13話 元聖女と強襲1
トリスカ国の使節団が乗る馬車を、夜を徹した早馬で先回りし到着した小さな街。
その外れにある廃墟の中で取引は無事完了した。
「国使にくれぐれもよろしくと」
「こちらこそ、感謝しております。ギルバート様がお声がけくださったおかげで……我が国は救われる。少なくとも私共はそう信じしております」
使者と固い握手を交わす。足早に寂れた街並みへと去っていく使者の背中を見送って、俺は木箱に隙間なく詰められた中身を確かめてから一つ息を吐いた。
これで、また一つ計画が進んだ。
まだ道のりは長く険しいが、間違いなく道は開けつつある。
「やりましたね」
「ああ、国使の義理堅さに救われたな。そのまま情報を持ち逃げされてもおかしくなかった」
緊張の糸が切れたカイルは「どうなるかと思った」と床にだらしなく座り込み、天井を仰いだ。
馬車をベアトリスが使ってしまったため、カイルは敵しかいない王宮で馬の手配からすることになった。取引の場所に間に合うか気が気じゃなかっただろう。
質素な深緑色のベストから、魔術書を取り出した。
使者と会うために一度戻した白銀の髪と赤い目の色。そこにもう一度魔力を流して黒に変えた。
生まれ持ったこの髪と目の色はどこへ行っても酷く目立つ。今回のように極秘に動かなくてはいけない事も多いのに、不便なことこの上ない。
「この荷を四つの荷馬車に分けて運べ。木箱の一つは離宮に頼む」
「かしこまりました」
「まだ街にはトリスカ国の使節団と一緒にマクスベル王子達がいるはずだ。気取られるなよ」
待機していた部下に命じると、彼らはそそくさと最初の木箱を待機させていた荷馬車へと積み込んだ。
朽ちた窓の隙間から、農夫に扮した部下が荷馬車を走らせる背を見送る。
この街は、トリスカ国との国境に一番近い。
近年、国同士の緊張が高まり国交も途絶えかけているせいか、街全体が酷く寂れていた。
失業者が増えれば、比例して野盗の類いが増加する。
ある程度の自衛はできる部下たちだが、野盗の人数が多ければ積荷を諦め命を優先するしかない。
念には念を。確実に積荷を届けるために人手と時間をかける。
「ギルバート様。我々も、少し時間を置いたら離宮へ戻りましょう。長居は危険です」
「そうだな。ベアトリスも心配する」
「……あーそちらはどうでしょう。戻ってガッカリされなきゃいいですね」
カイル。いちいち俺の僅かな希望を摘み取るな。
殺すもりはないらしいから、心配もしてくれるはずだと信じたいのに。
そんないつもの気安いやり取りの最中、外を見張っていた部下が切迫した声を上げた。
慌てて窓の外を見ると、先ほどの送り出したばかりの荷馬車が、とんでもない速度でこちらへと引き返してくる。
「——っ! マクスベル王子の犬に見つかったか」
「いえ、積荷は無事です。追われている様子もありません」
積荷が破損しそうな勢いで駆ける荷馬車は、裏手にすら回る事なく廃屋の入り口で停止した。
音を立て乱暴にこじ開けられた扉。先ほど送り出したばかりの部下が、顔色を青くして俺に向かって叫んだ。
「ギルバート様……ベアトリス様が街にいます!!」
「何!?!?」
あり得ない報告。廃屋にいる全員の声が揃った。
♦︎ ♦︎ ♦︎
「本当にベアトリス様……ですよね」
「ああ、間違いない」
報告を受けた俺とカイルは、部下に積荷を任せ、すぐさま確認へ向かった。
寂れた国境の街にあって、唯一まともに稼働している一番大きな食堂の前。そこには国の紋章がついた豪華な馬車がいくつも並んでいる。
トリスカ国の使節団とマクスベル王子が乗ってきた馬車だ。
マクスベルはトリスカ国の使節団を護衛するという名目で国境まで張り付き、俺の接触を妨害するつもりだったのだろう。
その道中の、最後の休憩所としてこの食堂を貸し切っていた……というところだろうか。
そこから少し離れた薄暗い路地にベアトリスはいた。
どこで拝借したのか分からない平民の質素なドレスに身を包んで、物陰から食堂を伺っている。
「こんなところで何をやってる……!」
「国使とマクスベル王子を追ってきたのでしょうか。それにしても変装が……」
部下が気が付いたのも、その妙な変装のせいだ。
質素なドレスに反して、艶のある髪と汚れのない白い肌。
元は上位貴族のご令嬢。そこから聖女候補として何年も教会にいたので無理もないが、全く周囲に紛れていない。
お忍びどころじゃない。もはや不審者だ。ついでに言うと乗ってきたはずの馬車はどうした。
なぜ、馬車を引いていた馬の一頭だけがベアトリスといる!
「狙いがギルバート様じゃない……?」
「いつも呪われるのが俺だけだと思うなよ」
目を凝らしてよく見ると、食堂の前に停められている馬車のうち、国使が乗ってきたはずの豪華な馬車の車輪が豪快に外れていた。
どうやら、その修理に手間取っているらしい。
なんせ国境付近の寂れた街だ。大きな馬車を修理するような技師がいない。
「車輪を壊したのはベアトリス様でしょうか。声をかけますか?」
「いや、ひとまず様子を見る。ベアトリスの狙いを確認したい」
トリスカ国と俺の接触を阻止したベアトリス。
その彼女が、今度はトリスカ国の馬車を壊し、彼らの足を止めている。
それは何故?
辻褄の合わない不可解な行動に狙いが分からない。
食堂の前では、何人もの使用人が必死になって修理に当たっている。それにも関わらず、彼らが触れば触るほど馬車はどんどん壊れていった。
片側しか外れていなかった車輪は、今や両側が外れ、キャビンが地面に腰を下ろしている。
「不憫……としかいいようがないな」
間違いなく、ベアトリスは精霊の力を使っている。
修理を言いつけられたのだろう使用人達はすでに全員が涙目だ。ひどい。
涙ぐましい格闘の甲斐も虚しく、馬車は修理できなかった。
「あ……国使が出てきましたよ」
修理を諦めた使節団の一行は、マクスベルの馬車に同乗して国境まで行くことにしたらしい。
先陣を切るマクスベルの兵と、トリスカ国の一行を乗せた馬車が街道を進んでいく。
馬車の同乗。これが……狙いなのか?
ベアトリスは、俺とトリスカ国の繋がりを察して妨害していた。
今度はマクスベルを使ってトリスカ国を懐柔させようとでもいうのだろうか。
ただ、マクスベルだぞ?
第四王子マクスベル。
彼は王子の中で、最も武力に重き置いている男だ。
まあ、武力といえば聞こえはいいが、要は知恵が回らない。
剣の腕がそこそこあるせいで、何でも力で解決しようとする悪癖がある。
現王妃が産んだ第一王子。知力のある第二王子ならまだしも、マクスベルの財力や権限ではトリスカ国に提示できる利など一つもないはずだ。
取引はすでに終わっているし、ここから何を吹き込まれたとしてもトリスカ国が俺を裏切ることはない。
しかし、万が一という言葉が脳裏を掠め、じわりと背中に冷や汗が滲んだ。
ベアトリスは、一定の距離を保ちながら一行の馬車を健気に追っていく。
その彼女を、さらに後ろから尾行する俺とカイル。
奇妙な尾行劇の中、どれだけ考えを巡らせても彼女の狙いは分からなかった。
この峠を越えれば、いよいよトリスカ国との国境が見えてくる。
そこで——事件が起きた。
街道を挟む深い森の中から、大勢の野盗が飛び出してきたのだ。
身を潜める俺達、そして少し離れた茂みから顔を覗かせるベアトリスの目の前で——
マクスベルと国使が乗る馬車は、一瞬にしてぎらつく凶器を持った野盗の群れに囲まれた。




