14話 元聖女と強襲2
馬車の列を取り囲む、野盗の群れ。
直後、俺は自分の目を疑った。
それを待っていたかのように、距離を保ちながら後をつけていたベアトリスが一瞬の躊躇いもなく茂みから飛び出したのだ。
「……は?」
口から間の抜けた声が漏れる。
彼女は短剣を抜き、馬車を襲う野盗へと単身で突っ込んで行った。
「ベアトリス……!」
「ダメです。ギルバート様」
咄嗟に駆け寄ろうとした俺の腕をカイルが掴んだ。彼は眉間に皺を寄せそのまま首を振る。
「何かおかしい。そうでしょう? やるなら遠隔で」
「わかってる……!」
息を呑んで戦況を凝視する。
無謀にも前線へと突っ込んでいったベアトリスの纏う魔力は、凄まじい勢いで減っていった。
その魔力と引き換えに、野盗は転倒し、剣がすっぽ抜け、喉元に向けた剣先が間一髪のところで逸れていく。
闇の精霊の力。
小さな『不運』の波状攻撃とでもいうのだろうか。
ただ、保つわけがない。魔力は有限だ。
彼女の力はあくまで確率を操作し、不運を招くもの。
回避は可能だと俺自身が証明している。
懐から取り出した魔術書に、遠隔の方程式を即興で書き足した。書き足したものから、魔力を流し発動していく。
赤色、青色、黄色、緑色の微かな光の粒子を伴う魔術が、入り乱れた戦場に音もなく駆けていった。
拙い剣術で必死に野盗と戦うベアトリスを援護する。
彼女に気づかれないよう、背後から襲いかかる剣を突風で弾き返し、土を盛り上げ敵の動きを奪った。金属音が入り乱れる乱戦だからこそできる魔術の援護。
もしトリスカ国の一行だけなら圧倒的な戦力不足ですぐに全滅していただろう。
闇の精霊が齎す敵の『不運』と魔術の援護に加え、人数不利を覆すマクスベル王子の護衛達もいる。
野盗との数は互角。
そう――互角なのだ。
野盗に身を落とすのは生活苦に陥った平民がほとんど。
戦闘経験なんてそれまでなかったに等しい平民達だ。
それでも、生活のために馬車を襲う。
奪った金品や食料で命を繋ぐために。
だからこそ、おかしい。
圧倒的な人数差をもってして馬車を襲わないと意味がない。ましてや相手はこの国の武力に長けた第四王子の馬車。
圧倒的な戦力差で、本来なら王子の馬車は見逃されるべきなのだ。
まさか、こいつらは――
「……っ!!!」
野盗の群れは地に伏せた。魔力を使い果たしたベアトリスは真っ青な顔でどさりとその場に腰を下ろす。
突然現れて助力したベアトリスに疑惑の目を向けながらも、命拾いしたトリスカ国の護衛達は安堵の息を漏らし、剣を下ろした。
「貴方は……確かギルバート様の……」
先程廃屋で取引したトリスカ国の使者が驚きを滲ませる。ベアトリスに向けて声をかけようとした、その時だった。
「そこまでだ。全員剣を置け。国使が死ぬぞ。いいのか?」
安堵に満ちた空気を切り裂く声が馬車の中から響いた。
ゆっくりと開かれる馬車の扉。
中から出てきたのは第四王子マクスベル——
その彼に剣を突きつけられた、トリスカ国の国使だった。
「……え? どう……して?」
驚きに目を見開いたのは、トリスカ国の一行だけじゃない。ベアトリスまでもが血の気の引いた顔で唇を震わせている。
そこにマクスベルが醜悪な笑みを深めた。
先程まで共に野盗と戦っていたはずのマクスベルの護衛達は、一斉にトリスカ国の一行とベアトリスに剣を向けた。無力化したはずの野盗達に武器を戻し、立ち上がらせる。
この襲撃は――自作自演。
野盗はマクスベル配下の私兵だ。
最初から、トリスカ国を襲わせるつもりだった。
戦力差が一気にひっくり返る。
剣先を背に当てられた国使を目の前に、抗う事なんてできるはずもない。
全員の武装が次々と解除され、地面に組み伏せられていく。当然、ベアトリスも例外じゃない。
ひと所に集められたトリスカ国の一行が縛り上げられる中で、一人だけ場違いな女性が混じっていることにマクスベルが気づいた。
ベアトリスの顎を掴み上げ、強引に上を向かせる。
「誰かと思えば、先日ギルバートに嫁いだベアトリス様じゃありませんか。これは……本当に好都合だ」
マクスベルは「そういうことか」と呟いた後、これ以上になく邪悪な笑みを浮かべた。
「もしやギルバートの奴、本当にトリスカ国と共謀し何か企んでいたのか? はははっ! 予定外のことばかりが起こると思っていたが、運に恵まれたな」
「これはどういうこと……? どうして貴方が!」
「俺はただ、出来損ないの狂王子が国家間のいざこざを起こしてくれたらな……思ってな。少しばかり舞台を整えただけさ。トリスカ国の国使がエルヴァニア王国で行方不明になれば大問題になる」
嗚呼。そういうことか。
浅はかで醜悪極まりないマクスベルの計画がわかった。
奴はトリスカ国と戦争を起こしたいのだ。
この平和な時勢において、マクスベルは後ろ盾の大きい第一王子や知力の勝る第二王子に敵わない。
でも戦時下であれば話は別。武力に秀でた第四王子は武功という目に見える功績を挙げることができる。
彼はそのために、トリスカ国との間に国家間の火種を強制的に生み出そうとしていた。
「蒸留技術が発展したトリスカ国に狂王子が武器の融通を持ちかけて断られた。その報復をしたんじゃないか……なんて噂を立てれば、それだけでいい。国家間の溝は決定的なものになり、俺はこの国を守る為、戦争の火蓋を切ることができる」
悪名高い俺の評判は誰もが知っている。
そして大陸精霊祭に来ていたトリスカ国と接触した事実を多くの貴族が見ている。証拠なんてなくても、国内の貴族達や周辺諸国に疑惑の目を向けられる事は間違いない。
「ギルバート王子ならやりかねない」
そんな噂が、人は大好きなのだから。
俺は謹慎を言い渡され、行動を制限される。
戦争のきっかけを作った悪として、これ以上にない瑕疵を作る。
「ただちゃんと上手く話を整えなきゃな。馬車が壊れなきゃ、俺は国使と街で別れるはずだったんだ。色々と計画が狂ったよ」
「ギルバート様は……まさか、嵌められて」
「人聞きの悪いことを言うな。トリスカ国の蒸留技術はすでにこの国にとっても脅威だ。魔術のように複雑な方程式も魔力も必要ない、量産が可能な炎を使う武器ができる。婚外子の狂王子という不用品を使って国家の脅威を排除する俺こそ、国の英雄。そして正義だ」
「正義……? 起きてもいない戦争を無理やり起こすことのどこが正義だって言うのよ!」
ベアトリスの叫びが響き渡った。
「どれだけの血が流れるか分かってるの!? 自分の欲望のために、民を傷つけてもいいなんて人間に、王になってほしくない!」
「よほど……死にたいらしいな」
激しい怒りを宿したベアトリスの糾弾に、マクスベルから表情が消えた。
細められた瞳の奥に、底のない沼のような闇が見える。
ゆらりと立ち上がった彼は、腰から長剣を引き抜いた。構えた刃が、重く、冷たく光る。
「聖女に成り損なった負け犬が、偉そうな口をきくな! 俺は王になるんだ。俺は、お前達とは違う。お前達のように負け犬になんかなってたまるか」
振り下ろされる長剣――
その刃がベアトリスに触れる直前、俺の放った風の魔術が竜巻のように渦を巻いて剣先を弾いた。
「なっ!!」
「随分と楽しそうだなマクスベル。稚拙な策が機能しているように見えたことがそれほど嬉しかったのか?」
茂みからゆっくりと姿を現した。
マクスベルが眉間に皺を寄せて俺を睨みつける。
「誰だ。この国の第四王子を呼び捨てに……!」
「王子が王子を呼び捨てにして何が悪い」
ほとんど白紙となった魔術書のページを指先で弾いた。
見目の偽装に使う、児戯のような魔法陣。その中央に指を置き、魔力を流す。黒く染めた髪と目を元に戻すと、マクスベルが目を見開いた。
「ギルバート……貴様っ!!」
マクスベルの後ろに、トリスカ国の一行とベアトリスが一塊に集められていた。これなら守りやすい。
「妻がいるんだ。ここに、俺がいることすら予測できなかったのか? ははっ、相変わらずの無能だな」
見下すように笑いながら、腰に下げた長剣を引き抜いた。
魔法陣がこれでもかと刻まれた、特製の武器。
隣で、カイルも剣を抜く。
「魔術を使えることが王宮に知られますよ?」
「他国の賓客を襲った罪人の話に耳を傾ける輩がいればな」
トリスカ国の魔術師が手を貸したことにしてくれないだろうか。
そんなことを考えながら、魔力の残量を計算していく。
敵は弱った私兵に、マクスベルと護衛達。
――問題ないな。
「格の違いというものを教えてやろう」
「完全に悪役のセリフですね」
余計なことを言うカイルを一瞬だけ睨みつけ、俺は地面を強く蹴った。




