28話 元聖女と闇の精霊3
「で、何を知りたいのさ。僕はお前じゃなくて、ベアトリスと話したいんだけど」
「残念だが、ベアトリスは俺の妻だ。俺はお前を見定める権利がある」
「僕はベアトリスと魂で結ばれた精霊だ。夫か何か知らないけど、お前とは格が違うんだよバーカ」
口が悪い。そして地味に言い返せない。
カイルが後ろから精霊にスッと手を差し出し勝敗をジャッジした。頼んでない。
「そもそも、精霊の契約とはなんだ」
思いがけないことを言われたとばかりに、精霊は首を傾け片眉を上げた。
「いや、契約をしてくれって言いにくるのは人間側だろ。僕たちは、あの泉に来る自分のお気に入りのお願いを聞いてやっているだけさ」
「お気に入り、ということはベアトリスをお前が選んだんだな」
「そうだよ。ベアトリスがわざと泉に浮かべるムクノキの葉をケヤキの葉に入れ替えてアイツを拒絶したんだ。その隙に、僕が滑り込んだ」
アイツとは時を戻す光の精霊のことだろうか。
隣でベアトリスがビクリと肩を震わせた。それを見た精霊は意地悪くニタリと笑う。
「ずっとアイツは力を貸してくれてたのに突き放すなんて酷いじゃないか」
ベアトリスは唇を結び、手を強く握りしめた。揺れる睫毛の奥に見えるのは罪悪感だろうか。
聖女と精霊の間に芽生える感情を、俺は知らない。自分の一部にするような特別な何かだということはわかるけど。
ただ——どんな理由があるにせよベアトリスを悲しませるのは許せなかった。
「口の聞き方に気をつけるんだな。その羽をもいでやってもいいんだぞ」
「いひゃい! ほれが力を貸ひてる精霊にふることかお!」
「俺が力を貸してもらってる訳じゃないからな」
両指で精霊の頬を引っ張った。
痛いなんて当たり前だろ。わざとやってるんだから。
弾くように指を離すと、精霊は涙を浮かべながら俺を睨みつける。
「お前のことだって知ってるんだからな! ベアトリスと僕の木の下で一緒に……もがっ」
「聞かれたことにだけ答えろ。わかったな」
思わず精霊の口を塞いだ。あまりの小ささに口というよりも握りつぶす勢いで掴んでしまったけれど、こんなところで暴露されたくない。
手の中で暴れる精霊に、ベアトリスが慌てて俺を制止する。
「ちょっとギルバート! やめて!」
指を離すと、精霊は羽を萎ませて唇を尖らせた。
「なんでこんな扱い……」
「ずっとって言ったわね。貴方は……ううん。貴方達は私が時間をやり直していることを知ってるのね?」
「当たり前だろ。僕だって聞きたい。あいつと毎回契約すれば、永遠に生きられたのに。ベアトリスはどうして嬉しくなかったの?」
尋ねる精霊の顔は真剣そのもの。
誰が不遇な扱いの末に殺される人生を繰り返したいと思うのだろうか。でもきっと、彼ら精霊と人間では感覚そのものが違うのだろう。
「繰り返すだけじゃ……変えられなかったの」
「ふぅん」
精霊は不思議そうな顔でベアトリスを見上げてる。
そう、会話はできるのだ。
齟齬は埋めることができる。
「精霊。お前はどういうつもりでベアトリスと契約した? 闇の精霊は周囲も契約者も破滅に導くらしいがそのつもりで契約してるのか?」
口を挟むと、精霊は「はぁ?」と顔を顰めた。
「ベアトリスに幸せになってほしいから力を貸してるんだ! ふざけんな! そもそも闇の精霊ってなんだよ! 人を劣等種みたいに言いやがって!」
ベアトリスは小さく息を呑んだ。
黒の光を放つ精霊も白の光を放つ精霊も分類したのは人間の都合だ。
精霊に意思がある以上、その本質は分からない。
でも、俺は思ったんだ。
あの日、ケヤキの下でベアトリスの周りに舞う彼等を見て。孤独な少女に寄り添い、影が落ちた道を転ばないよう照らした彼等を見て。
精霊は彼女を愛してるんだと、そう思った。
まあ、俺の方が愛してるけど。
吊るされたままバタバタと暴れる精霊の紐を摘み上げ、ベアトリスに差し出した。ベアトリスの出した両手の上に、ちょこんと精霊を乗っける。
「だそうだ。あと数分は姿が見えるから教育してやれ」
カッコよく決まった。
髪を掻き上げて、勝利の笑みを向ける。
その瞬間、肌が粟立った。
ベアトリスの纏う魔力がずわりと精霊に引き寄せられる。精霊の黒い瞳が、ベアトリスと同じ金色へと色を変えた。
ベアトリスの魔力が、別の何かに変換される。
息を吹きかけるように、その力が俺へと向けられた。
バキッ——
抜け落ちたのは床だった。
足場が崩落し、重力が俺を階下へと引き摺り下ろす。
咄嗟に、床の縁に手をかけた。
「ちょっと! ギルバート大丈夫!?」
「ああっ……」
何事かと真下にいた使用人が俺を見上げる。
ケタケタと響き渡るのは精霊の笑い声。
床にぶら下がる俺を見て、カイルがスッと精霊に手を差し勝敗をジャッジする。
先に助けろ!!
「離宮を壊すようなことしちゃダメ!!」
「えぇー?」
ベアトリスは掌の上の精霊を叱った。
まるで子供に言い聞かせるように、ビシッと指を立てて。
可愛いけれどそうじゃない。
俺を呪うことを先に叱って欲しい。
どうやって降りようかと思案する中。ぶら下がり手足が出ない状態の俺に向かって、精霊はしれっと舌を出し「ざまぁみろ」とばかりに挑発していた。




