2話 元聖女の宣戦布告
「おい」
ベアトリスの手首を掴んで、さらに自分に引き寄せた。
ぶつかりそうなほどの至近距離。俺を見上げる彼女の金色の瞳が驚きに満ちる。
その顔に一つ、傲慢で不遜な笑みを降らせた。
悪役のような演技なら、これでもかと染み付いている。
あとは、俺に任せておけばいい。
皆から嫌われるこの悪名高い狂王子に。
「アルフレッド王子が切り捨てた令嬢を拾うのもまた一興だな。聖女の力? そんなものが俺に必要だと?」
冷酷に、低く声を響かせる。
脳内の焦りや混乱なんて微塵も表に出すつもりはない。
周囲に見せつけるのは不遜な態度と絶対的な自信だけ。
拾うなんて偉そうに言ってごめんなさい。
──なんて謝罪も、甘い言葉も後でいい。
ベアトリスに「やっぱり今のはナシで」と言われやしないかとドギマギしながら、自分の願望を高らかに告げる。
「彼女は俺がもらう。俺の妻になれ、ベアトリス」
お願いします。
了承してください。
その切実な願いが通じたのだろうか。
彼女は小さく息を呑んだ後、俺のセリフに合わせるように見事な悪女の笑みを浮かべた。
「喜んで。ギルバート様」
万歳三唱。
俺は彼女を手に入れた。
喜びでにやけてしまわぬよう、必死に筋肉を固定し冷徹な表情を装った。
胸はずっと高鳴っている。手汗が滲んでいたらどうしようなんて不安に胸を焼きながら、恭しくも彼女の手の甲に口付けを落とした。
あ、なんかいい匂いがする。
どうしよう。生きててよかった。世界が薔薇色。
嬉しい! 幸せ! オールハッピー!
今後の計画の修正は後日考えよう。
走り出してしまった計画はもう止めることもできないけれど、それが終わればベアトリスとの平穏で甘い生活が待っている。
ガーデンパーティーは毎週開催するとしよう。
彼女にしこたま肉を焼いてあげたい。
俺の恋の成就に拍手なんて起こらなかった。
周囲から向けられたのは、事態が理解できない貴族達の丸い目だけ。
まあ、嫌われ者の婚外子と成り損ないの聖女だから当然か。
「こんな退屈な宴にもう用はないな。行くぞ、ベアトリス」
小気味よい靴音を響かせながら、彼女の手を引いて大広間の扉を押し開けた。
無数の突き刺さるような視線が、閉ざされた扉に遮られた瞬間、フッと肩の力が抜ける。
長い回廊を逸れて庭園へと抜けると、長時間にも及ぶ儀式と宴で空は茜色に染まっていた。
誰も来ない庭園の端で、俺は立ち止まり彼女に向き直る。
先ほどの堂々とした立ち振る舞いは、彼女の積み重ねた努力の成果だ。本当の彼女は突然「木登りをしてみたい」と言い出すくらい活発で、好奇心の塊のような少女なんだ。
ベアトリスは、もう無理に頑張らなくていい。
自分を押し殺すような我慢だってしなくていい。
俺のそばで、俺にただ甘やかされ、幸せになってくれたら。
「ベアトリス――本当に俺でいいんだな?」
敢えて真面目な顔でそう尋ねた。
手放すつもりは毛頭ないが、彼女の気持ちを確認しておきたいと思ったから。「愛するつもりはない」なんて言われたらショックで死んでしまうかもしれないけれど、ちゃんと想いだけでも伝えたい。
ずっと君だけを想っていたことを。
君を迎えに行くためだけに、努力し続けていたことを。
髪と瞳をあの日のように黒く変えれば、彼女は俺のことを思い出してくれるだろうか。
彼女はスッと視線を伏せると、俺の手からその細い指先を離した。
その薄い唇から紡がれる言葉を、緊張に耐えながら静かに待つ。
驚くべきことに――
彼女の手はそのまま俺の胸倉を掴み上げた。
すでに勝利を確信しているかのような強気の笑みを向けられて思考が止まる。
「もちろんです。私がきっちり呪ってあげますから。ギルバート王子」
……え?
告げたかった想いは鳥のように宙へと羽ばたいていった。
俺は初恋の人に命を狙われているようです。




