7話 元聖女の変化を望む
大陸精霊祭。
それは接し合う五つの国から使者を迎えて行う我が国最大の祭典だ。
精霊の恵みと祝福を分かち合うという名目で行われる祭典だが、要は聖女という特別な力を誇示し我が国エルヴァニア王国の国際的な優位を各国に示すために開催されている。
数日後に控えた祭典の準備は大詰めを迎えていた。
そんな中、ベアトリスが仕掛ける小さな不運は日々回数を増していっている。
回避した俺を悔しげに睨みつける姿が、もはや可愛く思えてきた。絶対懐かない小動物が、俺の姿を見に森の奥から毎日顔を出しているみたいな。
「重症ですね。呪われてニヤけないでください」
「距離はあるが、毎日会いに部屋から出て来てくれるんだ。可愛すぎてたまらない」
「迎えうつ笑顔が悪すぎて、煽ってるようにしか見えませんけどね」
別にいい。
一方的に想いを募らせていた過去を思えば、贅沢すぎるくらいだ。
その時、使用人が執務室の扉をノックし、こちらに合図を送った。どうやらベアトリスが部屋の外に出たらしい。
「さあ、時間だ」
「楽しそうですね」
「ベアトリスとの逢瀬だぞ。楽しくないはずがない。それに……」
あれから何度か真意を確かめようとした。
しかし、ベアトリスは一向に話す気配がない。
ただひたすらに俺に呪いをかけ、不幸を齎そうとしてくる。
俺は覚悟を決めた。
計画はもう走り出してしまってるんだ。
「真意を語る気がないのなら、迎え撃ち、力量の差を見せつけ諦めさせるしか方法がないだろ」
「そこで脳筋思考はやめてくださいよ」
「俺は全てを手に入れるためにやってきたんだ。当のベアトリスにだって、好きにさせるつもりはない」
「完全に悪役のセリフじゃないですか」
「第一王子には切り捨てられた。第二王子、第四王子の影もないなら問題ないだろう。たとえ嫌われたとしても、逃すつもりはないからな」
「重たい男でしたか」
執務室から階段を降り、古い回廊から外に出た。
果実の香りを含んだ初夏の風が鮮やかな青葉の揺らし、木漏れ日がキラキラと踊っている。
カイルから書類を受け取り、そこに記載された地図に従いながらポイントの場所へと移動した。
この辺りだろうか。
鬱蒼と生い茂る草木の中、離宮の壁にもたれてベアトリスの気配を待った。しばらくすると、先ほど通ってきた回廊の方角から彼女の魔力の気配が近づいてくる。
「くるぞ」
俺の合図に合わせてカイルが少し距離を取ったその瞬間。
バキッ——
音と同時に、手に持った魔術書から風の魔法陣を起動した。
緑の光を伴って内側に渦を巻く風が、俺の頭上に降ってきた果実を受け止める。
その果物は竜巻に吸い込まれるように一度中央へと集まった後、円の外に列を成して落ちていった。そこに待ち構えていたカイルが大きな布を広げ果物を回収する。
「ちょっとっ……」
声がした方に視線を向けると、不満げな顔でベアトリスが睨みつけていた。何度も呪いを防がれて、ついに我慢ならなくなったらしい。
第二波に備え、手元の魔術書を開いたまま彼女に向き合う。
「もしかして、私を誘導しているでしょ!」
「ああ、どうせなら不運を使って果物でも回収しようと思ってな。悪いが、この離宮は使用人が多くない。ちょうど旬が来たから収穫しようと思っていたそうだ。手間が省けた」
上を見上げると、出遅れたとばかりにもう一つ落ちてきた。それを片手で受け止める。黄色く熟れた果実は殆ど回収できたらしい。
熟れた果実が一斉に落下してしまうなんて、とんでもない確率での不運だろう。主に厨房の者や庭師にとっては。
この離宮では、庭師が果物や野菜なんかも育てている。最近では少なくなってきたものの、王宮から受け取る食糧に毒が混じっていることがあるからだ。
彼女に歩み寄り、その手に果実を落とした。
この距離でも熟れた甘い匂いが鼻をくすぐる。
「ちょうど食べ頃だ」
「そうじゃない! ちゃんと……呪われなさいよ!」
「流石に果物を当てられても怪我一つしないんだが」
「うっ……それは…………分かってるわよ。もっと恐ろしい不幸がお望みのようね?」
言葉を詰まらせたベアトリスは、すぐに勝気に笑う。
彼女の纏う魔力がゆらりと動いた。精霊に明け渡した分だけの魔力が、気配ごと消えていく。
同時に——二つ目の魔法陣に魔力を流した。
緑の光と共に広がった風の魔術。ベアトリスの手首を掴み、その広がった魔術の範囲内に引き寄せる。
風の魔術が受け止めたのは、離宮の城壁の一部だった。
両手よりも大きな石の塊が風に弾かれてゴロリと地面に転がる。どうやら、劣化し脆くなった箇所があったらしい。
これは当たったら致命傷だな。
「修繕箇所の相談か?」
「う……うるさいわね! 加減が難しいのよ!」
泣きそうな顔で、剥がれた石壁を見上げるベアトリス。
離宮を壊したいわけではない。
彼女との近い距離に思わず口角があがった。俺の表情に気づいた彼女は唇を噛み、目が吊り上がる。
乱暴に振り解かれる手。向けられた背中を追いかけるように声をかけた。
「ベアトリスが直接手を下してもいいんだぞ? 短剣くらいは身につけているんだろう?」
もう少し一緒に過ごしたいという俺の願い。煽るように言葉を重ねると、ベアトリスはドレスの裾から小さな短剣を取り出した。
え、待ってガチじゃん。
鳥や虫の鳴き声に混じりコクリと鳴る喉。
鈴の音が、歓声のように耳元を触る。
魔術で防ぐ? いや、怪我をさせてしまうかも。
手首を取って体勢を崩す方が賢明だろうか。
立ったまま、いつでも動けるよう神経を尖らせる。
銀色に輝く刃と俺を交互に見たベアトリスは、構えた短剣を下ろして首を振った。
「敵うはずないじゃない……貴方、相当鍛えているでしょう」
え、鍛えてなかったら向かってきてたの!?
先日の食堂での一件で刺されなかったと言うことは、それ以降持ち歩くようになったのだろう。
抱きしめた途端刺される脇腹を想像して、じわりと汗が滲んだ。それを隠すように少し顎を上げて彼女を見据える。
「そんな弱腰で俺に危害を加えられると思ってるのか」
「……っ!」
ベアトリスは日を追うごとに少しずつ焦りを見せている。まるで何かに追われているみたいに。
このままではダメだ。
ベアトリスの願う不運を受けるつもりは毛頭ない。懐柔できればと思ったが、そもそも距離が縮まらない。
惚れられるどころか、どんどん嫌われている気がする。
このまま離宮に閉じ込めていても、悪化の一途を辿ることは容易に想像できた。
「今度の大陸精霊祭、俺と共に参加しろ」
「え……行ってもいいの?」
ベアトリスは信じられないとばかりに目を見開いた。
確かに、暗殺しようとする妻を隣に置いておく夫はいないだろう。俺以外は。
「当然だ。俺の妻として必要な責務はこなしてもらう。聖女の成り損ない。狂王子の妻として嘲られるだろうが嫌とは言わせない」
計画を邪魔される訳にはいかないが、このままではベアトリスと不仲になってしまう。
修復不可能にまで拗れたら、何のためにこの計画を立てたのか分からない。これは計画の後のためにも必要なことだ。
まずは形から、夫婦になっていければいい。
ベアトリスの瞳に、覚悟を決めたような強い光が宿った。
「もちろん、ご一緒致します。ギルバート様」
「それでこそ私の妻だ。ベアトリス」
俺達はそれぞれの思惑を胸に抱えたまま、大陸精霊祭の日を迎えた。




