25話 元聖女と不明瞭な未来2
ベアトリスが知っている未来。
選定式の真っ只中、レイヤードは教会に隣接する小屋で俺に切り殺された。
その現場をアルフレッド王子に押さえられたそうだ。
この事件に関して、ベアトリスが持っている情報はたったこれだけ。
「何があったか分からない。私、選定式の頃には候補者の令嬢達のお世話に回されていたから……」
悔しげにベアトリスは眉を避けた。
「突然騒がしくなって、第五王子が暗殺されたという知らせが入って儀式自体が中断したの。爆発が起こったこともあった。アルフレッドに伝えたこともあったけど、何も……変わらない。変わらなかったの……!」
「そうか……まぁでも、現状できることは少ないな。俺は表立ってレイヤードに会うことはできない」
「呑気すぎない!? レイヤード王子には伝えないの!? 味方なんでしょう!?」
「未来がすでに変わっている可能性があるだろう」
この計画はレイヤードが王になることを前提に立てられている。
俺とレイヤードはコインの表と裏。
どちらかが欠ければ、すでにコインとして意味を為さないのだ。
俺が存分に悪役として力を奮えているのも、次期国王の座にレイヤードがつく事を見越してのこと。
だからこそ俺がレイヤードを殺す理由がない。
だからこの事件にも黒幕がいる。
順当に考えれば、現場を押さえたアルフレッドが怪しいが他の王子が事件を起こした可能性も捨てきれない。
ただ、すでに第二王子も第四王子も牢の中。
現時点では事件すら起こらないことだって十分に考えられるし、逆に全く違う謀略が進んでいる可能性もある。
要は——何も分からないのだ。
まぁ、未来なんてそんなものだけど。
「時を戻す精霊の存在を伝えてなんになる? 余計な情報を与えて、君と契約している闇の精霊の存在を勘付かれたくない」
「どうして」
「俺は未来を見ているからな」
不服そうなベアトリスの顔。それを見て、カイルが「言葉が足りない」と小さく呟いた。
傷つけたくない。
だからこそ、頭の中で必死に言葉を選ぶ。
「あれだ……全てが片付いた後、妙な使い方に利用されたくないだろう」
道具として。という言葉はやっぱり飲み込んだ。
カイルから「40点」とシビアな採点が下る。厳しい。
「何もしないとは言ってないからな? レイヤードの周囲を探って不穏な動きがないかは確認するつもりだ。ただ、変に情報に縛られても身動きが取れなくなる」
「わ……分かってるわよ!」
思い当たることがあったのか、ベアトリスは語気を強めた。
視界の端でカイルが「30点」と小さく呟く。
何故か下がった。
情報収集は周囲を使うとして、俺に残された問題は——
夫婦関係の向上だ。
それには、大きな壁が立ちはだかっている。
「ベアトリス」
「ひゃっ!?」
彼女の手を握り抱き寄せた。
急接近する互いの顔。
交差する赤と金の瞳。
彼女が声を上げた途端、魔力が揺れる。
「ちゅ」
——甘い音が室内に響く。
などという、ロマンチックな展開は闇の精霊を前にして起こるはずがなかった。
この音は口付けの音なんかじゃない。
ネズミの鳴き声だ。
突然、天井から降ってきたネズミが俺の頭に着地し、べアトリスの視線が移る。
「嫌ぁ!!」
バシーンと小気味良い音を響かせて、ベアトリスの手のひらが俺の頬を直撃した。
ベアトリスは、ネズミに驚いただけ。
ネズミから距離を取ろうとして、手元が狂っただけだ。
殴られた衝撃で崩れたバランスをすんでの所で踏みとどまった。目の前には鋭利な飾りがついた燭台。
転んでいたら、燭台に腹を貫かれていた。
「ご……ごめんなさい。その、驚いただけで……」
泣きそうな顔のベアトリス。
そう。ベアトリスと契約した精霊は、彼女が大きく感情を揺らすだけで、不運を起こすのだ。
これでは、距離を縮めるに当たって、命と尊厳が幾つあっても足りない気がする。
「怖い顔を突然近づけられて、ご自分の危機を感じたのでは?」
うるさいカイル。
ここぞとばかりに発言するな。
「俺に……触られるのは嫌か?」
嫌って言わないでください。
お願いします。お願いします。お願いします。
祈るような気持ちでベアトリスに圧をかける。
彼女は、言葉に詰まらせながらもようやく口を開いた。
「嫌じゃない……けど」
視線を逸らすベアトリスの頬が赤い。
ひとまず、頬をつねって現実か確かめてみた。
しっかり痛いから幻覚じゃない。
脳内で鳴り響くファンファーレ。
それは祝福であると共に、戦闘の合図だ。
彼女と契約した精霊。
こいつと話をつけなくてはいけない。
「闇の精霊をズタズタに切り裂き、俺に恥をかかせたことを後悔させてやる」
「本心と建前が逆ですよ。ベアトリス様が青ざめてます」
魔力が揺れ、鈴の音が鳴る。
俺は見事、二度目の不運を食らった。




