18話 元聖女は王都へ
離宮から一番近い城壁の上にベアトリスと二人で立った。
別に外出を制限されている訳ではないが、俺が王宮の正門から出るとなると通行記録が残る。
誰かに後をつけられる可能性があるし、根回しや謀略には不都合極まりない。
だから、王宮の敷地から外に出る時は城壁から抜け出すことにしていた。
今回のデートも同様に。
城壁の向こう側には、先に抜け出したカイルが、手配した馬車と共に俺達を待っている。
魔術書から風の魔法陣を二つ起動し、発現した空気の塊に乗っかるようにして俺は城壁から飛び降りた。
「早く来い。ベアトリス」
「ちょっと……こんな所から飛び降りるなんて」
「空気に膜を張っている。目には見えないがゆっくりと降下するから大丈夫だ」
普通に飛び降りれば怪我をする高さ。
ベアトリスは城壁に立ったまま、子猫のように俺に縋るような視線を向けた。
「……俺が抱いて飛び降りればよかったのでは」
「私もそう思いました」
背後からカイルの平坦な声が、俺の後悔に同意を示した。
先日の一件からベアトリスは俺を微妙に避けている。
不意に離宮内で出会った時に呪ってはくるものの、積極的に狙ってはこない。一先ず、様子見ということだろうか。
今回のデートに、これからの全てがかかっている気がした。俺は立ちすくむベアトリスに向かって、軽く腕を広げる。
「抱き止めてやるから降りて来い」
「い……いらないわよ!」
ベアトリスは俺の提案を跳ね除け、反射的に飛び込んだ。
感情が昂ったせいか、咄嗟に願ってしまったのだろう。
闇の精霊に、俺の不運を。
「きゃっ!」
緊張で力の籠った彼女の膝が、カクンと脱力した。
目には見えない風の魔術に運ばれて、彼女はバランスを崩したまま俺のもとに降ってくる。
「ぐっ!」
彼女の綺麗に曲がった膝が、俺の胸を直撃した。
丁度、飛び膝蹴りのような形で。
凄まじい衝撃で背後に倒れた俺は、風の魔術が切れたベアトリスの下敷きになった。ベアトリスは完全に下敷きとなった俺を見て「ひっ」と短い悲鳴を漏らす。
「えっ、ちょっと! ごめんなさい! 大丈夫!?」
「だい……じょうぶだ……」
肋骨は折れていない。
でも、肺が潰れたみたいに声が出なかった。
もしかして、呪うことが癖になっているのだろうか。
カッコつけることすら命懸けなんて。
「ギルバート様、カッコ悪いですよ」
カイル。うるさい。
痛みに耐えながら、何とか身体を地面から起こした。
ベアトリスは心配の色を浮かべながら、俺のそばで狼狽えている。
ただそれだけのことに痛みが軽くなる。
これはこれで、悪くないかもしれないと一瞬でも思った自分を恥じた。その周囲で聞こえる鈴の音は、これ以上になくにぎやかだ。
馬車に乗り込み、城壁の外側を回り込んで目指すのは王都だ。
王宮の広大な敷地のせいで距離があるが、正門の先にはこの王都の街が広がっている。
ベアトリスは馬車の中で延々と続く城壁を眺めていた。
「貴方の離宮って……やっぱり隔離されているみたい」
「確かにそうかもな。狂王子を押し込めておくには王都から離しておいた方が都合がいい。何をしでかすか分からないからな」
「それも……そうね」
ベアトリスの肯定に地味に傷つきながら、思考の闇に沈んでいく。
この国は、王子をそれぞれの離宮に押し込めながら争わせることで、王宮を守りながら互いを監視し合う体制をとっている。
他国に対しての防御も万全だ。
王都と王宮を上空から見ると、丁度砂時計のような形になる。
周囲は崖。広大な敷地を守る自然の要塞だ。
他国が王宮に攻め入るなら、王都をまず落とさなくてはいけない。
聖なる泉を抱き込むためだけにできた、よくできた形。精霊はこの国を支える生命線だから仕方がないのかもしれないけれど。
王都の端にたどり着いた俺たちは、静かに馬車から降りた。
街に溶け込む簡素な服に身を包んだまま、するりと路地裏に紛れ込んで、真っ直ぐ大通りを目指す。
「わぁ……」
埃っぽい路地裏から開ける視界。
太陽の光に照らされた賑わう街並みに、ベアトリスは目を輝かせた。
王宮近くの貴族の屋敷と富豪の店が立ち並ぶ通りとは違い、こちらは平民の中でも貧困層の生活を支える場所だ。
雑多な店が立ち並び、市井の人が行き交っている。
「直接街に降りたのは初めて……」
「そうだろうな。今日は色々見て回ろう。普通の平民みたいに」
「えっ……」
凛とした横顔や姿勢の良さが少し浮いてはいるものの、先日とは違いシーナが選んだベアトリスの服装はとても良く周囲に馴染んでいた。
俺は髪を隠すための帽子を目深に被り、ベアトリスに手を差し出す。
彼女は躊躇いがちに俺を見上げながらも、その手を確かに握り返した。
よっしゃ。手繋ぎ成功。
デートの最中、カイルには別の仕事を頼んでいる。
正真正銘の二人きり。
その場をそっと離れたカイルの背中を見送って、俺は彼女の手を引いた。




