23話 元聖女と陰謀を阻止した先で
ロベルトの指先が、マントの下へと移動する。
俺は背後のベアトリスを庇いつつ一歩後ろに下がった。
魔術は切り札。公に出すわけにはいかない。
応戦するため、腰に忍ばせた小さなナイフに手を伸ばす。
「危ない!!」
背後から聞こえたベアトリスの声。その声が耳に届く前に俺はナイフを抜いていた。
同時に感じた、不運の気配——
一瞬の出来事だった。
立ち上がったヴォルマールは、自身のマントを踏みつけ、バランスを崩した。
その際、手に持っていた小刀が自身の服を掠め、中から白い砂糖菓子を模した錠剤が宙を舞う。
宙を舞った錠剤は、無様に転んだロベルトの周囲に音もなく落下した。
「うぐぅ……」
否定することも許されない動かぬ証拠を自身でばら撒き、最後の抵抗すらも許されなかった情けない最後。
「なんだ……何か妙な音が」
闇の精霊が齎す鈴のような音が王座の間に反響し、その場にいた数人が宙を見上げ音の発生源を探す。
チラリと背後のベアトリスに視線を向ける。
彼女は突然の出来事に浅い呼吸を繰り返しながらしながら、手をロベルトに掲げていた。
どうやら、誰かが手を下さずとも不運の呪いにロベルトはやられたらしい。
……ちょっと不憫に思ってしまった。カッコ悪すぎて。
この呪いは、尊厳を奪わないと気が済まないのだろうか。
ひとまず、ここで気を抜くべきじゃない。
抜いたナイフが見つからないようそっと鞘に戻し、王座に向き直る。
「動かぬ証拠が出たようなので、俺とベアトリスはこれで失礼する。ああ、おかしくなった人間の治療はマディローゼ様の力を使えばいいんじゃないか? 彼女は聖女候補時代から私の妻よりも優秀であると自負されていたほど聖霊に愛された聖女様だからな」
騎士が慌ててロベルトとマディローゼを捕縛した。
後ろ手に縛られながら、ロベルトは放心し、マディローゼは顔を歪めベアトリスを睨みつける。
俺は彼女に見せつけるようにベアトリスの手を取って、一度だけ笑顔を向けると、王座の間を後にする。
閉じられた扉の先では、ベアトリスの名を叫ぶマディローゼの声が響いていた。
「……ギルバート……貴方、マディローゼを鼻で笑ったでしょ!? 性格悪すぎっ! どんなトドメの刺し方よ!」
「マディローゼが牢に入らないよう最大限配慮したのだから、これくらいは許されるさ」
彼女は聖女候補時代から何かにつけてベアトリスに嫌がらせを繰り返していた人物だ。
いつか絶対思い知らせてやろうと思っていた。
「それより、さっきは助かった。刃物を持ち込んだことも、魔術が使えることも貴族達には知られたくない。ただ相変わらず変なことばかりを起こす呪いだな」
あのような緊迫した空気で、マントを踏んづけてしまうなんて地獄絵図にも程がある。ベアトリスは魔力を確かめるように手を何度も開いた。
「魔力の加減を間違えると、多分死んじゃうと思うの。心臓が急に止まったりだって不運の一つでしょう?」
「な……なら俺は手加減されていたということだな」
何それ怖い。
ベアトリスが本気になれば一瞬で、俺もあの時の野盗も殺せていたということだ。ベアトリスは優しい。きっと命が奪われることを心から忌避しているのだろう。
一方、俺はどうだろうか。
彼女の命が危ぶまれるなら、他者を殺すことも厭わないかもしれない。
王宮を火の海に変えることだって、きっとできてしまう。
不穏な思考が脳裏を掠めた矢先。柱の影で身を潜めていたカイルがするりと背後に合流する。
「首尾は?」
「失敗するわけがないだろ。あとはレイヤードが上手くやるさ」
ロベルトは最後、自分自身にトドメを刺していたが仮にも王子だ。マクスベルの例に倣って処刑は免れるだろう。
ロベルトに従事していた貴族達も恩赦が与えられるはずだ。ロベルト派閥の人間から向けられる憎悪や報復は……自分でなんとかするしかないけれども。
すれ違う使用人、貴族達が俺たちに視線を向ける。
決して友好的ではないその目に、俺のエスコートを受けるベアトリスの手に僅かに力が籠った。
その度に高鳴る胸。もっと俺に敵意を向けてくれ。
「本当に……嫌われてるのね」
「それくらいが気楽だろ。無駄な暗殺を回避できるからな」
王座の間に集まっているおかげで、王宮内に人が少ない。
このまま待ち合わせ場所に向かっても問題はなさそうだ。回廊をいくつか曲がって人気のない一角に入る。
一見物置きのような飾りの少ない扉を開け、するりと身体を滑り込ませた。
閉じられたまま何年も放置された部屋。家具にかけられた布には薄く埃が積もり、蜘蛛の巣が張っている。白くなった床には足跡が残った。
進み出たカイルが布を避け、衣装を汚さないスペースを確保した長椅子に腰を下ろす。
「ベアトリス様、お茶の用意はできませんからこちらを」
カイルが差し出した水筒を静かに受け取ったベアトリスは、その縁にそっと口をつけながらキョロキョロと周囲を見渡した。
「ここは……?」
「幼少期、俺が育った部屋だ。元々使われていない一角だし、ここなら誰も来ないからな」
「幼い王子が育つ部屋はもっと上の階でしょう!?」
「ギリギリまで母親と共に処分を検討された子供に与える部屋だぞ? アルフレッドやロベルトと同じ待遇が与えられる訳がないだろう」
窓には格子が入った、牢獄のような場所だった。
共に育ったカイルも、その母も窮屈極まりない生活を押し付けられ、息を殺すように生きてきた過去の記憶。
ベアトリスは唇を結び、物置に家具だけを押し込んで体裁を整えたような部屋を見渡す。
「どうして、譲ったの?」
「……何を?」
「レイヤード王子に手柄を譲ったでしょう? 貴方は、わざわざ遅れて登場して証人を届けただけ。しかも、あんなやり方で届ければ、貴族達の感情はロベルト王子への怒りより貴方のやり方に疑問が残る」
「全員まとめて処刑台送りが好みか?」
え、物騒じゃない!?
ベアトリスに視線を向けると、彼女は手に水筒を握ったままフルフルと首を振る。
「販売元から、ロベルト王子までを辿って証拠を揃えたのはギルバートでしょう?! 功績を譲らなきゃ、もう少し国王や貴族達の評価だって……!」
「別に俺は国王の椅子に興味はないからな」
「え……そうなの?」
むしろこっちが驚きなのだが。
ベアトリスは王妃になりたいの!?
ただの王子じゃダメですか!?
ただ見つめ合う俺たちに、カイルがはぁとため息を漏らす。
「ギルバート様が功績を譲り、悪役のように振る舞うのは、契約のためですよ」
「契約?」
「王座に座るのはギルバート様じゃありません。座るのは……」
「僕ですよ。ベアトリス様」
入ってきた扉が再び開く。
レイヤードは腰に手を当てかっこいい登場とばかりのキメ顔を俺たちに向けていた。




