4話 元聖女の呪い
嫁いできた妻を出迎えるという正念場。
そこで鳥にフンを落とされるという、とてつもない不運。
どうする?
この不格好を立て直すにはどうすればいい!?
内心のパニックが悟られないよう、眉間に力を込めながら彼女を見つめ返す。
「あら……避けられてしまいましたか。残念です」
ベアトリスは馬車から降りずに、その金色の瞳を細め妖艶に笑みを深めた。
――まだ終わっていない!
俺は咄嗟に懐から小さな魔術書を取り出した。
ここには基本、暗殺に備えいくつもの有効な魔法陣を刻んである。
暗殺の危機に晒されながら野心を抱える俺が密かに身につけたのが魔術だった。
男は精霊から愛されない。
でも、魔力さえあれば魔術は使える。
非効率な上、とても繊細で扱いづらい代物ではあるけれど、いくつもの魔法陣を備え鍛錬を積めば問題はない。
毒煙を撒かれた時を想定して作っておいた防御の魔法陣。そのページを親指で跳ね上げ、その術式の中央に魔力を流した。
カッ、と弾けるように青い光が魔法陣に灯り、意識を向けた頭の上に水の防護膜がドーム状に展開される。
その防護膜の上に落ちてきたのは、大量の鳥のフンだ。
フンを落とした鳥の群れは、またもや大空へと羽ばたいていった。
その姿が視界から消えるよりも早く、フンを地面に落とし切った水の膜が消えていく。
玄関ホールが、フンまみれ。
「……ギルバート様が魔術を使える事を失念していました。こんなにも瞬時に的確な大きさで展開するなんて、かなりの腕前なのですね。魔法陣もご自分で?」
「当然だ。いつ暗殺されるか分からない身の上だからな。これくらいは嗜みだ」
彼女に笑顔を向けた。
でも、動揺でうまく笑えていないかもしれない。
凶悪な笑みになっていたらどうしよう。
ベアトリスはクスクスと喉を鳴らし、今度こそ俺の手を取ってするりと馬車を降りた。
引き攣った顔をまともに動かすこともできず、視線だけが彼女の楽しげな瞳と交差する。
「光の精霊ではありませんが、契約できた『あの子』の力の使い方がわかりましたの。これから末長くよろしくお願いします。ギルバート様」
末長くという単語に、心臓が強く脈を打った。
暗殺が目的ではないらしい。
そして、ずっと俺と一緒にいてくれるらしい。
「……喜ばないでくださいギルバート様」
背後からカイルの冷たい指摘の声。
背中しか見えていないはずなのに、俺の心が分かったらしい。
いやでも、ここは喜ぶところだろ?
カイルは背後でため息を一つこぼすと、何事もなかったかのようにベアトリスに恭しく礼をする。
「お待ちしておりました。ギルバート様の執事を務めております。カイルと申します。侍女がお部屋にご案内を」
「ええ、よろしくお願いします」
カイルの指示を受けた侍女が、ベアトリスを屋敷の奥へと案内する。ほのかに残る彼女の甘い花のような香りが鼻をくすぐり、ゆっくりと空気に溶けていった。
「……面白いじゃないか」
「何も面白くないですよ」
カイルはどこまでも厳しかった。
手強い妻との新生活は始まったばかりだ。
悪役王子と元聖女。
溺愛したい×呪いたいの戦いが幕を開けます。
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