エピローグ
僕は、ずっと長い間あの泉で仲間達と暮らしていた。
そのうち、別の生き物が泉のほとりにくるようになって、そいつらはいつの間にかそこに棲みついた。
最初数人だった人数が、数十人に膨れ上がったころ。
仲間が一人、女の子と一生一緒にいるという契約を交わした。
二人の魔力が一つに溶け合って、よく似た空気を纏うようになった。
ずっと彼女のそばにいたいからだ、とそいつは言った。
そいつは自分の木じゃなくて、女の子の傍で過ごすようになった。
だからって特に何もない。
僕たちは仲間ではあるけれど、そこに決まりごとなんて存在しないから。
そいつは女の子の魔力で自分の力を使うようになった。
僕たちの力は、腕や羽とおんなじで、そこにあることは分かっていたけれど、腕や羽とは違って、使うと消えてしまうことが分かっている自分の一部だった。
女の子は僕たちと違って、魔力を失っても泉の水みたいにまたどこからか湧いてくるらしい。
そいつが女の子の魔力を借りて、草木を大きくする。
すると女の子が喜んだ。
女の子の周囲も沢山喜んだ。
それを眺めることが日常の一部になって、また少し時間が経つと徐々に女の子の魔力が少なくなっていった。
髪が白くなって、シワシワになって、身体も小さくなった。
女の子は、どうやらその命を終えてしまうらしい。
たまに自分の住処が消えて、死んでしまう奴はいるけれど、女の子は住処が消えなくても時間が経つと死んでしまうみたいだった。
女の子が弱っていく。
それと同じように、彼女と約束した仲間も弱っていった。
魔力が一つに溶け合ったから住処の木じゃなくて、女の子に引っ張られているようだ。
怖くないのか? と聞いたら。
怖くないよ。って言っていた。
それでも、そいつは女の子と一緒にいたいらしい。
とても満足げに笑っていたのを覚えている。
そいつは、しばらく経つと女の子と一緒に泉から消えた。
そいつが消えてから、泉のそばで暮らす女の子と契約するやつをちらほら見かけるようになった。
住処を離れて、そいつらは女の子についていった。
消えた奴のように好きな相手といれるなら、それが彼らにとっても幸せなのかもしれない。
僕たちはいつのまにか精霊と呼ばれていた。
そのうちムクノキから産まれたやつを光の精霊、ケヤキから産まれたやつを闇の精霊と言うようになった。
ただ、僕たち闇の精霊は女の子の周囲のやつから嫌われはじめた。
女の子と契約した闇の精霊が、女の子の仲間を死なせてしまったらしい。
闇の精霊と契約した女の子はそこから姿を見かけなくなった。
女の子と契約した闇の精霊もみかけなくなった。
女の子の周囲にいたやつらは、ケヤキの木を沢山切った。そのせいで闇の精霊が次々消えていった。
僕の木は少し離れたところにあったし、当時はまだ小さかったから見つからなかったけれど。
どうやら、仲間を殺されて怒っているようだった。
大好きだから、一生一緒にいる約束を交わしたのに。
その女の子の仲間に消されてしまうなんて。
徐々に他の闇の精霊の姿を見かけなくなった。
僕はなるべく女の子に近寄らないよう過ごすことにした。
怒った誰かがケヤキの木を切り倒すから。
光の精霊は相変わらず女の子と約束を交わし合ってるようだ。
精霊が産まれる数よりも、女の子についていく精霊の数の方が多くなって、あれほど賑やかだった泉の周りも随分と静かになった。
悲しくはないけれど、少し寂しい。
ベアトリスと出会ったのはそんな時。
夕焼けよりも赤い髪の女の子が僕の住処の下で泣いていた。
わざわざ女の子を避けているのに、こんなところまで来るようになるとは思わなくて、葉の中に身を隠す。
赤い髪の女の子は、度々ケヤキの下に涙を流しに来るようになった。
笑っているところを一度も見たことがない。
そのうち僕は赤い髪の女の子を泣き止ませてあげたくなった。
でも、近くに寄ったら、大好きになってしまいそうで。
愛してしまいそうで近くに寄ることはできなかった。
女の子はそのうち、光の精霊もたくさん連れてくるようになった。
たくさんの光の精霊が、泣いている女の子に話しかけ、慰めたり遊びに誘ったりしていた。
その中に、僕と同じくらい古い光の精霊の姿も見かけたけれど、それでも女の子は笑わない。
赤い髪の女の子が笑ったのは一度きり。
ここにきた、男の子と遊んだあの日だけ。
精霊の契約と同じくらい重たい何かが、男の子の心に降りたのがわかった。
それから、赤い髪の女の子は僕の木の下に来ることはなくなった。泉のほとりで、涙を堪えて過ごしているのを度々見に行った。
彼女もいつか僕たちとの契約を求めるのだろう。
その時、彼女と契約を結ぶのは光の精霊の誰かだ。
きっと、僕と同じくらい古い精霊。
消えるのが怖いと言う臆病な精霊だけど、永遠の時間を生かしてくれる特別なやつだ。
男の子と遊んだあの日のように、特別な精霊と契約を結べば彼女は笑ってくれるのだろうか。
でも本当は——僕が最初に見つけたんだ。
泣き止ませてあげたいと思ったんだ。
気づくと、真っ暗な闇の中で温かなふわふわの何かに包まれていた。
ああ、そうだ。僕は消えたんだっけ。
最後、なんだかすんごいことになっていたけど、ちゃんとベアトリスはあそこから逃げられたのかな。
ギルバートは、あの日の男の子は助かったのかな。
ベアトリスがようやく笑うようになったのに。
それをもっと、ずっと、見ていたかったな。
ん……? あれ、なんか頭が冴えてきた。
意識がはっきりしすぎている気がする。
「……あれ?」
瞼を開けると、金色の瞳に涙をいっぱい溜めたベアトリスがいた。少しだけ大人っぽくなった気がする。
乗せられた手のひらで僕は優しく包み込まれた。
そして、彼女は満開の花みたいに僕に笑いかける。
「おかえりなさい。ゾーイ」
了
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