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悪役王子は元聖女のために全てを壊すおつもりです  作者: 白波さめち【カクヨムコン11 受賞】


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【ベアトリス視点】死に戻り

 

 私は王宮の前に停められた馬車に飛び乗った。


 ギルバートが……レイヤード王子と協力関係?


 そんなこと、ありえない。

 ギルバートが騙しているの?

 それともこの時は仲が良かった?

 

 私が知っている記憶と何かが大きく違う気がする。

 何かが大きく間違っている気がする。


「トリスカ国との国境へ向かって!」


 ギルバートの馬車に乗り込んだ私は、驚く御者に短く告げた。


 走り出す馬車。

 高く聳え立つ王宮が、ゆっくりと小さくなっていく。


 思い返すのは死に戻る前の過去の記憶——


 ♦︎ ♦︎ ♦︎

 

 精霊との契約の儀式。

 私が契約の文言を唱えると、聖なる泉は眩い光に包まれた。

 

 泉そのものが光っているみたいに、水面が金色に輝き周囲から全ての音が消える。


 虫の鳴き声も、鳥の囀りも、木々の葉が風で擦れあう音も。

 まるで世界から隔絶されたような光の中に私はいた。


「ベアトリス、やっと契約してくれるんだね」


 耳を柔らかく撫でる優しい声。

 そこで見たのは光に溶け込むような淡い色彩で形作られた小さな人間の姿だった。

 

 男なのか女なのか分からない。

 何も知らない、あどけない子供のような姿。

 

 角度によって色が変わる宝石なような羽を動かしながら、精霊は私に向けて微笑んでいた。


 あまりにも綺麗で、美しくて、その子にまっすぐ手を伸ばす。


「大好きだよ、ずっと一緒にいよう。ベアトリス」

 

 その子は嬉しそうに笑顔を重ねて、私の手の甲に口付けを落とした。


 光が消えると共に、世界に音が戻ってきた。

 虫の鳴き声より、鳥の囀りより、葉が擦れ合う音よりも大きな人々のざわめきが耳に届く。


 前例にないほど大きな力を持つ精霊が、私と契約を交わしたと。大聖女の誕生だと、誰かが叫んだ。


 その後、すぐに私はアルフレッド王子との婚約が決まった。

 すでにお父様とアルフレッド王子との間で取り決めがあった事は知っていたから、こうなることは分かっていた。


 相手なんて誰でもいい。

 力の強い精霊と契約ができた『聖女』であれば、それに応じた発言力が与えられる。王妃になれば尚更だ。

 

 少しでも、今の体制を変えられれば。

 少しでも、この与えられた力を必要とする人に届けられれば。

 

 政治や権力の道具ではない、力の使い方ができたなら。


 でも、その願いはすぐに砕け散った。

 教会にある精霊の力に関する文献。

 それに残された記述のどれにも、私の精霊の力は当てはまらなかった。


 誰かの傷も治せない。

 誰かを守ることもできない。

 土を耕すことも、草木を育てることもできない。


 何を願っても、私の精霊は私から魔力を受け取らなかった。


『役立たずの大聖女』


 周囲からは、すぐそんな風に呼ばれるようになった。

 聖女候補時代から父と契約を交わすほどに執着を見せていたアルフレッド王子は、すぐに私を見限った。

 

 ただ、すでに交わされた婚約を盾に父が必死の抵抗を見せたことで、私に向けられる敵意は日を追うごとにひどくなっていった。


 私は政治の道具にすらなる価値がなかった。

 本当に、役立たずの聖女だった。


 そんな私は第一王子の婚約者でありながら、王宮に住まう聖女達の下働きのような生活を強いられる事になる。


 そんな生活を送る中で耳にした、ギルバート王子の不穏な噂。


「トリスカ王国の国使が消えた一件にギルバート王子が関わっているらしい。無茶な要求をして、断られた報復だったんじゃないかって」

 

 トリスカ国の国使が護衛ごと失踪した事件を皮切りに、王宮を取り巻く情勢は悪化の一途を辿った。


 国家間の秩序を保つためという理由でエルヴァニア国とそれに連なる周辺国家がトリスカ国を叩き潰した。


「スラム街の貧困層が反乱を企てていた。裏で糸を引いていたのはギルバート王子だ。人を壊す危険な薬も出回って……王都はめちゃくちゃだよ」


 人を壊す妙薬を売り捌いて資金を蓄えた貧困層。

 彼らが反乱を企てていたという理由で、王都の南側は火の海になった。


 役立たずの聖女である私は、それを人々の話す言葉の窓から覗くことしかできなかった。


 そして次に起こったのが王子の暗殺事件だ。

 レイヤード第五王子が……暗殺された。

 実行犯はギルバート王子。

 逃げ遅れた彼の従者カイルが捕えられ処刑された。


 数々の事件の中で、王子達はそれぞれに功績を残した。

 

 第四王子マクスベル。

 第二王子ロベルト。

 第一王子アフルレッド

 

 どの王子に王位が決まってもおかしくない。

 それほどまでに拮抗した派閥争い。


 そしてあの日。

 地鳴りのような大きな音と揺れが王宮を襲った。

 至る所から火の手が上がり、王宮は一瞬で火の海に包まれる。


 その火の海に侵入してきた賊。

 率いていたのはギルバートだった。


 各離宮から兵を率いた王子達が救援に駆けつけた。

 でも、一瞬で返り討ちに合ったらしい。

 喉が焼けるような煙の中で、第四王子も第二王子も死んだと誰かの悲鳴で聞こえた。


「ベアトリス! 国王の避難が済んでいるか確認してきてくれ! 私は王妃と聖女達を先に王宮の外に逃す!」


「分かったわ!」


 国の宝である聖女を危険に晒すわけにはいかない。

 私は駆けつけたアルフレッド王子に言われるまま、火と煙に包まれた王宮の奥へと走った。


 そして王座の間。

 熱と真っ黒な煙と焼けた匂いが充満するその場所で、私は血に濡れた国王の遺体を見つけた。


 その遺体を静かに見下ろしていたのがギルバートだった。

 白銀の髪が、紅蓮の色を写して赤く揺らめく。

 彼は真っ黒な服に身を包み、赤く染まった剣を握っていた。

 

 彼の服に染み込んだ、錆びた鉄のような匂いが鼻腔を抜ける。ただやるべきことに突き動かされていた私の足は一瞬で震え始めた。

 開いた扉の音に導かれるように、血のような真っ赤な瞳が私の姿を捉えた。


 その瞳に縫い止められた私の足は動かない。


 恐怖に飲み込まれたその時間は、一瞬にも、永遠にも感じられた。


「っ……ベアトリス!」


 静寂を切り裂いたのは彼の声。

 なぜか、彼は私に向かって手を伸ばした。

 真っ赤に染まった剣を投げ捨て、床を蹴って。


 その手がまだ遠く離れた場所にある中で、突然背中に走ったのは鋭い痛みと衝撃。


 生温かい何かが背中から溢れ出すと同時に、私は床に崩れ落ちた。

 

 闇に呑まれていくように、視界が黒く染まっていく。


 その中で、天井から落ちる火の粉が真っ赤な雪みたいに見えた。王座の間に押しかける沢山の人の足音が耳に届いた。


 彼はまた私の名前を叫んだ。

 

 黒に染まった視界の中で、炎に照らされ茜色に染まる彼の髪と、真っ赤な瞳が浮き上がる。

 

 彼は悲痛な表情を浮かべながら、真っ直ぐ私に手を伸ばしていた。私の意識が途切れる瞬間まで、何度も、何度も名前を呼ぶ彼の声だけが響き続けていた。

 

 そして私は、教会にある自室のベッドの中で目を覚ました。

 

 心臓がドクドクと脈打ち、背中までぐっしょりと汗をかいている。何があったか分からなくて、ベッドから慌てて飛び起きた。

 

 そこで視界に入ったのは、記憶より綺麗な自分の手。

 慌てて視線を向けた鏡に見える自分もどこか幼い。


 契約の儀式の日の朝だった。


 長い長い夢を見たのだと思った。

 さっきの痛みがまだ残っているような気がするほどに、鮮明すぎる不思議な夢。


 あれがただの夢じゃないと気付いたのは、契約の儀式でまたあの精霊が私に向かって口付けを落としたから。


「おかえり」


 精霊は私に笑ってそう言った。

 

 時を戻っていると気付いたのは三回目。

 契約した精霊の力のせいだと気付いたのは五回目のことだ。


 時間が戻るたびに、事件は起き、最後は王座の間で血に塗れた剣を持つギルバートに私は行き着いた。

 

 何度繰り返しても、彼は私に手を伸ばし、私の名前を呼び続けていた。


 あの手が届く前にいつも私は死んでしまうけど……


 どうして手を伸ばしたの?

 王宮に火を放った狂王子が私を助ける理由なんてないのに。

 

 彼が私に手を伸ばした理由も、私の名前を呼んだ理由も分からない。

 

 でも絞り出すような悲痛な叫び声と、今にも泣き出しそうな赤い瞳が忘れられなくて――


 だから、私はギルバートの計画を阻止する事に決めた。

 

 あのような事件を起こしてしまう前に、彼を助け出したいと思うようになってしまった。


 婚外子で、みんなから蔑まれる第三王子。

 彼が王座を求める気持ちも、理解できないわけじゃなかったから。

 

 時間を繰り返して、今が何度目かも覚えていない。

 あまり逸脱した行動を取りすぎると、ギルバートに行き着く前に死んでいることもあった。

 

 違う精霊と契約したいと願っても、『選ばれる立場』である私にその権利は与えられなかった。

 

 時を戻す光の精霊と契約を結び続ける限り、聖女の柵に縛られて何もできないことを悟った私は、今回敢えて儀式を失敗させた。


 精霊と契約しない道を選んだ。

 

 光の精霊と契約しなければ、時を戻すこともできなくなる。だから、これは未来を変える最後のチャンスだと覚悟して。


 だから、真っ黒な精霊が現れた時は驚いた。

 その子もやはり、男か女かも分からない、あどけない顔をしていた。


 違うのは少し悪戯げに笑っていたことくらいだろうか。


「君の本当の願いを叶えてあげる」

 

 その真っ黒に光るその身体。

 教会で行われる聖女教育の中でわずかに触れられる、今は伝承の中だけで語られる闇の精霊だとすぐに気付いた。


 彼らは、治さない。守らない。育てない。

 人に不利益と不幸を齎す存在。

 最後は、契約した人間も破滅させるという。


「第三王子ギルバート……彼を呪える? 彼の思い通りにさせたくないの」


 彼の起こす数々の事件を止めたい。

 全部が嘘に見えるこの世界で、あの悲痛な顔と、私に伸ばした手だけは本物だった。


 私は破滅してもいい。

 彼を呪う事で、多くの人々と彼を救うことができたなら。


「任せて」


 言葉として、本当にその子が言ったのか分からない。

 

 願いを全て見透かすように手を差し伸べたその子に、私は自分を差し出した。


 ♦︎ ♦︎ ♦︎


 この記憶通りなら——

 この後、トリスカ国の国使一行が行方不明になる。

 ギルバートとの接触は阻止したけれど……


 自分で……ちゃんと確かめなきゃ。

 できることを、やり切らなきゃ。


 地平線に消えていく王宮。

 私はそっと膝の上で拳を握った。



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