第五話-臆病剣士カルト-
テストという名の地獄から脱出したので書きます。
———え?
今………なんて言った?
確か、無詠唱について………って言ったよな?
まさか、俺だけのチート………じゃ、ない?
そんな馬鹿な………無詠唱ってのは、大体の場合チートとして扱われるはずだろう!?
………いや待てよ、よく思い出せ。昨日の授業の時、母は土の的を作り出す時に詠唱をしていたか?
———いいや、俺の脳内に母の詠唱を聞いたという記憶はない。
つまり、予想は簡単にできた筈なのに、チートが手に入ったと思って一人勝手に騒いでいたということ………!
くそっ!恥ずかしい。
過去の自分が忌々しい!
しかもそれで調子に乗って魔力切れも起こすなんて……………
この出来事は、俺の異世界生活最大の黒歴史として闇に葬らなければ………
「どうしたの?体調が悪いのだったらすぐに言ってちょうだい?」
母は俺の異変を感じ取り、優しく語りかけてくれた。
だが今はその優しさが傷に沁みる。
何故なら、これは俺の気持ちと思い込みが勝手に暴走した恥ずかしい事件だからだ。
だからこそ、他人に心配をかけてはいけない。
「ううん、大丈夫。だから授業………おねがいします!」
俺は母の方を向き、お願いをする。
そうだ。別に、無詠唱がチートじゃなくたっていいだろう。
そもそも、この世界そのものが空想世界で、別の世界なんだ。
それなのに、この世界の住人ではないよそ者が、密かに憧れていた魔法を使わせてもらえる………それだけで、充分じゃないか。
その上で、特別な力を欲するなんて、傲慢だ。
そう結論付けた俺は、羞恥心を好奇心へと切り替え、授業に向き合う。
今の俺は、羞恥心ではなく、魔法への好奇心で満ち溢れていた。
だから、もう隠す必要はない。
「先生。たぶん僕………もう無詠唱魔法、できると思うんだ。」
「それは………本当なの?」
「うん。仕組みはわからないけど、出来ると思うんだ。」
六歳にしては色々と怪しいところがあるかも知れないが、どうでもいい。
今の俺の頭には魔法への好奇心しか残っていない。
「それなら………一度やってみてくれる?」
目の前に土の的が出現する。
やはり、母は無詠唱で土の的を作り出していた。
「それじゃあいくね。」
俺はいつものように土の的へ手をかざし、無詠唱魔法の準備をする。
と言っても、心の中で唱えるだけでいいんだがな。
そうだな………一応、再現性がある水弾にしておくか。
「ふぅ………」
一度出来たものでも、人に見せるときは緊張するな………
よし!
(『水弾』!)
俺の心の中で勢いよく唱えられた初級魔法は、声に出して詠唱した時と同じく発動し、出現した拳大の水の弾が土の的へと発射された。
よしっ、成功だ。
「嘘………自力でここまで辿り着くなんて………」
母は相当驚いたのか、小声でそう呟いている。
「ちゃんとできてた?」
俺がそう聞くと、
「え、えぇ………ばっちりよ。」
と、返してくれた。
だが、よほどの衝撃だったようで、いまだに動揺が隠しきれていない。
まあ、これは俺の中身が高校生だから辿り着けただけだからな………通常の六歳なら余程魔法に興味がなければ無詠唱なんて辿り着かないだろうし、驚くのも無理はないだろう。
「でも、仕組みがよくわかってなくて………」
「そうだったわね………それじゃあ、一緒にお勉強しましょっか!」
どうやら母は子の役に立てるのが嬉しいようで、先ほどまでの動揺は消え去り、やる気に満ち満ちているようだ。
「うーん………まずは魔法そのものについて説明する方が良さそうね………よしっ!」
そう呟いた母は、(恐らく)土魔法で短めの棒を生成し、何かを地面に書き始めた。
「よしっ………こんな感じかな。」
母の手によって地面に描かれたのは、………描かれたのは………人…か?これ。
「お母さん………これって………人?」
「………ええそうよ、これは人なの。」
………なぜだか、圧を感じる。
まるで、私は絵が下手かもしれないけど言われたら傷つくから絶対に言わないでね、と言っているような圧だ。
………うん、言わないでおこう。
「まず………私たちの体の中には、魔力核があります。」
人らしき絵の中心部………胸辺りに、丸い点が刻まれる。
これが、魔力核ということなんだろう。
「そして………私たちはこの魔力核に蓄積された分の魔力を消費して、魔法を発動するの。」
「でもね?ただ魔力を使うだけだと、魔法は使えないわ。
そして…いい?ここが一番大切よ。
魔法の発動………つまり、魔力を使うためには、しっかりとした理論が必要なの。」
ふむ、理論………仕組みを理解していないと魔法は使えない…ということなんだろうか。
「理論は、想像力と言い換えてもいいかもしれないわね。」
………あぁそういうことか、理解した。
簡単な話だ。
魔法というのはイメージが大切。
そういうことなんだろう。漫画とかでも、よくある設定だ。
「魔力は、万能よ。でも、理論を自分で新しく作り出すのはとっても大変な事だから、昔は魔法が使える人はごく少数で、神として崇められるほどだったの。
でもそれを、誰でも使えるように簡単な理論を構築して本にまとめたのが、賢者アルテロの四大魔法なの。」
………少し納得できないな。俺はあの時、四大魔法を習得するために、詠唱をした。
でも、あの短い文章だけで理論や想像力が伝わるとは思えない。
そこのところは、どうなっているのだろうか………疑問は増すばかりだ。
「覚えてほしいのは、魔法は想像力がとても大事ってことと、魔法の本来の可能性は無限大ってこと。
とても大変なことだけれど………理論さえしっかりとしていれば、魔力はどんなことだって叶えてくれる。
この事実は、私たちにとっても………魔法そのものにとっても、とても大切なことなの。
だから………絶対に、忘れないでね。」
「今から実演してみせるから、しっかりと見てちょうだい?」
そう言って母は、三度魔法を発動した。全て火の魔法の一つである、火矢だ。
一度目の火矢は、詠唱ありで、威力の強いもの。
二度目の火矢は、詠唱なしで、威力が少し弱いもの。
三度目の火矢は………詠唱なしなのは変わらないが、二度目の時よりもさらに威力が弱いもの。
「さて、今の三つの魔法…違いがわかったかしら。」
母が問いかける。
一度目と、二度目の違いはわかるし、仕組みも理解出来る。
詠唱の有無で、想像の具体性が変わるからだろう。
だが、二度目と三度目の魔法は………どちらも詠唱はしていないが、威力に違いが出た。
想像力の差が生み出した違いだとは思うんだが………
「正解は、術式の内容の違い、よ。」
術式………?
「術式とは、理論の構築から魔法が発動するまでの全ての過程を意味する言葉のことなの。例えばさっき私が最初に放った火矢だと、[四大魔法の理論を用いて火矢の詠唱を終えてから発動した。]これが術式となるわね。
次に、二番目に私が放った火矢の術式には、詠唱をするという過程は存在せず、[四大魔法の理論を用いて火矢を発動する]。これだけが、術式となるの。
そして術式は、理論に大きな影響を与えるわ。
だから賢者アルテロは魔法を簡単に誰でも発動するために、貧弱な理論を他で補うという方法をとったの。
魔法を習得する時に詠唱したあの文は、小さくて、とても弱々しい理論を私たちの体の奥深くに刻み込むためのものなの。
そしてその小さな理論は、それ単体では非常に小さな力ではあるけれど、型を用いたり、詠唱をすることによって、大きな力を発揮することができるの。………あ、型っていうのは………火矢とか水弾とかの、技の定型のことよ。それから………えっと…………………とにかくっ!魔法の強さは、術式によって決まるの。」
少し長い説明を早口で終えた母が少し息を切らす。
………今の話を一言でまとめると『魔法は足し算』ってわけか。
———どこかで似た言葉を聞いたことがあるような気がするな………この表現はもう使わないでおこう。
…それはともかく、母の説明で俺の疑問は大体払拭された。
まず、俺が無詠唱で魔法を使えたのは、前世の知識のおかげで無意識的に詠唱を破棄するイメージが出来ていたからだろう。魔法はイメージが大事らしいからな。
それと、俺のこの人生での方針も、何となく決めることができた。
俺は、自分だけの魔法…つまり理論を、構築してみようと思う。現代知識もあるし、この世界の人々よりかは楽に出来るだろう。それに、もしかしたら…………いや、これは考えないでおこう。あれはもう終わったんだ。
「その顔は………もう、全部理解しちゃったみたいね…………」
母が俺の顔を見ながら静かに呟く。その声から感じられるのは、困惑と畏怖。
やっぱり、子供らしく振る舞うのは難しいな………どうしても、ボロというか不自然な部分が出てしまう。
別に、子供らしく振る舞う必要なんて無いのかもしれない。でも、俺はこれを新しい人生だと考えているし、何よりも産んでくれた両親を悲しませたくない。だから、頑張らないと。
俺は今一度、気合を入れる。この世界で生きることと、演技を続けることに対しての………気合だ。
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◼︎夕食にて
「もう、無詠唱まで辿り着いたのか………」
口からそうこぼしたのは、今まさに謎の………キャベツのような野菜を口に運ぼうとしている俺の父だった。
「俺が六歳になったばっかりの時は、無邪気に遊んでいるだけだった気がするんだがな………」
「カルトは、魔力核が出来上がるのが特別早かったんだから、魔法の進み具合が違うのは仕方がないことだと思うけれど………それを鑑みても、異常な速さではあるわね………」
「まぁ、それほど才能があったってことだ………俺の息子だしな。」
食卓は、俺の話で持ちきりだ。まぁ、三人しかいないんだが。
「あぁ、そうだ。」
父が食事の手を止め、こちらに顔を向ける。
「昨日は言い忘れていたんだが………カルト、お前ももう六歳だ。だから、自由に家の外に出ることを許可しよう。」
!本当か!
前にも言ったと思うが、俺はこの村の慣習に従い、あまり家の外に出ることができていなかった。だが、これで行動範囲が広がる!行動範囲が広がるということは、この世界をさらに知る良いチャンスとなる。明日が楽しみだな………
「ありがとう!お父さん!」
俺はしっかりと父に感謝を伝える。感謝ってのは、大事な物だよな。
「あぁ、それと………」
どうやらまだ何かあるようで、父は食事を止めたまま話を続ける。
「少し気が早い気もするが…………明日からは魔法の授業と並行して、俺が剣術を教えることにする。だから、明日は朝飯を食べた後に庭に来て欲しいんだが………頼めるか?」
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◼︎次の日
俺は昨日、父の言葉に「うん、わかった。」とそっけなく答えた後、すぐに寝た。連日、魔法が使えることへのの興奮であまり寝れていなかったから、俺の意識は一瞬で途切れた。
そして、今になる。今は早朝、父が剣術を教えるから庭に来いと言っていた。
………剣術か………いや、大丈夫だ。アレはもう終わったんだ。だから、大丈夫だ。
心の奥底にある前世の感情を抑え込み、俺は庭へと向かう。
「…………来たか。」
庭には、父が待っていた。
いつもの仕事着を着て、研ぎ澄まされた木剣を持っている。
どうやら素振りをしていたようで、その額には一筋の汗が流れている。
「そこの、剣を持ってみてくれ。」
父が指差したのは、地面に置いてある木剣。俺はそれにゆっくりと手を伸ばす。
(大丈夫だ。きっと、大丈夫だ。)
手を伸ばし、持ち手を握り、持ち上げる。
どくどくと、心臓の音がいつもより速く聞こえる。脳が状況を錯覚させ、強い不安が込み上げさせる。
(なんで…アレは、前世の話だろ。だから、もう俺には関係のないはずだ。やめろよ。)
「………大丈夫か?」
父が、俺に声をかける。
駄目だ。心配させてしまっている。耐えなければ。
「だいじょうぶ、だよ。お父さん。」
耐えろ、耐えろ、耐えろ、前世のトラウマなんてくだらないことで、父を悲しませたくはない。だから耐え———
「………今日は、やめにしよう。」
冷たい父の声が、その場に響いた。
—————————
それから何日か、剣術指導の日はあった。でも、一度も剣を持つことが出来なかった。
わかってる。これは俺のせいだ。言い訳はできない。
前世の俺と今世の俺。これを切り離せていないせいだ。
前世は、終わった。だから、割り切らないと。
—————————
◻︎前世の記憶
俺は中学生の頃、剣道部に入っていた。その中学校は、毎回全国大会に出場できるほどの強豪校だった。
俺が三年生の時の全国大会で、俺たちはピンチに陥った。
トーナメントの、初戦。相手は前回の優勝校だった。
三年生。最後の全国大会。初戦敗退するわけにはいかない。
俺たちは全力を尽くして戦った。
運も味方していてくれたのか、俺たちはなんとか強者相手に食らいつき、代表者戦まで持ち込むことが出来た。
これはまたとないチャンスでもある。勝てば、前回優勝校を潰せたことになるからだ。
そして代表者は、部活の中で一番強かった、俺だ。
『勝てよ。』
『あぁ、任せとけ。』
共に戦った仲間たちと言葉を交わし、試合場へと足を進める。
『ふーっ………』
極度の緊張が心臓を高鳴らさせ、血が凄い勢いで全身を駆け巡るのを感じる。
期待に応えるために、全力で戦う。その思いが、血と共に全身を包み込む。
『始めッ!』
開始の合図が会場に響く。
互いの全力を尽くし合う最後の三分間の始まりだ。
剣道は心理戦でもある。
静と動の使い分け、タイミング、間合い。その全ての最善を出し切る。そのつもりだった。
———俺が負けたのは、試合開始からたった二十秒後の事だった。
力量差は、それほど無かったはず。俺が負けた相手は、プレッシャーだ。
仲間からの期待。観客からの期待。先生からの期待。親からの期待。期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待期待。
過度な期待は人を壊す。
仲間であるはずのその視線が、期待に満ちた視線が、俺の精神を削り、蝕み、迷いを生じさせた。
対して相手は静寂そのもの。負けるのは必然だ。
中学生最後の試合。結果は初戦敗退。そして俺の精神の弱さによる敗北。
これだけなら、苦い思い出ではあるものも、トラウマになることはなかったのかもしれない。
でも、試合を終え、絶望の中で待機場に戻った時の、仲間の目、そして先生の目を見た時。
期待は消え去り、失望に染められた目を見た時、
俺の心は折れた。
その後、俺は二度と剣を握らなかった。
剣道部をやめ、逃げるように受験に集中した。
そして、仲間に別れも告げず、俺は高校に一人で進学した。
—————————
◼︎
「今日も、無理か………」
父の言葉に、俺は強い罪悪感をおぼえる。
あれから、何日も経った。剣は、持てていない。
いつも、前世の記憶が俺を邪魔する。
何度も、何度も前世を忘れようとした。
でもそもそも、割り切れるはずがないんだ。
俺は転生前、幸せの絶頂の中にいたってわけじゃない。でも、かけがえのない日常だった。それが、突然瓦解した。親友に金も返せてない。彼女も出来ていない。途中までしか見れていないアニメもある。その他にも、色々、たくさん、いくらでも。やりたいことが沢山あったのに、突然終わった。
多くの未練が、俺を割り切れさせてくれない。
ずっと、ずっとずっとずっと、頭の片隅には前世のことがあったんだ。
それが前世のトラウマを思い出して、決壊した。
そして、ここに俺を慰めてくれる人はいない。
でも、期待には応えないと———
—————————
今日は剣術指導の日………のはずなんだが………
「カルト、今日は……薪割りを手伝ってくれないか?」
様子が少し違うようだ。
案内されたのは、この家のすぐ近くにある資材置き場。そこには大量の伐採された木が放置されていた。
「いつもは、この木たちを薪にしてくれる奴がいるんだが………そいつが昨日怪我をしてな、俺が代わりをすることになったんだ。」
父は木に立てかけてある金属製の斧を指差す。取ってこいと言う事なんだろう。
「………はい。」
俺は父のところまで斧を運び、手渡す。
「いや、そうじゃない。お前にも、薪割りをしてもらいたいんだ。」
………随分と、言葉足らずだな。
というか、俺が一人でやるのか?
「それに、俺にはこれがある。」
父が手に持っているのは、父がいつも仕事で使っているであろう、金属製の剣。
どうやらそれで薪を割るつもりらしい。
「そうだな………カルトは、あっち側の木を頼む。」
次の父が指差したのは、小さく切り分けられている木たちの束。あれを全て、薪にすればいいってことだ。
俺はその中から細い木を一本取り出し、台の上に置く。
「ふっ」
俺は斧を振り上げたものの、斧の重さについ息が漏れる。金属製の斧は重く、思うように狙いが定まらない。
振り下ろした斧は木の横側を掠め、空を切る。
これは………六歳がやるようなものじゃない気がする。
俺はふと、父の方を見た。
父が割ろうとしている木は俺の木を一、二回り上回る太さと大きさで、相当な年月を生き延びた木であろう風格を醸し出している。
そこに、剣を振り下ろす。
剣道とは違う、豪快な太刀筋。だがその姿には微細な調整が紛れ込み、どこか正確さを感じられる。
木と剣の衝突に音は伴わず、完璧なフォームにより最大の切れ味を発した剣はまるで豆腐を切るかのように木を通り過ぎ、『カァン』という台への衝突音だけが辺りを響かせる。
「………凄いな………」
これは演技ではなく、俺の心の底から出た言葉だった。
洗練された、一連の動きと技。それらの美しさを伴う姿が俺の心に響いたのだ。
「………どうかしたか?」
俺の声に反応した父がこちらの方を見る。
「………少し難しかったか?」
父は放置された木を見て、そう言った。
「………うん。」
そりゃあ、難しい。斧を持つのは初めてだし、木を割るのも初めてだ。それに、まだ六歳だ。難しいのは当たり前だろう。
「そうだな………少しコツを教えてやろう。」
父は剣をしまい、俺の目を真っ直ぐ見ながら話し始めた。
「お前はまだ六歳だ………力も弱いだろう。だから、力を込めて振り下ろすんじゃなく、添えるだけでいいんだ。この木は柔らかいし、落下の力だけで充分だろう。だから、力は添えるだけでいい。小さな力で、制御をするんだ。そうしたら、少しは楽になるだろう。」
力は、添えるだけ。その助言を頭の中で反復させ、斧を持ち上げる。
相変わらず斧は重いが、それを利用し、俺は斧を一思いに振り下ろす。無論、力は添えるだけだ。
『カコン』
真っ直ぐに振り下ろされた俺の斧は音を立てながら木を両断し、薪へと変える。
「………やっぱり、飲み込みが早いな………」
父はそう呟いた後、俺に背を向け自分の木の元へと戻る。
早速コツを掴んだ俺は黙々と薪を割り続ける。
しばしの沈黙が続いた後、突然、父が口を開いた。
「斧は………使えるんだな。」
「っ………」
突然のことに俺が振り下ろした斧は狙いから逸れ、空を切る。
あぁ、あの話だ。俺が、俺のせいで、ずっとできない、剣術の話だ。
期待、されてるんだ。きっと、未来のこの村の村長になるって、期待されてるんだ。
だから、剣術ぐらいはこなさなくちゃいけないんだ。
それが、俺の新しい使命なんだ。
「ごめん、なさい。ちゃんと、できるようにするから………」
父は、喋らない。俺の返事を、黙って聞いているだけだ。やっぱり、この世界には俺を救ってくれる人はいない。前世には、本当の父がいた、母もいた。親友もいた。
でも、ここには誰もいない。
だから、自分一人だけで解決しないと———
「カルト。」
「わっ」
急に、後ろから頭を触られた。
後ろを見ると、いつの間にか目の前まで来ていた父が俺を、真剣な眼差しで見ている。
「少し………話をさせてくれ。」
「………はい。」
「俺の家系………グルーディア家が、代々この村の村長を継いでいるのは知っているよな?」
「………うん。」
「それなら、話は早い。俺は若い頃………確か、十四歳かそこらの頃、この村から外に出て、旅をすることにした。理由はあまり覚えていないが………恐らく、村長になるのが嫌だったのか………それとも両親に不満があったのか………そのどちらかだったんだろう。
とにかく、俺はこの村から出た。村の人達にも、何も言わずにな。それからの日々は、大変だった。何も考えずに旅を始めたせいで、自然で生き抜く方法を何一つ知らなかったんだ。
途中で、俺は倒れた。一人、森の中で、だ。そんな絶望的な状況の中、俺は通りすがりの傭兵団に拾われた。
傭兵団の生活の中、俺はよく仲間達と馴染めた。仕事に恵まれて………仲間もできた。
だが俺は、傭兵団を辞めた。
その理由は、二つある。
一つは、仕事先である女性と出会ったからだ。
お前は頭が良いから何となく察したと思うが………ジリスだ。
実は、ジリスとは幼馴染だったんだが………俺が村を出る時に、疎遠になった。完全に、俺のせいだけどな。
そして、俺は傭兵団の仕事中に彼女と再会した。
その時の俺は、相手がジリスって分からなくてな………殴られた。
その時に、こう言われたんだ。
『勝手に出て行くのはまだ許せるけど………自分でその道を選んだのに後悔してるなんて、絶対に許せない!』ってな。
最初にこの言葉を聞いた時、俺はその意味がわからなかった。
後悔なんて、していないつもりだったからな。
………俺は、人の表情を読み解くのが、得意なんだ。だから、ふと鏡を見た時に………気付いた。
俺の顔に張り付いていたのは、迷いと後悔の表情だった。
そう、俺は後悔をしてたんだよ。村を出る決断をしたことを、心のどこかは後悔していたんだ。
それを、ジリスに気付かされた。
まあ、それからは少し恥ずかしい話になるから言えないがな………。」
「………長々と話したが、俺が言いたいことは………自由に生きろ。そういうことだ。」
………この、長い話の結論が………自由に生きろ?
やっぱり……………駄目だ。慰めようとしてくれてるみたいだが、駄目だ。
俺のトラウマはそういうものじゃ癒され———
「ただし、だ。この話はまだ終わりじゃない。
ただし………後悔だけは、するな。もう一度言う。
『自由に生きろ。だが、後悔はするな。』
だが、この世はそう都合よく出来ているものじゃない。選択の場すら与えられないってこともある。だから、どうしても一度は後悔はすることになるだろうな。」
何だよ。そうしたら、結局無理ってことじゃないか。
「それじゃあその後悔をすればどうすれば良いか………それは………」
「自分で考えろ。」
………は?そんな、無責任な。こんな、優しさの欠片も見当たらない慰めなんて、父親の言うことじゃない。心底軽蔑する。最悪だ。
………こんなやつの期待になんて、応えなくても良いのかもしれない。
そうだ、もうどうでもいい。こいつの言う通り、自由に、適当に生きれば———
「カルト!」
父が俺の頭を掴み、強制的に目と目を合わせる。
「後悔は、逃げるものじゃない。立ち向かえ。自分で悩んで、悩んで、悩んだ先に、答えがある。あるはずだ。きっと、あるはずだ。
俺には、お前が、何がどう辛いのかまでは、わからない。
でも、お前が後悔をしていることぐらいはわかる。
だが、そこで挫けるな。立ち向かえ!乗り越えろ!
それで………
自分の、信念を見つけろ。
これが、俺の言いたかったことだ。」
———
後悔に、立ち向かう。
こんな言葉、何回も、何回も、聞いたことがあるような、普通の言葉だ。
でも何故か………父の全力の叱咤激励は、俺の心に強く響いた。
ありがちな言葉だ。でも、それでも、響いた。
前世では言われなかった言葉だからだろうか。それとも、前世とは何も関わりのない他人が言ったからだろうか。
どれも、違う。
父の………俺の二人目の父の、全力を感じ取ったからだ。
ジェリルの言葉は、間違っているのかもしれない。
でもジェリルは、自分の言葉を、信念を、全力で俺に伝えて、救おうとしてくれたんだ。
伝わらない方が、おかしいだろう。
………『自由に生きろ、でも後悔はするな。』
ありがちな言葉だが、良い言葉じゃないか。
それと………『後悔のことは自分で考えろ』
これは、俺の今の状況には、少し当てはまらない助言かもしれない。
俺のトラウマは、後悔も少し混じってるんだろうが、大部分は違うからな。
だがそもそも、助言なんて、しっかり当て嵌まるほうが珍しいだろう。心なんて、読めないしな。
真に大事なのは、停滞した心を動かす外部からの衝撃だ。
痛みでも、強い感情でも。考え直す機会さえあれば、人は変わる。
そして…………俺は、変わった。
俺は、考えすぎていたのかもしれない。
人生は、自分優先だ。他人の期待に応える………これも大事ではある。だが俺はそれに、過剰に反応しすぎていたんだ。
でも勿論、大会の時のあいつらには、しっかりと謝らなくちゃいけない。あの時は、顔向けする度胸も何もなかった。それでも今なら、しっかりと向き合える気がする。
でも………もう前世は終わって———
いや、そういえば魔力は万能だったな…………
よし、決めた。
一通り、この人生を楽しめたら………元の世界に帰ろう。
これが俺の目標………いや、違うな。
一通りこの人生を楽しむ。そして…………俺の…俺だけの信念を見つける。そうしたら、元の世界に帰る。
これだ。これこそが、俺の………今世での目標だ。




