞こえてきて、反応のように頭を上下に振った。酷く片頭痛がする。かなり荒っぽく能力を使ってしまったのだろう。もっと丁寧に使えばこんなに酷くはならないのに。思考を無理に働かそうとして、またしてもズキン、と痛みが走る。


「っ……」


無意識に左手を痛む箇所に添える。顔を上げると心配そうに眉をしかめているカインと、傍で悔しそうに唇を噛みしめているヴィオがいた。


「……ごめんなさい、私がもっと早く…」

「……俺がいけない。ジェイドを結局追い詰めていたのは俺だ。あれは純粋過ぎた。緑を何故固執していたのか分かった。あれは彼の瞳。アルテミスが褒めた彼への唯一の愛情。ルナを彼女の生まれ変わりだと思ったのか…彼は俺といるルナに彼女の面影を重ねた事は言いようが無い。今度こそ傍に、と願ったのだろう」

「…」

「……もういいだろう。カイン、それよりルナを休ませてやれ、能力者が荒っぽい力の使い方したら本来昏倒モンだ。それにルナがジェイドの血を飲んだ事も厄介だぞ。死んだにせよ血は命。力がどんな反応するかわかんねえだろ。異種研連れていけよ」


チッ、と舌打ちの音が聞こえ、カインに肩を引き寄せられる。ヴィオの視線がカインに対して凄みを帯びていた。しばらくそうしてカインを睨みつけていて、ふと諦めたように彼はそっぽを向いた。力のこもった声だけが真っ直ぐに向かってくる。


「カイン。そのうち奪ってやるからお前は牢屋から指くわえて見てろよ」

「ヴィオ」

「じゃあね」


くるりとヴィオが背中を向けたと思った瞬間には、もうそこに彼の姿はなかった。



◇ ◇ ◇



「つまり、犯人は捕まえたが何者かの手にかかり死亡。灰は異種研に提出し厳重保管。という訳だね。カイン」


トントン、とデスクを指でたたいて、妙齢の紳士―オギは無表情にカインに視線を向けた。


警察課の最上階、執務室。

ルナは肩をすくめながらカインの隣にいた。まじめな時―いや彼はいつもマジメだが、こういう時のオギは何だか近寄りがたい雰囲気を醸し出していて口をはさめない。カインはといえばいつも通り飄々として、口元には笑みすら湛えていた。


「異論ない。その通りだ」


じっと、オギがこちらを見つめている。デスクについた右手に顎をのせ、しばらくそのまま何か考える表情をした後、ゆっくりと口を開く。


「…生きた者の方がお前の罪の軽減もかなり見込めたろうにね…まあ、終わってしまった事はもういい。灰の分析が終わり次第、お前の減刑の程度も追って知れるだろうよ。さて、ルナ」


ルナの方を見て、オギはニッコリと穏やかな笑顔を浮かべた。


「兎に角、良くやったね」

「あ…はい」


時に、とすぐにカインの方に視線を向ける。


「カイン、久々の外はどうだった?」

「…悪くはなかった。今まで以上だったな」

「そうか…いいのかね」


ふう、とカインがため息をついた。顔を下げ、やああって諦めのついたかのように哀しい顔を上げる。


「言ってもだめなんだろう…オギ」

「……すまない」


オギはその瞳をじっと見つめた。そのアメシストをはめ込んだような瞳が何故だか暗くよどんでいる様な気さえした。哀しそうだ、そう思った。彼に対してそう思ったのは初めてだった。どんな時も彼は飄々として、人間を愚かだと言い嘆いていた。だが今の彼はまるで人間の顔をしている。彼は何も言わず彼から視線を外し、確かめる様な間を取った後、静かに指を鳴らした。


パチン!


次の瞬間にはカインの手首に彼が彼女と出逢った日と同じ手錠がかけられていた。 その手首にかかった手錠を茫然とした顔で持ち上げて見つめて、彼はルナの方に向き直り、哀しげに笑った。




「終わり、だな」





地下部屋に続くこの廊下はヒールの音があいかわらず良く響く。

胸が痛い。哀しい感情を悟られたくなくて、ルナはうつむいた顔をあげられずにいた。手はしっかりと彼と繋いで離さないようにしていたがやはり哀しいばかりだ。カインの方も察してくれているのか、何も問いかけてはこない。ありがたい様な哀しい様な、複雑な気分だった。


「さ、ルナ。ここでいいと言うまで待つんだよ」


部屋の前でカインとオギがまず最初に入った。ショックの軽減を図ってくれているのか、とも考えて止めた。今だって茫然と立ちつくしたままだ。しばらくして声がしてオギがどこからか姿を見せる。最新式の自動扉の方を指され、言われるがままそちらに足を向ける。一人で行っていい。とオギが後ろから声をかけてくる。


「会う機会も減る…君にはまた別の任務があるし、彼は別の任務に…未定だが、ついてもらって刑期を軽減していく事になる」


だから、…とつまったオギの言葉に、うつむいたまま首を縦に振って意思表示をした。入るのに少しためらった後、意を決して前に進む。


ゆっくりと目をあげれば、彼の居る白い部屋が見えた。はじめて会った時の壁も椅子も白い部屋。そしていつの間にか着替えた白いYシャツ、リラックスパンツの彼。はじめて会った時と同じ、あの格好だった。天使の様な、悪魔の彼。人類最古の殺人者の名を持つ彼。ふうわりと、カインが笑みを浮かべた。


哀しそうな笑み。


「ルナ」


低い声が、呼ぶ。よろめく様に近付いて手を伸ばすが、もう触れる事が出来ない。透明な、厚い壁が邪魔をしている。そう理解した瞬間涙がボロボロこぼれた。声が通る通気口に顔を寄せ、透明な壁に互いの手のひらを合わせる。


「カイン」

「また、逢える」


カインが壁越しに自分の手を指で辿る。ああ、でも、と吐息まじりの低音が言った。


「もっと、もっと、触れておけばよかった」


哀しい声。伝わらない温度が辿る音。


「今はただ、君に触れたい」


深い深淵に呑まれた紫電がしっかりとこちらを見つめる。後悔だけが、残る。そう言った。否。いつでも後悔ばかりだ、と。


「カイン」


壁越しに、唇を合わせる。彼が、伝わってこない。あの冷たさも何も。こぼれた涙が止まらない。


「そんな顔をしないで」


その声に余計哀しくなって涙が次から次へとあふれてくる。哀しくなる…なんてレベルじゃない。引き裂かれて壊れそうだ。紫の瞳が揺らぐ。宝石の様にきらきらして、自分という存在を映す。


「ありがとう…」


声にならない声を何とか絞り出して紡いだその言葉に、それでもカインは嬉しそうに笑った。本当にうれしそうに笑うから、涙が余計に出た。薄い唇が囁くように言う。


「笑ってくれ、ルナ。お前だけが光だ。お前だけが…俺の月だ」


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