31話 狂王子と選定式2
選定式。
この日の為に聖なる泉の前には祭壇が拵えられる。
泉を見下ろす周囲の小高い丘や斜面には貴族達が見守る白い天幕が張られた。他国からは泉の前で大規模なお茶会を開催してるようにみえるかもしれない。
でもこれは、聖女の可能性を秘めるかどうか、少女達の一生を左右する歴とした儀式だ。
一際大きく、金糸の刺繍が施された王族専用の天幕から、俺は冷ややかに儀式を見下ろしていた。
選定式ではただの魔力測定も、仰々しく一人ずつ名前を呼ばれ、多くの貴族の前で大司教直々に測定される。
緻密な銀細工の装飾が施された鏡を模した測定の術具。そこに魔力を流せば、当人の魔力量で色が変わるという仕組みになっている。
教会から出てきた少女が、芝生の上に敷かれた白い絨毯の上を歩いて祭壇のある泉のほとりへと足を進めた。
祭壇の上で、大司教から術具を手渡され、最高クラスの魔力量を示す金色に術具が輝くと、周囲から祝福の拍手が巻き起こる。
ただ——聖女候補となるにはここからが重要だ。
幼い貴族令嬢はその場で一礼し、観衆からくるりと背を向け、静まり返る泉へと向き直った。
水際まで足を進め、膝をつき水面にそっと手を沈める。
何度も練習してきたであろう、儀式の文言を幼い声が紡いだ。
「彼誰時、黎明の空に集う者達よ。秘色の水を敬愛する者達よ。我は灰を投じず、声と心を捧げる者也。我の前に姿を現し給え――」
固唾を飲んで見守る貴族達。周囲は静寂に包まれた。
幼い少女の手から、不安定な魔力が泉に溶けていく。
水面がさざめく音だけが張り詰めた空気を満たす、ほんの数十秒の短い時間。
大司教が少女の肩にそっと手を置いた。
泣き出しそうなその顔に、緩く首を振る。
彼女は精霊に選ばれなかった。
精霊に愛される素質があると、金色の光が周囲に舞うのだ。
……その幻想的な光景もゾーイを調べ上げたことで全てが筒抜けだ。
要は、初めて見かける高魔力の少女に興味を持った気まぐれな精霊が、物珍しさに集まっただけ。
この少女も長く泉のそばで過ごせば愛される機会があるかも知れない。魔力が少ない貴族令嬢でも、平民でもチャンスはある。
要は『精霊に気に入られるか』どうか、それだけの話だから。
それでも選定式では、このたった一度の試験で令嬢と家の命運が決まる。
希少性と宿命的な価値をこれでもかと高めた儀式は、現存する精霊の数が限られていることと、一つの家に権力が集まることを防ぐためか。
聖女候補になれなかった先ほどの少女が、重い足取りで屋内へと退場していく。
天幕の隙間から彼女の父親と思われる高官の姿が見えた。その小さな背中を失望を滲ませた冷徹な視線で見送っている。
その瞳に、過去父親に向けられた記憶を重ねてしまい小さく首を振った。あの少女がこの後不必要に責められないことを願いながら、そっと息を吐く。
「何度見ても、気味が悪くて反吐が出る」
次の少女の場を整える為、今度は現在の聖女候補達が泉へと足を運んだ。術具を入れ替え、先ほど流された魔力を塗り替えるように泉へ自らの魔力を注いでいく。
精霊に愛されるということはどういうことかを見せつけるように、何もない空間からキラキラと光を粒が——精霊が姿を現した。
彼らは遊んでくれと言わんばかりに、聖女候補達の周囲で光っている。
この地獄のような選定の儀式を二日。
その後の祝賀会も含めれば三日間。
俺はここで王子として儀式に参加しなくてはいけない。
「帰りたい……」
「まだ一人目ですよ。地盤固めのため今回は『まともな』社交もするのでしょう?」
背後からカイルが俺のお茶を入れ替え、淡々と喝を入れた。俺は行儀悪く机に突っ伏して、腐敗し切った教会と聖女の仕組みをどう改革していくか思案しながら弱音を吐き出す。
「もういっそ辺境の地に領地でももらって、悠々自適な夫婦生活を送りたい……そちらの方が絶対楽だ。間違いない」
「レイヤード様を次期国王として支える有能な臣下として頑張ってください。あとレイヤード様から密書を預かりました」
会場を行き交う従者を介してカイルの元へ届けられた密書。手早く受け取り、給仕するカイルの陰に隠しながら開いた。
「……王妃の暗殺未遂で相談したいことがあると」
「いつですか」
「祝賀会の前だ。あれほど選定式の単独行動は慎めと言っておいたのに……!」
俺は手紙を握りつぶし、離れた位置にある別の天幕で儀式を見守るレイヤードに視線を向けた。
第二王子と第四王子の派閥にいた貴族を引き込んで数だけは増えたが、レイヤードの地盤は決して固くない。
急に頭角を表した謎多き王子を品定めするような視線に加え、敵意を孕んだ目が交差する会場内。
結局姿を見せない王妃。
どこか張り詰めた空気を纏いながら、国王に媚びへつらう聖女達。
王妃の暗殺未遂に奇妙な違和感があるのは理解している。
だけど、一番危険なのは他の誰でもなくお前だ!
レイヤード!!
レイヤードは俺の視線に気づくこともなく、微笑みを顔に貼り付けたまま静かに聖霊の光を見つめている。
そのすぐ近くで——
憎しみを露わにしてレイヤードを見る第一王子アルフレッドを見つけた。
その瞳を見た瞬間、俺の背筋にぞわりと冷たいものが走った。




