第七話-ある日森の中魔獣さんに出会った-
「村の人によると………ここに魔獣が出たらしい。」
父が指差したのは、昼間にもかかわらず薄暗い森の中。
ここは、俺の家から大体500メートルほど離れたところにある森の入り口部分だ。
昔はここに道があったらしいが、今は廃れてしまって見る影もなくなっている。
「ところでカルト、魔獣の成り立ちについては知ってるな?」
唐突な質問。だが俺も成長した。余裕で答えられる。
「魔力が体内に集まりすぎて、魔力核の代わりに魔石が生成されて別の形へと変化した獣の総称……… だよね?」
「そうだ。そして、魔獣はその殆どが凶暴で、魔力を巧みに操る者が多い。だからこのような場所に入るときは、警戒を解かず、周りを確認しながら進まなければいけない。いいな?」
「はい、お父さん。」
俺の返事と同時に、父は薄暗い森の中へと入る。そして俺もそれに続く。
「………暗いね。」
「あぁ。だが、明かりを付けるわけにもいかない………獣や魔獣を惹きつけるからな。魔獣は凶暴で、強い。もし仕留めるなら、一対一で戦うか、罠を張っておくか………それと、背後から忍び寄るのも良いだろう。」
ここで、俺は理解した。
これは、課外授業だ。そして、これまで学んできたものを活かすことができるかのテストでもある。
全く、優しくて厳しい父だ。
「あぁそういえば、大事なことを言うのを忘れていた。もし………もし、カルトが一人で旅をしている時に魔王軍のやつらと出会ったら、必ず———」
そこで、父の言葉は止まる。
どうして止まったのか、そう聞く前に俺の口は父の手によって覆われる。
そして俺の耳元で『静かにしろ。』そう、父が言った。
恐らく、魔獣がいる。
薄暗い森の中で、父は感じとったのだ。長年の勘ってやつだろう。
そして………俺は全く気づくことができなかった。
「………こっちだ。」
父は俺の口を塞いだまま、獲物がいるであろう方向へと誘う。
緊張が、高まってきた。
「………いたぞ。」
木々の間を通り草むらを抜けると、そこには一匹の魔獣がいた。
狼に似たフォルム、白い体毛に鋭い牙と爪。
一見普通の獣に見えるがたった一つの特徴がその獣が魔獣であることを決定づけている。
少し遠くにいるため見えずらいが、喉の下に魔石が見える。
白い体毛と相反した、黒い魔石だ。
「………気付かれたな。」
いつの間にか、魔獣は俺たちが隠れている草むらをじっと見ている。だが、落ち着いている。
いや、違う。落ち着いているのは外見だけで、その目には一種の闘志が見て取れる。つまり、俺たちを獲物として認識しているのだ。
「カルトはそこで見ていてくれ。」
草むらに隠れながら魔獣を見守っていた父が立ち上がり、腰から剣を抜く。
父の姿を見た魔獣はようやく危機を感じたようで、唸り声を上げながら父を睨んでいた。
「こいつは白魔狼………見ての通り、狼の魔獣だ。こいつは、特に特殊な力などは持っていないが………単純に、魔力によって肉体が強化されている。だから———」
父がこちらを向き、説明をしているところに白魔狼が唸り声をあげながら飛びかかる。狙いは首。口にこさえた鋭い牙で父の首を噛み切らんとする。
しかし、相手は父だ。
「———ただ、斬るだけでいい。」
牙が父の首に到達する前に、剣が炸裂する。父の剣は下方から迫るが、空中に浮いたままの白魔狼には避けることができない。
ゴシャ、と地面に首が落ちる。魔石は真っ二つに割れ、その体からは生気を感じることはできない。
父は、白魔狼を一撃で、そして一瞬で、仕留めたのだ。
「このように、一匹の白魔狼はさほど脅威ではない。だが、こいつらは群れる。」
そのとき、森が唸った。
周りには、十体以上はいるであろう大量の白魔狼。
———囲まれた。
「カルト、これを使え。」
「えっ?」
父に手渡されたのは、先ほどまで父が使っていた剣。
「でも、お父さんの武器が…………」
父は、他に武器を持っていない。
では、どうするのか。
「安心しろ………俺は素手で、大丈夫だ。」
父は、そう言った。
白魔狼たちの間に広がる緊張は最大限に高まり、その目は敵意と興奮で埋め尽くされている。
そして、俺の今世における最初の戦闘が始まる———筈だった。
一応伝えておくが、これからのことは全て実際に起こったことである。
まず、白魔狼は俺に目もくれず父へと一斉に襲いかかった。この場における最大の脅威を真っ先に排除するためだ。
俺は脅威としてカウントされていない。この事実に対してガッカリしながらも、俺は警戒を解かず、これから行われるであろう父と白魔狼の戦闘に注目することにした。
だが、それは間違いであった。
これは、戦闘ではない。
ただの………蹂躙だ。
まず、二体が飛びかかる。
狙うは先程の個体と同じく首筋、急所だ。
「動きが直線的だ………ぬるい。」
父は最大限に惹きつけ、首へと触れる瞬間に腕をクロスさせ、二体それぞれの首下にある魔石を鷲掴みにする。
魔石は、魔力の供給元。魔力核から魔力が無くなると人が死ぬように、魔石も機能を失ってしまえば、本体は死ぬ。
父は、魔石を握り割った。
「次だ。」
次は、三体。
前と左右、三方向から走り来る、爪による切り裂き攻撃。
「邪魔だ。」
キック。
父が放ったのは、単なるキックだ。
前方の個体の頭部を捉えた蹴りは、相手の脳に甚大なダメージを与えたようで、白魔狼の体はブルブルと痙攣している。
次に、父はしゃがみ、左右から迫る個体のうちの片方の首を掴んだ。
それを、どうするか。なんとなく予想はつく。
もう片方の方向へと、投げた。
だが、敵はまだまだ残っている。ざっと、七体。果たしてそれらをどう対処するのか。
「『土槍雨』」
中級魔法だ。生成された大量の土の槍は白魔狼に向かって降り注がれる。
それらは七体全ての体を貫き、地面に固定した。
俺の仕事は一切なく、戦闘はこれでおしまい、殲滅完了だ。
—————————
◼︎
「凄い………」
けど、ドン引きだ。
先程の戦闘で見せた父の姿は、まさにバーサーカーだ。
しかも、身体強化魔法は使っていないはずだから、素であの力………ということだ。
そりゃ、俺が勝てないわけだ。
それに、あの精度の中級魔法が使えるとなると、魔法の腕も相当なものだろう。
………強すぎないか?
そこで、父が話し始める。
「———このように………魔獣の中にも、群れるものと群れないものがいる。一見、群れる方が危険に見えるが………実際は違う。群れるものとは、個として生きられないものたちだ。それ単体では生きられないから、群れる。つまり個々としての対処は簡単だ。その逆として、群れないものとは、個として完成されていることを意味する。つまり、単純に強いという可能性が高いということだ。この事実は、外の世界を旅する上で重要な指標となる。だから、しっかり覚えておけ。」
「うん。」
ここでも、授業。やっぱり、厳しいけど優しい人だな。
俺は父が与えてくれる大切な話や知識を反芻し、心に刻み込む。
「それじゃあ、剣、返すね。」
俺は父から預かっていた剣を手渡しで返そうとする。だが、
「いや、もう少し持っていてくれ。」
父は言葉を続ける。
「カルト。お前は………生物を殺せるか?」
………そう来たか。
最後に父が放った土槍雨によって突き刺された白魔狼は、未だに死んでいない。
それを、殺せということだろう。
そして俺の右手には、父の剣が握られている。
「うん。出来るよ。」
「そうか。それじゃあ、頼んだ。」
目の前には、腹を貫かれ血を流した一匹の白魔狼。
俺はその首筋にある魔石に剣を突き立てる。
「………」
白魔狼の目は、虚空をじっと見ている。
パキン。という音とともに魔石が割れ、目の前の魔獣から生気が消える。
これが、正しい魔獣の殺し方だ。
「………良くやった。あとは俺に任せてくれ。」
あと。それ即ち、魔獣の解体作業だ。
魔獣には、死後肉体が朽ちるものと、朽ちないものがいる。白魔狼は前者だ。だから解体がいる。
「しっかりと見て、覚えてくれ。」
これも授業だ。
実際に解体をしているところを見て、学ぶ。
大事なことだ。
それに、魔獣の解体は一種の弔いでもある。魔力を纏っているとはいえ、魔獣も生き物だ。敬意は払わなければいけない。
「始めるぞ。」
父が取り出したのは、解体用の小型ナイフ。
その鋭い刃が魔獣の皮を切り裂く。
実のところ、ここでの解体とは実質的に皮を剥ぐだけの作業のことだ。
魔獣の内臓は魔力に汚染されているため、食べると死に至る可能性があるためだ。それに、肥料にもできない。
だが、皮は違う。
皮は衣服になる大切な素材だ。
使えるものは、使う。これも一種の敬意だろう。
父の熟練の手捌きはみるみると魔獣の皮を剥がし尽くす。
魔獣の解体は、二分程度で終わってしまった。
「死体はまだまだあるからな………さっさと終わらせよう。」
そう言って、父は二匹目の解体に取り掛かる。
そして俺は何をするかというと………死体を埋めるための穴掘りだ。
この世界の一般的な葬り方は土葬だ。だから、埋める。
ただ、あまりにも大量の魔獣を埋めてしまうと、魔力が飽和してその土地が汚染されてしまうらしい。
だが父によると、余程の大戦争などでも起きなければそんなことは起こらないらしいので少し安心だ。
ということで、穴は完成した。
「埋めるぞ。」
父と俺、二人がかりで丁寧に魔獣を埋葬する。そして、土を被せる。
なんだか………家で飼っていた金魚を庭に埋めたことを思い出すな………
「………それは何をしているんだ?」
「え?」
父の言葉で、気付いた。
どうやら俺は無意識のうちに埋めた魔獣たちへと合掌をしていたらしい。この世界にその習慣はないから、変に見えるのも当然だ。
………あ、そうだ。
「これは………死者のことを弔うための儀式………かな?」
父にも、教えておこう。
「そうか………どこで知ったんだ?」
あ。そこは考えていなかったな………どうしよう。
「キール君に教えてもらったんだ!」
よし、これだ。
「成程な………俺も、やっていいか?」
「勿論!」
俺の隣に父が座り、俺の真似をする。
………なんだか、少し嬉しいな。
「それじゃあ………家に帰ろっか。」
魔獣も討伐できたし、これで今日の楽しい楽しい遠征授業は終わりだ。
「いや、まだだ。」
へ?
「誰が、魔獣が見つかった場所が一つだと言った?」
父の顔は少しニヤケ、意地悪な顔をしている。
………謀ったなスパルタ親父。
「あと二か所で、魔獣は見つかっている。さぁ、行くぞ。」
「………へぇい。」
つい、気の抜けた返事が出てしまった。
何故かって?
魔獣は、父が狩る。解体も、父がする。即ち、俺は穴を掘るだけ。
それを、あと二回。
学ぶ機会ではあれど、飽きるものは飽きるだろう。
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◼︎
「これで、終了だ。」
残りの二か所を訪れ、魔獣を狩り尽くし、埋葬を終えた父がこの長い長い遠征授業の終了を宣言する。
「やっと………終わった………」
俺は穴を掘っていただけではあるが、流石に疲れた。
「さぁ、帰るぞ。」
気付けば日は沈みかけ、綺麗な夕焼けが空に飾られている。
だがそんな事より、俺の脳内には小さな絶望が一つ。
現在、俺たちがいる場所は、村の周辺の森。そして、この村の規模は俺の予想よりも少し大きかった。
最後に、俺たちの家はここから村を挟んで、ほぼ真反対だ。
「歩くぞ。」
「………はい」
結局、俺を一番消耗させたのは長い長い移動距離だった。
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◼︎
バタン、俺は扉を閉める。
現在は、家に帰って食事を終えて風呂に入って………その後の就寝時間だ。
「………」
バタン。今度は扉ではなく、俺がベッドに倒れ込んだ音だ。
異世界のベッドは、少し硬い。
「………」
まじで、疲れた。
生き物を初めて殺した精神的ダメージとかじゃなく、シンプルに歩き疲れた。
メートル法に直すと、ざっと20キロ程だろうか。
高校生の俺ならば、余裕だろう。
だが俺の現在の年齢は七歳。成長度合いから見ても、肉体年齢は十歳かそこらだ。
日々の剣術指導によって体力は上がったといえど、足場の悪い森の中を20キロも歩くのは、流石に厳しい。
そもそも、この村が思ったよりも広過ぎるんだよな………畑もデケェし。
そんなわけで、明日筋肉痛になるのは確定したんだが………
俺はふとベッドの横を見る。そこには、誕生日にもらったにも関わらず一度も使うことがなかった杖と指輪。
「指輪はどうしようもないが………杖はしっかりと使ってやらないとな」
明日は、母の授業のはずだ。
一度杖の使い方に関して聞いてみるのもいいかもしれないな………
俺はそんなことを考えながら、深い眠りについた。
—+—+—+—+—+—+—+—
◆
「———お疲れ様。」
とある家の暗いダイニングの中にある一つの机、その隣の椅子に座る男に労いの飲み物が渡される。
「あぁ、ジリスか………ありがとな。」
男———ジェリルはその飲み物をグッと飲み干す。
少し甘くて、いい香りのする香草茶。ジェリルが愛飲しているものだ。
「少し、今日は張り切り過ぎたかもしれんな………」
ジェリル自身に一切疲労は残っていないが、息子であるカルトには少々酷ではなかっただろうか。彼はそう後悔していた。だがジェリルの信念は、後悔を残さないことに重きを置いている。故に彼は、その後悔はバッサリと切り捨て、明日からの自分の行動の変化に託すことにした。
それにしても、
「これ……… いつものと味が違うような気がするんだが………同じか?」
初めは心地よく飲んでいたが、次第に舌に違和感を感じ始めていた。少し、ピリピリする。
「あぁ!それはね………これよ。」
ジェリルの前にジリスが差し出したのは、見たこともない草…………というより、雑草だ。
「これは………?」
現在、ジェリルは絶賛困惑中である。だが、大体の事態は把握しつつあった。
「雑草よ。」
その時ジリスはそう、微笑んだ。
その微笑みがあってもなかったとしても、長年の夫婦生活により培われた夫婦仲により、ジェリルは妻がしたいことを完全に理解していただろう。
要は実験台である。
香草を節約するために、他の雑草で代用できないか実験していたのである。
———結婚相手を勝手に実験対象にするジリスは、一見すると異常者に思える。だが、それは事実と異なる。
お互いに知りつくしているだけなのだ。妻は、夫の類稀なる頑丈さを。夫は、妻の天然さ、突飛さ、そして独特さを。夫が背負うものが妻の背負うものよりも随分と大きい気もするが、それでいいのだ。互いに、愛し合っている。だからいいのだ。
だとしても………ジェリルは思う。
「やるなら、やると言ってくれ」
それは、長い結婚生活における最大の悩み事だった。
—+—+—+—+—+—+—+—
◼︎
「———ふあぁ」
眠りから目覚め、大きな欠伸をしながら起き上がる。———やはり、窓の側にあるベッドはとても良い。なんてったって、日の光で目を覚ますことが出来る。これも、周囲にビルとか高い建物がないお陰なんだよな。
ま、それはいい。
日光の大切さを再確認した俺はベッドから降りる………ん?おかしいな。
昨日あれだけ運動したというのに、筋肉痛がない。
………まぁ、良いか。この世界の人間は頑丈、という事だろう。
そう結論付けた俺は扉を開け、朝食を食べようとダイニングへ向かう。
だが、テーブルの上、普段そこにあるはずの朝食は、今日に限って綺麗さっぱりなかった。
「あれ?まだご飯、出来てないの?」
キッチンで何か作業をしている母に問いた。
「ジェリルから、何かお話があるらしいの。だから………庭に行ってあげて?」
庭、か。何だか嫌な予感がする。そして、母よ。さっき少し、不気味に微笑まなかったか?駄目だ、嫌な予感は強まるばかり。こうなったら、向かうしかない。
俺は覚悟を決め、庭への扉へと向かう。
そして扉を開けると………絶賛素振り中の、父がいた。
「来たか」
完全に、予想は的中した。
父は今俺を見た瞬間、父が持っている物とは違う、もう一本の木剣を投げ渡してきた。
もう一度言う。予想は、完全に的中した。
「今日は………何をやるの?」
大体は察しているが、一応聞いておく。
「今日は………卒業試験だ」
ん?
どうやら、予想は当たっていなかったらしい。
卒業試験?まるで、剣術指導が今日で終わりであるかのような言い方だ。それと試験、か。———もしかすると、予想していたよりも不味い事になったのかも知れない。俺の予想は、これからは朝食前にも剣術指導をするぞとか、そんな感じの、可愛いものだった。対して、恐らく今から開始されるのは、試験、つまりテスト。テストということは、テストという事だ。現役高校生である俺に、とーても響く。それに、俺の父………というか、この世界は全体的にスパルタだ。よって、テスト×スパルタの、最悪のカードが揃ってしまった。
………どうするか。
「行くぞ」
「んぇ———うわぁっ!」
っくりした………!
急に切り掛かってくるなんて…真剣じゃないとはいえ、実の子供にすることじゃないだろ!
「次だ」
めちゃくちゃに驚いている俺を他所に、父の剣は止まらない。濁流のようにせめぎ寄って来る剣々を澄んでのところで捌きながら反撃の機会を伺う………伺う………伺え、ない。一向に、止まる気配がない。このままだと、体力を消耗させられるだけだ。さてどうするか。
魔法の出番だ。
「『風竜巻!』」
「!」
俺が唱えたのは、上級魔法である風竜巻。名前の通り、竜巻を引き起こす強力な技だ。それが故に、消費魔力はとても大きい。そんな魔法を、どうして使えるようになったのか。それは勿論———ブラフってやつだ。本当は、そんなもの発動してしまっては、すぐに魔力が枯渇してしまう。だから使えない。だが、風竜巻は強力な魔法として有名だ。流石の父でも、一瞬身構える。あり得ないと分かっていても、ほんの一瞬だけは、身構える。欲しいのは、その隙だ。別の詠唱と重ねた事により威力は下がってしまったが、俺の魔法は発動する。腹の前から発生した、向かい風だ。
「………成程な」
向かい風と同時に後ろへとジャンプした俺が、剣の濁流を寸前のところで逃れる。一見すると、初めに戻っただけで、形勢は何も変わっているように思えるが、それは違う。距離があるというのなら、幾らでもやりようはある。
「『親愛なる烈火の精よ、我らに力を与えよ!烈火槍!』」
最低限の詠唱と共に唱えられたのは、中級魔法である烈火槍。そして、中級魔法の中でもトップレベルの必要魔力量を誇る。そして、そもそも火魔法はだいたい燃費が悪い。故に母からは、あまり使わないから覚えなくても良いのよ。と言われた不遇魔法。
だからこそ
「嘘だと………思ったでしょ?」
先のブラフにより、一瞬の迷いが生じた父の目の前から炎の槍が出現する。………調子に乗って、最大魔力のうち半分くらいを使ってしまったから、正直これで倒れて欲しい。
「………」
嘘だろおい。無言で………表情も変えないままの一振りで、俺の渾身の炎の槍はかき消されてしまった。………でも、俺は見逃さなかった。父の剣は、少し焼かれている。そして、その部分だけ脆くなったように見える。確か、この剣の素材である木の特性として、硬く、折れにくいが火に弱い………というのがあった気がする。つまりあれは………折れるんじゃないか?
チャンス到来だ。だが、俺が気付いたということは、父も気がついているのだろう。そう簡単には狙わせて貰えない気がする———
「………来るのか?来ないのか?———ハッキリとしろ」
「!」
思考により父をじっくりと見つめたまま動きを止めていたのが仇となり、またまた攻撃が始まってしまった。しかも、今度は拳と蹴りも混ぜてきている。やはり、気付いているのだろう。さぁどうしよう。このまま切り殴り蹴り続けられては、ジリ貧で負ける。攻撃を繰り出そうとも、全て初動のうちに抑えられてしまう。実質、詰みの状態だ。こう考えているうちにもこちらの体力はどんどん削られているわけで———
「………弱いな。本当に、それが全力か?俺の息子ならば、もっと足掻いてみせろ」
———実に。実に安直な煽りだ。勿論俺は高校生。そんなものでキレるなんて………キレるなんて………
「ぅっ!」
俺と父の木剣が強く打つかり、俺の方だけが弾かれる。
「…やはり、弱いな」
………俺はキレた。
やってやろうじゃねぇか。
幼稚な煽りによって頭の中のどこかの血管がブチっと切れた幼稚な俺は、怒りによりパフォーマンスとテンションをブチ上げる。あぁもういい!年齢相応とか、そんなのはどうでも良い!絶対に、何をしても勝ってやる。
残りの魔力は大体半分、だがこれで十分だ。
「火矢!」
俺は唱える。だが発動しない。
「火矢!」
また唱える、だが発動しない。
「火矢!」
またまた唱える、だが………発動させない。
実力で勝てないってんなら、ブラフラッシュの化かし合いに持ち込むだけだぁ!
「火矢火矢火矢火矢火矢火矢『火矢』火矢火矢火矢火矢『火矢』火矢火矢ァ!」
無意味な言葉に魔法を混ぜる。故にそのタイミングは予測不可能。
そして、挟み込まれた本当の火矢は壊れかけた木剣に二発クリーンヒット。俺の目には、父の木剣は既に折れかけに見える。あとは全力でブッ叩けば折れるだろ!
「フッ」
?今父が、少し笑ったような………だが俺は気にしない。俺はハイテンションを維持したまま全力で父の木剣目掛けてフルスイングを———
「全力を、出してきたようだな」
「っ!ごふはぁッ!」
俺は、フリスビーのように吹っ飛ばされる。
あぁクソ!調子に乗った!木剣にフルスイングした隙に、腹にキックをブチ込まれた!
痛い、痛いが………確かに折ったぞ!剣術のテストならここで終わりの———はず………
「………反則じゃない?」
「いいや、これは実戦を想定した試験だ。不測の事態は、いつだって不条理にやってくる」
父は、土魔法で剣を作り出した。………やっぱり、反則ではないかと俺は思う。
「さぁ、行くぞ。殺す気で来い」
「ちょ———っ!」
父のテンションが………上がっている。もう、こうなってしまえばどうしようもない。父の言う通り………殺す気でいこう。
「!」
5メートル
父が迫って来る。だが、どうする。戦略はまだ完結していない。
4メートル
駄目だ。色々案は思いついたが、全て防がれる気しかしない。
3メートル
魔力も残り少ない。これを有効活用するためには………
2メートル
くそ、良い案が全く思いつかない!どうする!どうする!
1メートル
父の剣が寸前まで迫って来ている。今はとにかく防御を———しまった、間に合わない!
0———「やっ!」
「ん?」「え?」
瞬間、声が聞こえた。何かの掛け声と、それに疑問を抱いた父と俺の声。
直後、父の頭はどこからともなく飛んできたハイキックに打たれる。
その無慈悲な不意打ちにより、父の体は横転し、地面へと着地した。
「やり過ぎないでねって………言ったでしょう?」
結果としてこの場の勝者となったのは、俺でも父でもなく、唐突に乱入し父に向かってふいうちの一撃を与えた、俺の母であるジリスだった。




