24話 元聖女と不明瞭な未来
「レイヤード王子!」
どんな登場の仕方だ、と冷めた視線を向けた俺とカイル。反して、長椅子から立ち上がったベアトリスは目を丸くして彼の登場に驚きを見せた。
レイヤードは礼をしようと姿勢を正したベアトリスの手を握り「久しぶりですね」とぶんぶん振り回す。
ベアトリスとレイヤードの邂逅はまだ二度目。
にも関わらず、親しい友人のように振る舞うレイヤードの狂った距離感に、ベアトリスは反応に困って目を白黒させていた。
レイヤードはそんな彼女の様子など気にも止めず、パッと彼女の手を離し、忙しない子犬のように今度は俺に親指を立てる。
「あっちはちゃんと片付きましたよ。概ね計画通りです。それにしても、先程はびっくりしましたね。まさか自分のマントを踏んで転んでしまうなんて。兄上が何かやったんですか?」
「そんな訳ないだろ。マントを踏ませるなんてどんな魔術だ」
「ふふっ……そうですよね」
レイヤードはクスクスと笑みを漏らしながら扉を閉めた。
その様子からして、マクスベルの国使暗殺未遂事件に引き続き、無事自身の功績として収めることに成功したようだ。
ベアトリスはまだ信じられないとばかりに俺とレイヤードを何度も見比べる。
「あの、先ほどの話は本当なんですか……?」
「王座の話ですか? はい。そのつもりで僕達は何年も前から計画を立てていますよ。ね? 兄上」
旅行の計画でも立てているかのような無邪気さを全面に出しながら、レイヤードは俺に同意を求める。
ベアトリスは失礼に当たらない程度でその能天気な姿に眉を寄せた。
まあ、当然の反応だ。
レイヤードの態度は見ての通りだし、身体も決して大きくない。ベアトリスと並んでもそれほど差がないくらいだ。
魔力は多い方だとは思うが不器用で、魔術の発動はできても緻密なコントロールは苦手としている。
剣の腕も新人兵士並みなので、ベアトリスが言外に含んだ心情は理解ができた。
一言で言うと、頼りない。
「頭はちゃんと切れるから……安心していい」
「えー!? 酷いですよ兄上。まるでそれしか能がないみたいな」
レイヤードは口を尖らせながら上目遣いで俺を睨んだ。
ベアトリスなら大歓迎だが、男にやられても嬉しくない。
小さく舌打ちし、頭ひとつ分違うレイヤードを上から見下ろす。
「まずその話し方をやめろ。国王になった後もそんな態度で臣下に接するつもりか」
「親しみやすいとみんな油断してくれるんですよ」
凄んだところで、へらりと笑って誤魔化すレイヤード。
俺は額に手を当て首を降った。
「ベアトリス様、安心してください。僕は兄上のことを本当に尊敬しているんです。聖女の力だけに頼らない国作り。他国と手を取り合い、発展していくという兄上の理想は本当に尊いものだと。兄上の為なら僕はどんなことでもやるつもりです」
昔からそうだ。
レイヤードは何度も俺に同じことを言った。
兄上の理想を実現するために、手を貸したいと。
俺の為に、どんなことでもやると。
「本当は兄上の臣下に降りたかったのですが、政治的な摩擦の面で王妃の子供である僕が王座につく方が貴族達も納得するでしょう」
だから俺は——
「だから、僕は」
レイヤードに「王になれ」と告げた。
「兄上の代わりに王になります」
計画の最終目標はレイヤードを王位に押し上げること。
聖女という特別な力の独占。
特に病の治癒という圧倒的な奇跡。
それで成り立つ国のあり方をレイヤードの代で覆す。
それを実現するにおいて、レイヤードは他の王子にはない才能を持っていた。
彼は誰とも衝突を起こさないのだ。
悪く言えば誰の眼中にも入っていないということだが、よく言えば政敵を油断させられるという稀有な才能。
レイヤードは、どの派閥の貴族をも取り込める可能性があった。
それを証明するように、マクスベル王子とロベルト王子についていた貴族達が今、こぞってレイヤード派に流れているそうだ。
俺とは違う意味で誰からも期待されていなかったレイヤード。それが今、巨大な後ろ盾に依存するばかりで、無駄に政敵が多いアルフレッドに優位を取った形が出来上がった。
トリスカ国との繋がりや救護院で得た研究結果、マクスベルやロベルトの陰謀を未然に防いだという大きな功績も全てレイヤードに渡してある。
俺はただ、全ての事件に首を突っ込み、レイヤードの優秀さと清廉さを引き立たせる悪役を演じただけ。
手札は揃った。
後はレイヤードが王位をもぎ取るだけだ。
「それは……っ」
ベアトリスが彼の無邪気な顔から視線を逸らす。
彼女が過去を語った時から引っかかっていた。
王宮が火の海になる前に起こった、王子の暗殺。
その王子の名前を敢えてベアトリスが語らなかった理由——
やっぱりそうか。
「マクスベルとロベルトが消えた今、計画は最終段階だ。お前は身辺に気を配れ。一人で出歩くな」
「そうですね。いつ暗殺されてもおかしくない身の上になっちゃいましたから。兄上が側にいてくれたら安心なんですけど」
「無理だ。諦めろ」
「分かってますよーだ。まぁ、兄上からもらったお守りもありますから大丈夫です」
そんなことを言いながらも、全く危機感のない顔でレイヤードは笑う。
そのまま、今回の事件にあたり変更したアルコールの保管場所と新たに病の研究を進める王都の魔術師達の情報をレイヤードに渡した。
レイヤードからは、王宮にいる貴族達の動きが伝えられた。
「さあ、後少しだから頑張らないと。父上は二人も王子が減ったことで、危機感を募らせているようでした。もしかしたら次期国王の内定時期が早まるかもしれません」
「俺の王位継承順位も上がっているからな。まあ、ここから先、狂王子は大人しくしているさ」
わざとらしく両手を上げると、レイヤードはクスクスと笑って自分の離宮へと帰っていった。
部屋に残されたのは、俺とベアトリス。
そしてやり取りを見守っていたカイルだけ。
閉じた扉と遠ざかる足音を見送って、黙ったまま俯くベアトリスに向き直る。
「まだ俺に言えていないことがあるな。次に起こる王子の暗殺……殺されるのはレイヤードか」
「ベアトリス様は表情を取り繕うのが苦手すぎます。何か勘付かれるのではないかとヒヤヒヤしました」
カイルにまで指摘されたことでベアトリスは声を詰まらせる。
「そう、レイヤード王子が……暗殺されるの」
「それはいつのことだ?」
「秋の終わり。聖女候補の選定式で」
ベアトリスの視線は重たく、最後の姿を目に焼き付けるように閉じられた扉へと向けられていた。




