32話 狂王子と真実
祝賀会の朝。
空が白く染まり始めた明け方に、教会内に準備された客間からこっそりと外に抜け出した。
聖なる泉では、聖女候補の少女たちが朝の祈りを捧げている。それを横目に見ながら、教会を囲う鬱蒼とした森の中に飛び込んだ。
痕跡を残さないよう細心の注意を払いながらカイルと進む。
目指すのは、教会周囲に建てられた古い管理小屋。
昔は選定式の合間、人目を盗んでレイヤードと語り合っていた場所だ。
東から登る太陽が木々の上から顔を覗かせた頃、目的の小屋が見えてきた。
長い年月、雨風に晒され訪れる者もいなくなったその小屋は、木肌も黒く濁り不格好に歪んでいる。
——選定式では三人の聖女候補が選ばれた。
その間、レイヤードは王位継承者候補として、これ以上にない対応を貴族達に示した。
計画は順調なんだ。
順調すぎて気味が悪いほどに。
教会関係者と貴族達の会話で不気味な違和感にトドメを刺された。
毒に倒れた王妃の治癒が未だ行われていないらしい。
王妃自身が治癒の力を使える聖女なのにも関わらず。
王宮内に聖女がいるにも関わらず。
王妃は苦しみの中放置されているという。
理由は単純だ。
王妃を治した者こそが『次の王妃』だと誰かが煽動した。
同じ母から生まれた第一王子と第五王子。
アルフレッドにも、レイヤードにも婚約者がいない現状。
王位も定まっていない中で煽られた聖女達は、自分の価値を主張し、互いに足を引っ張り合って膠着状態に陥っている。
これによって、アルフレッドは最大の後ろ盾である王妃を封じられ、レイヤードは圧倒的な優位に躍り出た。
聖女の価値が、また高まる事を除けば——
上手くいきすぎて、気味が悪い。
この不気味な違和感を、俺はベアトリスの記憶にあるもう一つの違和感へと重ね合わせる。
彼女の記憶の中で俺が王宮に向かった理由は分かっていた。イグナーツとカイルが処刑され、味方なんて存在しなかった俺が王宮に向かったのは、ベアトリスが危険だと気付いたからだ。
第二王子と第四王子が俺を利用して功績を上げた。
そんな中、レイヤード暗殺事件の犯人を捕縛する功績作りに失敗したアルフレッドは、王位継承の不利を補うため『婚約者の挿げ替え』を目論む。
役立たずの大聖女を、優秀な聖女に挿げ替えるために。
だから、俺は彼女を救うために王宮へ向かった。
でもそのために王宮を火の海にして、国王や他の王子を惨殺するなんて手段を選ぶだろうか。
……うん、絶対選ばないな。
王宮に火を放ってベアトリスがうっかり死んだらどうする。
大体、ご丁寧に一人ずつ王子を殺していく意味がわからない。国王まで殺す必要なんてどこにもない。
ベアトリスさえ無事であればいいんだ。
怨みつらみで殺すとしてもベアトリスを害そうとしたアルフレッド一人だけ。その自信がある。
じゃあ、俺を王宮に誘い込んで火を放ったのは誰だ。
駆けつけた王子と国王を切り殺したの誰だ。
どれ程窮地に追い込まれたとしても、アルフレッドに王宮を燃やし、国王を切り殺す度胸なんてあるとは思えない。
混乱に乗じて、全てを乗っ取りたかった人間がいる。
——最初は王妃の可能性を疑っていた。
アルフレッドという最愛の第一王子を確実に王座に押し上げ、聖女の価値と発言権をさらに高めるための大胆な謀略を。
でも——違う。
彼女じゃない。
「カイル。周囲を見張っていろ」
「かしこまりました」
少し離れた場所でカイルと別れ、俺は一人で小屋の前に立った。
建て付けの悪い木の扉を押し開けると、内部にこもったカビ臭い湿気が鼻をつく。
もし——最初から全員が操られていたのだとしたら?
第四王子にはトリスカ国と俺を使って功績を得る方法を教唆し、第二王子にはスラム街と俺との繋がりを教えた上で、妙薬の情報を横流しする。
二人に功績を与えた上で、焦る第一王子アルフレッドの耳元でこう囁くのだ。
『僕が暗殺されたことにして、兄上がその犯人を捕らえればいい。そうすれば、兄上が次の国王だ』
簡単に功績を作れる、甘い策謀の誘い。
「兄上の為に、僕はどんなことでもやる」
かつて俺が言われたのと全く同じ言葉で、他の王子達全員が惑わされていたのだとしたら。
自分だけの味方だと思い込み、彼と『コインの表裏』のような秘密の共犯関係になっていたとすれば、操るのにこれほど楽なことはない。
そして一度『死んだ』ことにして全員の意識から消え去ってしまえば、誰の目にも留まらず、王宮の火災に乗じて国王や他の王子たちを順番に惨殺していくことなど容易い。
全ては、あいつが最後に唯一の生存者として玉座に座るため。
となると、この小屋にいるのは……
「……ギルバート?」
中にいたのは目深にフードを被った人間だった。
その人物が発した何度も聞いたことのある声に、ビリッと背筋に嫌なものが走る。
フードの陰から覗くのは、見覚えのある黄金の髪と青い瞳。
その目線は、丁度俺と同じ高さにある。
アルフレッド第一王子がそこにいた。
「伏せろ!!」
ボタンに仕込んだ防御の魔法陣に魔力を流すと同時に、鼓膜を引き裂くような爆音と熱風が小屋を襲った。
周囲の木々を薙ぎ倒し、古い木材の破片が全方位に弾け飛ぶ。
爆風に弾かれ、地面に叩きつけられた俺はすぐさま顔を上げた。
爆風の衝撃で視界が眩む。高い耳鳴りだけが響き、周囲の音を拾えない。
立ち上る黒煙。小屋の残骸が赤い光の残滓を残した炎に包まれ、燃え盛っているのが見えた。
魔術の罠だ——
少し離れた場所で、アルフレッドが地面に転がっていた。その腹に木の破片が刺さっている。
ここに来るまで何度も蓋をした疑いが、この事実をもってして真実へと変わった。
全ての黒幕は——レイヤードだ。
純真に慕う弟の顔を振り撒いて、彼は全ての王子と繋がっていた。
俺達の、思想も、手札も、動きも、全てレイヤードの掌の上。
情報と信頼をひと所に集めたレイヤードが、裏から糸を引いて王子達を操っていた。
互いを潰し合わせるために。
第四王子マクスベルも。
第二王子ロベルトも。
第一王子アルフレッドも。
そして、第三王子である俺も。
全員、レイヤードの操り人形。
互いに壊し合った俺達の屍の上に最後に立つのは、清廉潔白な第五王子だ──




