15話 狂王子の後始末
剣にこびりついた血を強く振って地面へ落とした。
地に伏せたマクスベルをカイルが丁寧に捕縛する。野盗に扮した私兵やマクスベルの護衛の後始末は捕縛から解放されたトリスカ国の者が手を貸した。
思ったよりも呆気なく片がついたな。
それよりも――
思い出したように、ドクドクと心臓が脈を打つ。
ベアトリスの目の前で変身を解いた。
髪を黒から白銀へと。目を黒から赤へと。
流石に、あの日出会った使用人の子供が俺だと気付いたんじゃないか。
あの日を思い出したんじゃないか。
あの茜色の空の下で交わした約束を。
張り裂けそうになる胸を必死に押さえつけながら、未だ縛られたままのベアトリスを振り返った。
「え……」
あろうことか、彼女は縛られたまま背後に倒れ込んでいた。
「ね……寝てる!? いや怪我か!? どっちだ!?」
慌ててベアトリスに駆け寄った。不用意に触れることもできず慌てふためいていると、マクスべルを乱暴に馬車へと積み込んだカイルがベアトリスを助け起こした。
慣れた手つきで呼吸や脈を確認する。
「眠っているだけですよ。剣を振り下ろされた時に気絶したみたいです」
剣を振り下ろされた時……?
ということは、見ていないってことか!?
俺のかっこいい登場も、変身を解いたところも全部!?
「残念ですが見ていません」
「お願い! 心を読まないで!!」
泣きそうになったのを必死に耐えながら、ベアトリスをカイルの手から受け取った。
抱き寄せると温かい熱と、鼓動が伝わってくる。
湧き上がる沢山の疑問を頭の隅へと押しやって、ただ彼女が無事だったことに胸を撫で下ろした。
こんなところで失っていたら、何のための計画か分からない。
「どさくさに紛れて匂いを嗅がないでいただけますか。気持ち悪いですよ」
「いや、俺、夫だからな!?」
「夫なら、許可なく匂いを嗅いでも許されると?」
え、夫でも許可制なの?
急に自分の価値観が心配になってきた。
ひとまず布の上にベアトリスを寝かせ、捕縛から解放されたばかりの国使に手を差し伸べる。
「国使。無事ですか」
「ギルバート様……ありがとうございます。まさか……マクスベル王子が直接手を下すなんて」
「危険な目に合わせて申し訳ない」
「いえ、危険は承知の上で貴方の話に乗ったのはこちらです。今回の襲撃は、トリスカ国に伏せさせて頂く。戦争を起こすわけにはいきません。必ず……成功させてください」
「ああ、必ず。そのためにも、一度王宮へと戻っていただくことにはなりますが……」
その場で、国使と入念に計画を立て直した。
狂王子とトリスカ国の訴えだ。上手くやらなくては、揉み消される可能性だってある。
マクスベルの凶行を際立たせ、こちらの優位を保ったまま片付けなくてはいけない。
数少ない駒を脳内で動かしながら、俺はマクスベルを積んだ馬車に視線を向けた。
♦︎ ♦︎ ♦︎
王宮に入り浸り、第一王子と第二王子の派閥にいる貴族達に『第四王子の排除の好機』を煽りながら、第四王子派閥に『擁護するなら連座になるぞ』と脅しをかけて回って一週間が経った。
その甲斐あって、第四王子マクスベルの処分が決定する。
彼は離宮を追い出され、罪を犯した王族が入る塔へと移送されていった。
生涯幽閉。もう二度と表舞台に姿を現すことはない。
最後までマクスベルは俺に罪を擦りつけようと足掻いたが、トリスカ国の証言とこちらが提示した証拠品に不備がなかったことで、王宮は第四王子の罪を認めざる負えなかった。
「本当にマクスベル王子が……?」
「ギルバート王子に嵌められたのでは」
「しっ! 何人も貴族が消されてる。手段を選んではいられないんだ。無駄に目をつけられるな」
嵌められそうになったのは俺の方だが、そんな事はおくびにも出さない。貴族が消えているのも、互いで潰しあった結果だろう。自身の擁立する王子の清廉性を保つべく、それを俺に着せているだけだ。
その悪評も使い方によっては盾になる。
ただ――
もしあの街でベアトリスを発見できなかったらと思うと背筋が凍った。
第四王子は今回の計画を実行するに辺り、俺に繋がる数々の証拠品を捏造していた。それらは全て揉み消したが、トリスカ国の一行がもしあの場で暗殺されていたら?
やってもいない罪を着せられ、あの塔へと入っていたのは俺だったかもしれない。
結果的に、ベアトリスのおかげでマクスベル王子を退けられた。計画はこれ以上になく上手くいっている。
俺の勝ちだ。
寝不足の身体を引きずって、ようやく離宮へと戻ってきた。
重厚な扉を潜り、玄関ホールに足を踏み入れる。
真っ先に視界に入ったのは、手を腰に当て、階段の上から俺を見下ろすベアトリスの姿だった。
「どういうことか……説明しなさいよ!」
可愛い妻の出迎えに、全ての疲れが吹き飛んだ。
馬車の音を聞いて部屋から飛び出してきたのだろうか。
その姿を想像して、自然と口角が上がる。
「何の話だ」
「目が覚めたら、部屋にいるし……でも何があったか誰も教えてくれないの。貴方、何をしたの? トリスカ国は!? マクスベル王子はどうなったのよ!」
「ギルバートだ」
「はい?」
「名前で呼んでほしい」
ベアトリスは唇を震わせて俺を睨みつけた。
「ふざけないで!!」
ふざけてない。
大体、最初は名前で呼んでいたじゃないか。
何故どんどん扱いが酷くなってるんだ。
視線だけで共に離宮へと戻ったカイルに視線を向けると、彼は致し方なしと小さく首を振った。
「トリスカ国の一行は無事国へと戻ったし、マクスベルは塔へと移送された」
「戦争は……」
「起こるはずがないだろう。こちらの国が暫くはトリスカ国に無理を言えなくなったくらいだ」
ベアトリスはへなりとその場に座り込んだ。
階段を上がり彼女の側に近づくと、俺を見上げる金色の瞳がゆらゆらと揺れている。
「ねぇ、一体何をしたの?」
「それはこっちのセリフだ」
ベアトリスの手に注意を向けながら、彼女の腰と膝の下に手を回し抱き抱えた。
ベアトリスは「ちょっと!? 何するのよ!」と耳を赤く染め上げながら驚いているが、床に座らせておくなんてできるはずがない。
でもどうしよう。すごく軽い。
こんな華奢な身体で野盗の一団に単身突っ込んでいったのかと思うと改めてゾッとした。
そのまま、無言でベアトリスの部屋へと移動する。
彼女は小さく抵抗していたが、短剣を出すそぶりはなかった。
それに安堵しながら、彼女を長椅子の上にそっと下ろす。
「さあ、どうしてあの場にいたのか、吐いてもらおうか」
第四王子の尋問に何時間も使ったせいで妙な口調になってしまった。
背後についたカイルのため息が耳に届く。
誤魔化すように微笑みかけると、彼女はびくりと肩を震わせた。




