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国中の女を沼らせれば、突きつけられた婚約破棄を撤回できるそうです

作者: 白波さめち
掲載日:2026/05/11


 周囲から漏れる嘲笑と相手を完全に見下した瞳が肌に突き刺さる。


 煌びやかなシャンデリアが照らす王宮の大広間で、貴族達は突然始まった大道芸を鑑賞するように円を描いて俺達を囲んだ。

 

 周囲と、目の前の第一王子からレティシアを庇うように、俺は彼女を背に隠す。


「そろそろ自分の至らなさに気づいているのだろう? 侯爵令嬢レティシアとの婚姻など役にも立たぬ第五王子――ルイスには過分だと」


「過分……? 約束が違うではありませんか」


 王位継承争いから脱落することを条件に、俺はレティシアと婚約した。レティシアは侯爵家の娘。王子の婚姻相手としてあり得ない相手じゃない。

 

 レティシアは俺の背後から「シナリオの強制力……」なんて謎の言葉をぼそりと呟く。


 彼女と出会ったのは、幼少時代――

 王宮で開かれたお茶会でのことだった。

 

 元々継承権の低い第五王子の俺は、居心地の悪いお茶会を抜け出し森に逃げ込んだ。そこで出会ったのがレティシアだ。

 

 彼女は異様なまでに花が咲き誇った森の中で一人、座り込んでいた。一瞬、精霊の世界に迷い込んだのではないかと錯覚したほど綺麗な横顔をしていた。

 

 でも、座り込んでいるのは間違いなく人間の女の子。没落寸前ではあるが、我が国の歴とした侯爵家のご令嬢だ。


「ラインボルトがあんなに性格が悪いなんて知らなかったんだけど!」


 第一王子であるラインボルトを呼び捨てにする令嬢なんて初めて見た俺は思わず茂みに身を隠す。

 侯爵令嬢……レティシアは、髪が乱れるのも構わず頭を抱えてウンウンと唸った。


「え、このままストーリーを進めたらアイツと結婚!? 絶対嫌! 高慢な王子が主人公にだけ優しいってところに萌えてたけどさ、現実ではクズじゃん! それとも、私がゲームのシナリオを捻じ曲げちゃった!? 最初の出会いはお茶会じゃなかったもんね!?」


 ストーリー?

 ゲーム?


 彼女の口から漏れる言葉の意味がわからず首を傾げる。

 レティシアの周囲に小鳥達が舞い降りた。

 小鳥は花畑の真ん中に座り込む彼女を心配するように、首を傾けながら覗き込む。


 とても幻想的な光景にも関わらず、レティシアは奇人のように独り言を呟き続けた。

 

 ハーレムエンドとか、バッドエンドとか……

 知らない単語が混じる彼女の言葉は全くもって理解できない。

 

 ただ……一風変わった令嬢だということはわかった。


 彼女は、何故か第一王子ラインボルトと結婚すると思い込んでいる。ラインボルトと結婚しなくても、第二王子や第三王子、騎士団長や宰相なんかと婚姻を結ぶつもりでいる。

 

 この国の最重要人物達。しかも、それがレティシアの意志に反して婚姻に至ってしまうという誇大妄想。


 一風変わった……なんて生優しい言葉じゃ足りないな。奇人を通り越した変人だ。


 しかも彼女の妄想はこれだけでは終わらない。

 レティシアに彼らが接触すると、彼等の婚約者達が嫉妬に狂い、レティシアに嫌がらせをした挙句、落ちぶれて不幸になるらしい。


 不敬だろ。相手は由緒正しい名家のご令嬢だぞ。

 

「私が悪役じゃん! こんなの、ヒロインじゃない!」

 

 咆哮と共に顔を上げたレティシアと思いっきり目が合った。

 その瞬間、レティシアは目を見開き、仮にも第五王子の俺に指をさす。


「モブ王子ー!!!!」


 ひとまずモブという言葉は悪口だと思った。

 

 俺は立ち上がって、木の葉を払い落とした。何を言い出すか分からない変人令嬢だ。第五王子が立ち聞きしたなんて悪評を立てるかもしれない。

 

 先ほどの言葉は流してあくまで優雅に、偶然を装いながら彼女に歩み寄る。


「侯爵家の令嬢が、こんな森の中で何をしてるんだ」


「あっ……えっと……えーっと」


「ルイス」


「そうだそうだ! ルイス王子!」


 レティシアは胸に手を当てて「顔すら描かれてないキャラだったから分からなかった」と意味不明に無礼なことを呟きながら息を吐いた。


「聞かれちゃった? モブだから大丈夫かな? 確か序盤の夜会で私にワインを零す王子だよね……ラインボルトが謝らない第五王子に謝罪させて、豪華なドレスを贈られるとこ」


 人にぶつかったら謝るわ!

 ひくりと頬が引き攣った。レティシアは引き攣る俺の顔をまじまじと見ながら、次々に表情を変えていく。


「てゆうか、モブでも普通にかっこいいじゃん! 王子だから? 顔くらいあげてよ運営! って今は現実なんだからどうでもいいけど」


「普通にかっこよくて悪かったな……」


 褒められてないよなこれ。でも悪い気はしなかった。

 ラインボルトすら呼び捨てにする、無駄に無礼で謎めいた彼女にふと興味が湧く。


「モブ王子とでよければ一緒に戻ろう。ラインボルトに目をつけられたくないんだろ。あいついい格好をするのが好きだから、令嬢がいなくなったなんて発覚したら探しにくるぞ」


「え、嫌だ。フラグなんて立てたくない……」


 俺の真意を確かめるように、彼女は視線を彷徨わせる。

 別に大したことじゃない。ただの気まぐれだ。

 俺が差し出した右手を、レティシアは恐る恐る握り返した。


「モブ王子、隠しキャラとかじゃないよね……?」


「隠しキャラってなんだよ。母親の地位は低いけど庶子じゃねぇよ」

 

 森で見つけた変な虫をつい捕まえてしまうような、小さな興味から始まったレティシアとの友人関係。

 

 仲良くなると、彼女はあの時の話を詳しく俺に聞かせた。

 レティシアは本気で婚約者を蹴落とし、第一王子と婚姻を結ぶと思っているらしい。よく分からないが、強制力というものがあるそうだ。

 

 自分の家と、普段の言動を振り返ってみろと言いたくなる。


 なんとか第一王子や他の人物との婚姻を回避し没落寸前の侯爵家で家族と平穏に暮らしたい。

 それがレティシアの願いだった。


 モブ王子として俺に完全に心を許したレティシア。

 そして王位継承権が最も低く期待のかけらもないモブ王子と没落寸前の侯爵令嬢の交流を誰も咎めなかった。


 その関係は、友人から、攻略対象避けの契約婚約者へと変わっていく。


 それと同時に、俺の気持ちも変化していった。

 言動だけじゃなく、レティシアの発想は常に突飛だった。

 

「家族も好きだし、スローライフの方が性に合ってる」


 レティシアは謎の言葉を吐きながら、没落寸前の侯爵家を謎の発想力で楽し気に立て直していく。

 公衆衛生なんて言葉と共に、領地の死亡率を劇的に減らした時――興味は完全な恋心に変わっていた。


 レティシアとこのまま一緒にいたいと。

 彼女の起こす楽しげな快進撃をずっと側でみていたいと。

 

 王子の地位なんて投げ捨てて、侯爵家に婿入りすればそれは叶う。


 爵位はレティシアにべったりの彼女の弟が継ぐことになっている。だから、レティシアへの婿入りは王族の地位を投げ捨てる行為そのものだ。王婿はきっと許されない。よくて新しい爵位……臣籍降下でもおかしくない。


 でもそれで良かった。

 

 王位継承争いなんて勝手にやってくれればいい。

 モブ王子は自分で見つけた幸せな居場所で、レティシアの言うスローライフを楽みたいだけだ。


 しかし、それすらもうまくいかない。

 俺への期待なんて微塵もないのに、没落寸前の侯爵家に婿入りなんて王族の権威が揺らぐと国王が反対した。

 

 だから俺は、己の目的を叶える為にレティシアが最も警戒する第一王子を巻き込むことにした。

 矜持を全て投げ打って第一王子の優秀さを示すためだけに存在する道化となったのだ。


 第一王子が王位を得れば。

 それと引き換えに俺はレティシアへの婿入りが許される。

 

 そのはずだった――


 近づきすぎたのだ。

 レティシアと出会ってから八年。

 第一王子ラインボルトは没落から静かに復活を果たした侯爵家とレティシアの底知れぬ発想力と優秀さの価値に気づいてしまった。


 そしてレティシアの恐れた通りの事が起こってしまう。

 献身的な婚約者を自分の手で切り捨て、ラインボルトはレティシアを奪おうと俺を嵌めたのだ。


「レティシア、こっちにこい」


 ラインボルトはレティシアの細い手首を掴んで、俺の背後から強引に彼女を引き摺り出す。

 

 大衆から見れば、よくできた恋物語だ。

 愚かで、無能な第五王子から、第一王子が真に優秀な令嬢を助け出す。


 レティシアの瞳は絶望に揺れていた。

 唇は震え、か細い声で「ルイス様」と俺の名前を呼ぶ。


『強制力』

 

 それは、まるで逃れようのない運命みたいだ。


 モブである俺も。

 悪役とされた令嬢達も。

 強制力という運命の前には余りにも無力。

 

 幸せになる人はすでに決まっていて、それ以外の人は踏み台となるか背景か。選ぶ余地すらないその二択しか与えられない。

 

 モブと呼ばれた俺では、どう足掻いてもこの強制力に勝ち目はないのだろう。


「もう、ルイスに囚われなくて構わない。お前の口から、婚約破棄を突きつけてやれ」


 高らかに言い放ったラインボルトは、そのままそっとレティシアの耳元に口を寄せる。


「侯爵家がどうなっても良いのか?」


 その一言に、レティシアの顔色が変わった。

 ラインボルトの顔には、すでに勝利の笑みが浮かんでいる。


 なんだっけ、これ。

 断罪だっけ?


 レティシア曰く、物語が動く転換期だそうだ。


 物語というのは人生のことだろう。

 断罪された人物はこの後、人が考えうるあらゆる地獄に叩き落とされるという。


 道化の俺には最適な最後かもしれない。


「ルイス王子と婚約破棄をすれば……侯爵家には手を出さないのですね?」


「ああ、約束するよ」


 レティシアが痛ましそうに目を細めて俺を見た。

 

 嫌だ――

 そんなことを言うことすら俺には許されない。

 

 数秒の沈黙。

 大広間にいる誰もがレティシアの次の言葉を待っていた。

 荒れた呼吸を整えるように、大きく息を吸ったレティシアは覚悟を決めたように真っ直ぐ俺に向き直る。


「ルイス王子。私との婚約を破棄してください」


「……ああ」

 

 ようやく見つけた居場所と小さな幸せ。

 その崩壊をレティシア本人から突きつけられた俺は、これ以上顔を上げていられなかった。


 道化の俺を見事断罪し切ったレティシアとラインボルトに歓声が上がり、温かな拍手が広間を満たす。


 キュッと大理石を鳴らす靴音。

 足元しか見えない俺の視界の端で、ラインボルトがレティシアの前に跪いた。


「レティシア。迎えにいくのが遅くなってすまない。俺の妃になってくれ――」


 周囲の令嬢達から悲鳴にも似た歓声が上がる。

 もう誰も俺を見ていない。

 無能の王子に同情の価値なんてないのだろう。


 ラインボルトに罪をでっち上げられ、婚約破棄を言い渡された令嬢もこんな気持ちだったのだろうか。確か公爵家のご令嬢だったっけ。


 ここからすぐにでも立ち去りたい。

 でも、周囲を囲む貴族達に退路は防がれている。


 いっそのこと、子供のように耳を塞いでもいいかもしれないな。

 これ以上落ちる評判など俺にはないのだから。

 

 本当……惨めだ。


 下ろした手の中で、爪が皮膚に食い込んだその時。

 レティシアの言葉が大円団ともいえる温かな空気を冷たく切り裂く。


「嫌です」


「「……は?」」


 ラインボルトと俺の声が重なった。


 顔を上げると、レティシアが冷たくラインボルトを見据えている。彼女の瞳の奥には「スローライフを謳歌する!」と決意していた時と同じ熱が籠っていた。


「嫌です、と申し上げました」


 二度目の拒絶。

 先程までの温かさを吹き飛ばし、冷たく、シンと静まり返る大広間。レティシアは小さく息を吐く。


「婚約破棄をすれば侯爵家に手は出さない。それは飲みました。でもラインボルト様と婚約することは条件に含まれておりません」


「王位継承に最も近い第一王子だぞ……? 断るなんて正気か?」


「もちろん正気です」


 あ……怒っている。

 レティシアは、ものすごく怒っている。


 なんの意味があるのかは分からない。

 レティシアは突然立てた親指を、そのままくるりと反転させ真っ直ぐ下へと振り落とした。


「誰がお前の妻になんてなるか! バーカ!!」


 うん、口が悪いよレティシア。

 それやめようね? って何度も言ったよね?


 ラインボルトは馬鹿と言われた衝撃で、魚みたいに口をパクパクと動かした。言葉は完全に失っている。

 令嬢から暴言を吐かれた経験なんて彼にはないだろうから当然の反応だ。


「私のご友人となったルイス様、行きましょう」


 レティシアはラインボルトの手を煩わしいとばかりに振り払い、俺の手を掴んだ。

 貴族達の隙間を無理やりこじ開けるようにして、地獄のような様相となった大広間を後にする。


 俺の手を強引に引っ張ったまま、王宮の廊下をレティシアは突き進んだ。何度も見てきた迷うことのない背中に、心臓が脈を打つ。

 情けない言葉を必死に飲み込みながら「どこに行く気なんだ」とレティシアに声をかけたが無視された。


 まあ、こうなった彼女は止まらない。

 それを俺はこの八年間で嫌と言うほど知っている。


 レティシアは俺を誰も来ないような物置部屋に押し込めた。

 ドン、と勢いよく壁に手をついたレティシアの両腕に俺は閉じ込められる。


 うん、これ逆だよな。どう考えても。


「もう許しません。穏やかにスローライフを目指す私を無理矢理舞台に引きずり上げた報いを受けさせます」


 レティシアは俺を見上げながら悪い笑みを浮かべていた。

 悪役令嬢という言葉が今ならよく似合う。

 引き攣る頬をそのままに俺はレティシアを見つめ返した。


「何をする気だレティシア……」


「ご友人のルイス様を王位に押し上げます」


 婚約者じゃなくなったからって、ご友人は余計だろ。

 俺は突っ込むこともできず「王位……?」と最も大切な部分を聞き返すことしかできない。


「〝レティシア〟がヒロインの乙女ゲーム。そのシナリオをぶち壊して、モブ王子が成り上がる下剋上物語にするんですよ……」


 ぶち壊すだの、下剋上だの不穏な言葉の連続に俺は息を呑んだ。

 とりあえず、レティシアが俺を王にしたいということだけは理解できてしまった。


「レティシア、上には大きな派閥を持つ王子が四人もいるんだ。ずっと……愚かな王子を演じてきた。俺の派閥なんて存在しないし、誰も第五王子の俺に期待なんかしていない。俺には無理だよ」


「無理じゃない!!」


 レティシアが声を荒げる。

 上目遣いのまま涙を浮かべるなんて卑怯だろ。

 壁に追いやられてなければキスをしてもいい状況だ。

 

 まあ、こんな状況で初めてのキスを贈るなんて後悔する気配しかなくて、俺には無理だけど。

 すでに婚約者ですらなくなってるし、その唇に口付けを落としていい立場ではない。

 こんなことなら、婚約していた時にキスしまくっておけばよかった。婚姻を結ぶまで大事に取っておいた俺の唇をどうしてくれるんだ。


 そんな俺の迷いや後悔なんて気にもせず、レティシアは一方的に捲し立てる。悪役顔のまま高らかに笑わないでほしい。


「どん底からの逆転劇は誰もが胸踊るんです。しかもこの世界は恋愛ゲーム。令嬢達はどこかふわふわと恋愛のことばかりを考えています。勝機はあります」


「失礼すぎるし、そんなところで勝機を見出すなよ!」


「だって! あまりにも酷すぎます!」


 レティシアはギュッと唇を噛み締めた。

 ラインボルトの性格がどんどん悪くなっているとレティシアは言っていた。俺からすれば元々だが、レティシアのラインボルト嫌いは年々悪化の一途を辿っている。


「これはゲームの世界だけど、もう現実なんです。ルイス様はモブだけど実際は頭も良くて、柔軟で、優しい。すごく素敵な王子でした」


 ……ん? 告白?

 違うよな。褒められてるけど。


「ヒロインなんて私は望みません。私は私の人生を生きたい」


「だから俺に王位を取れって言うのか? どうやって……?」


 レティシアに巻き込まれるのは慣れている。

 最近では惚れた弱みから自分から巻き込まれに行っていたせいでつい聞き返してしまった。


 レティシアはぶつぶつと独り言を呟いた後、やる事は決まったとばかりに顔を上げる。

 

「アイドルになりましょう。ルイス様」


「アイドル……?」


 レティシアは拳を握った。

 あ、やばいと思ったのも束の間。レティシアは彼女の脳内から湧き上がる発想を撒き散らす。


「ルイス様はそこそこ顔がいい」


「そこそこ」


「正統派ではないですが、アイドル系の顔をしています」


「正統派ではない」


「こう、応援したくなる顔をしているんです」


「応援したくなる顔」


 レティシアの言っている意味が理解できない。

 とりあえず、褒められているのかもしれない。

 全く嬉しくないけれど。


「だから、女性を沼らせて各家の内側からルイス派を起こしましょう。大丈夫。女性は推しのためになら金も時間も惜しみません。一度沼らせれば、ルイス様に全てを捧げてくれます」


 ……犯罪を勧められてる?

 詐欺の一種だろうか。

 混乱する俺に洗脳をかけるように「アイドル」という言葉をレティシアは連呼した。上手く嵌れば、金と人が溢れんばかりに集まり、対立する王子達の権力を剥ぎ取れるらしい。

 

 何それ怖い。


「私、この微妙な男尊女卑の世界にずっと疑問を抱いていたんです。今こそ反旗を翻す時。女性の社会進出を掲げて、王位を乗っ取りましょう!!」


「国家転覆の話か!?」


「違いますよ。王位簒奪です」


「不穏ッッ!!!!」


 頭を抱えて(うずくま)った俺に、レティシアの手が優しく降ってくる。

 そのまま宥めるように髪を撫でられた。

 婚約者の時にして欲しかった。


「……レティシア。そもそもアイドルとはなんだ」


「本来は偶像や崇拝される人や物を指す言葉です」


「崇拝……教会にも喧嘩を売る気なのか」


「今の教会に権威なんてないでしょう? 聖女の能力を私が隠しているので、むしろこの際です。教会を取り込みましょう」


 そんな爆弾発言、今聞きたくなかった。

 只者じゃないことは薄々気づいていたけれど、聖女の能力なんて伝説級の力を隠し持っていたのか。


 侯爵家の農作物の生産量が馬鹿みたいに向上したのも聖女の力のせい? 堆肥にコツがとか言っていたのは嘘だったらしい。


「気が進まない。王になんてなりたくない」


 最初から王位なんてどうでもよかったんだ。

 やっと手に入れた居場所と小さな幸せ。それを守り切ることさえできれば、俺はそれでいい。


 期待されないことに悲みを覚えていたこともあったけど、それはもう過去の話だ。

 俺はレティシアさえそばに居てくれれば――


 そんな俺の気持ちを、レティシアはたった一言で変えてしまう。


「でも、王になったらやりたい放題ですよ? 綺麗な令嬢を侍り散らかしても国王ならば許されます。名家の可憐な令嬢達を侍らせたくないですか? ハーレム、欲しくないですか? そんなルイス王子の密かな願いだって叶っちゃうんですよ?」


 ――そうか。

 国王はなんでも許される。

 俺が国王になれば、強権でレティシアの婚約破棄をなかったことにできるのだ。


 組んだ腕の隙間から、レティシアを見た。

 彼女は首を傾げて契約上の婚約者から友人に成り下がった俺を見ている。


 俺は彼女に自分の気持ちすら伝えていない。

 奔放な彼女を前にするとなんだか気恥ずかしくて、うまくタイミングが掴めないままだった。


「レティシア……俺はレティシアが好きだよ」


「ふふっ、ありがとうございます。言い出しっぺですから、ルイス王子のマネージャーとして全力でサポートしますよ」


「マネージャー……」


「宰相みたいなものです。アイドルにはマネージャーがつきものですからね!」


 告白は木枯らしに吹かれた葉のように流された。

 もしかしてハーレム計画に賛同したと思われたのだろうか。いや、まさかな。

 若干友人より距離ができた気がするのは気のせいだ。


「アイドルのゴールは王座に座るまで?」


「はい。王座に座ったら、ラインボルトを辺境の地にでもぶっ飛ばして好き放題やりましょう。ルイス王子の独裁政権の始まりです。沼らせた令嬢達に面倒な政治をやらせ、税金で遊んで暮らしても構いません」


 悪政にもほどがある。

 愚王として俺のことを歴史書に残すつもりか。


「……そうなったら、レティシアも俺の言うことを聞かなきゃいけないってこと分かってる?」


 レティシアの髪を一房手に取って、俺は問いかけた。

 今の立場でギリギリ許される距離がここだ。

 レティシアは俺の気持ちなど知りもしないで、無防備な笑みを浮かべた。


「当然ですよ。封建社会、王の命令は絶対ですから。私はルイス王子に従います」


 そう、王の命令は絶対なのだ。

 王座に座れば――レティシアを妻にできる。


「……やるか」


 決意した俺の言葉に、レティシアはパァと満面の笑みを浮かべた。

 新しいことを始める時の、俺が一番好きな彼女の顔だ。


「モブ王子の下剋上の始まりですね! まずは資金集めです。名家のご令嬢、ご夫人をルイス王子に沼らせて金貨を落とさせましょう」


「沼らせるってそもそもなんだ?」


「恋に落とすんです」


「人妻もいるんじゃないのか」


「推しと結婚は別ですよ。たぶん」


 やはり犯罪の香りがする。

 ……まあいいか。


 どうせこのままじゃレティシアの言うバッドエンドなのだ。それならば、レティシアの隣にいるために足掻いてみてもいいかもしれない。

 

 俺はレティシアの手を取って立ち上がった。

 

 レティシアを妻にするために、俺は国中の女を恋の沼に落とす。


 国を揺るがすほどのアイドルとなり、女達を引き連れ王座を目指すのだ。


 ♦︎ ♦︎ ♦︎


 この後――

 女性の社会進出に大きく貢献し、国民からの圧倒的な支持を得た賢王の名が歴史に刻まれることになる。

 アイドルや推し活という言葉も、かの王の時代に誕生した言葉だ。


 彼は歴史上で初めて、たった一人しか妻を娶らなかった。

 この賢王の人気を超える者はまだいない。



お読みいただきありがとうございました!


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