22話 元聖女と謀略を阻止せよ
話し終えたベアトリスの前で、俺たちは一切の言葉が出なくなっていた。
痛みを伴うような重苦しい沈黙が部屋を満たす。
悪い夢だと思いたい。
だってこの話が本当なら――
ベアトリスは何度も、何度も不遇の死を遂げている事になる。
目の前で瞳を揺らす彼女は、どんな気持ちで時を繰り返したのだろう。無力な自分と向き合い、たった一人で足掻いてきたのだろう。
どんな想いで……闇の精霊と契約を結んだのだろう。
「それだけ……俺のことを……?」
想ってるってこと!?
「どう聞けばその結論に至るんですかギルバート様。むしろ殺す事も辞さない覚悟で嫁がれてますから」
言葉にしていない気持ちを読むな。
カイルは壁にもたれたまま普段通りの冷静な言葉を俺に浴びせた。
イグナーツはかける言葉が見つからない様子ではあるけれど、特に驚いた様子はない。
「疑わないの……?」
「疑う余地がないだろ。ベアトリスは誰よりも期待された聖女候補だった」
彼女の周囲に集まる精霊達を俺もあのケヤキの下で見たのだから。
「それに、俺は君が儀式をわざと失敗した事に気づいていたからな」
何故? というあの時の疑問が全て一つに繋がった。
精霊の力は奇跡そのもの。世界の法則そのものを捻じ曲げる力を持っている。断片的だが確かな情報をベアトリスが持っていることは、それを裏付けていた。
トリスカ国の一件。
ベアトリスが国使の暗殺を防ごうとあの街を訪れなければ。
彼女が街にいる報告が上がらなければ。
彼女の後をつけなければ。
国使は暗殺され、俺は罪を着せられていた。
そして、今回のスラム街の反逆の件。
木箱にある、トリスカ国との取引で得た高濃度アルコールは確かに武器として使える代物だ。
目に入れば視力を奪い。火炎瓶を作ることもできる。油と混ぜれば、一瞬で爆発的に燃え広がる兵器の完成だ。
それが反乱の証拠だと言われてしまえば、言い逃れができない。
イグナーツには何度も書簡を送っているし、いくらでも罪を着せることができる。
「でも、死ぬって言われたのよ!? どうして驚かないの!?」
ベアトリスはイグナーツとカイルに視線を向けた。
イグナーツは指先を顎に当て、椅子にもたれかかるとニタリと笑う。
「まぁ、元々いつ死んでもおかしくない身の上だからな。反乱を起こすつもりだったのは事実だし」
「え?」
「ギル様に優しーく懐柔されたんだよ。反乱を起こしても命を無駄にするだけだから、その命をこっちに寄越せってな。言うことを聞かないなら、俺がこの手で鎮圧して功績の一つにしてやるとも言われたっけ?」
嫌味たらしく俺に視線を移すイグナーツにため息を漏らす。
「私は、元からギルバート様と共に何度も暗殺されかけていますからね。本当、乳母兄弟の間柄じゃなければ、こんなスレスレの生活を送らなくても良かったんですが」
恩着せがましい言い方でカイルまでもが付け加えた。
これだと俺が強制したみたいだろ。
まぁ、否定はできないけれど、ベアトリスの前で言うのはやめてほしい。
ベアトリスの記憶の通りなら、イグナーツとカイルはこれから死ぬ事になる。
そして当然、ベアトリスも。
ただ状況が変わった。
謀略の計画書は、断片的だとしても全てこちらに渡っている。
立ち上がり、ベアトリスの手を握ってこちらへ引き寄せた。よろめくベアトリスの細い腰に手を回す。
揺れていた金色の目は、ただ真っ直ぐに俺の瞳を捉えていた。
聖女を投げ捨て、俺を呪いに来てくれてありがとう。
やっぱり君は、俺にとって最高の聖女だ
「ベアトリス。話してくれたこと感謝する」
「そんなんじゃ……ただ貴方が」
「貴方じゃない。ギルバートだ」
どんな経緯だとしても俺は彼女の夫になることができた。
これだけは。彼女をこの手で幸せにできるこの座だけは、誰にも譲らない。
「ギルバート……」
薄い唇から紡がれた俺の名前は、どのような楽器よりも美しい音色を宿していた。
心なしか、ベアトリスの頬が赤い気がする。
嬉しくて死にそう。
もう絶対幸せにする。
その頬を涙で濡らすことは二度とないし、俺の全を賭けて許さない。
彼女の歩んできたその全ての過去と未来を俺が肯定する。
俺は袖の下で爪痕が残るほど、拳を強く握りしめた。
「罠の全貌が分かっている、圧倒的有利な逆転ゲームの始まりだな」
口から小さく笑いが漏れた。
ベアトリスを悲しませた黒幕を地獄に叩き落とすことができる。
「策を巡らせ、優位に立っていると勘違いしている愚か者が破滅する時の顔はさぞ滑稽だろうな……!!」
「ひっ! ほ……本当に悪党じゃないんでしょうね!?」
笑いかけた俺を見て、彼女はひどく顔を青ざめていた。
それをみて、カイルが俺とベアトリスの間に割り込みそっと距離を離す。
「ギルバート様、ベアトリス様が泣きそうですよ。離れてください」
「嘘だろ!?」
カイルの冷たい一言に、吹き出したイグナーツの笑い声だけが響いた。
腹を抱え散々と笑ったイグナーツは、片目だけで俺を楽しげに見上げる。
「で? どうするよ? まずは人を狂わせる……妙薬? が出回ったのが始まりだろ。出回っている先を突き止めるか?」
「いや、それは大体話を聞いている間に予想がついた」
「へ!?」
ベアトリスをそっと椅子に座らせ、部屋にいる全員を見渡す。
「発生源は北だ。でも、北の住民が貧民街に商品を持ち込むことは難しい。薬なんて名前をつけるなら尚更な。この辺りの人間は基本的に互いに顔が割れているし、イグナーツが取り仕切っているから勝手に商売もできない」
「いや。だから、それを掻い潜ってる輩がいるから問題なんだろう?」
「相手は貧民街から出回った形を成したいんだ。薬なんて呼ぶ必要もない。両方の街に出回らせるなら貧民街の人間を使って呼び名すら変える方が合理的だ」
イグナーツはようやく思い当たったらしく手を叩く。
俺は先ほど受け取ったまま懐に入れていた小袋を取り出した。
目の細かい綺麗な白い小袋。絞るための紐には、わざわざ飾りが付いている。貧困街は不釣り合いなソレは染みまみれの木の机の上でひどく浮いていた。
「貧民街で最近北の住民と取引を開始した人間を当たれ。そいつを辿れば黒幕にいき着く」
中から白くて丸い砂糖菓子のような物が転がった。
蝋燭の灯りに照らされた白が橙色の明かりに照らされゆらゆらと妖しく揺らめいていた。




