12話 元聖女と計画の協力者2
先程の無邪気さは姿を消し、真剣な表情でレイヤードは羊皮紙を差し出した。
「トリスカ国から預かった例のモノの受け渡し場所です。邪魔が入ったのでしょう?」
「すまない。助かった」
マクスベルに邪魔されたのをレイヤードは見ていたらしい。彼らの後を追って国使から手紙を預かってきたそうだ。
俺が派手に『狂王子』を演じれば演じるほど、周囲の注目と嫌悪は俺一点へと集中する。その陰で、レイヤードは誰にも意識されない『無害な第五王子』として隠密に動いてきた。
狂王子では届かない、壮大な計画の隙間を完璧に埋める存在。
コインの裏と表のように、俺の計画を完遂するためには、レイヤードの存在が不可欠だ。
羊皮紙を開けると、走り書きのような字で積荷の引き渡し場所が記載されていた。国境付近の目立たない街で、秘密裏に受け取って欲しいと。
「明日、マクスベル兄上が国使をお見送りするみたいです。こちらの動きを察知されないでしょうか……」
「俺が直接受け取るから大丈夫だ。お前は心配しなくていい」
頭の中で計画を組み替えていく。
ベアトリスが馬車を使っているから、別の馬を用意しなくては。マクスベルにさえ見つからなければ問題ないはずだ。
王宮の内側で華やかな歓声が耳に届いた。どうやら、大陸精霊祭が閉会したらしい。
第三王子と第五王子の姿が見えなくても問題は起こらないいつもの流れ。レイヤードは、無表情で一瞬王宮の庭園の方へと視線を向けた。感情を押し殺すその顔は、彼と出会ってから少しも変わらない。
「兄上、どうしてベアトリス嬢を妻に迎えたのですか?」
視線を庭園側へと向けながら、ふいにレイヤードから言葉が零れた。
「どういう意味だ」
「こんなこと、予定にはなかったでしょう? 僕の予想では、ベアトリス様は先日の儀式で聖女として認められ、この日に第一王子であるアルフレッド兄上と婚約を結ばれるはずでした。彼女は精霊からとても愛されていましたから」
泉に近づくだけで光の精霊が集まる聖女候補。
第一王子は最初からベアトリスを狙っていた。
ベアトリスの実家を囲い、方々へ圧力をかけて。
ベアトリスとの婚姻で知略に勝る第二王子に、優位を取ろうと目論んでいたのだ。
「全ての計画が終わった暁には、表向きの不利益を全て被った対価として、兄上は一つだけ望みを叶えて欲しいと持ちかけた。それが僕との契約です」
「そうだ」
「兄上はその対価にベアトリス様を望まれると思っていたのです。兄上が被った王宮や貴族達の反感という代償も、大きな力を持つ聖女を妻に迎えれば全部チャラだ。それは、計画の先であっても変わらないでしょう」
ドクンと心臓が脈を打った。
空気が一瞬で張り詰め、歓声は背景に溶けていく。
「何が言いたい?」
「ベアトリス様は聖女を投げ打った。それなのに兄上は彼女を娶った。彼女を拒絶することもできたはずです。本当に聖女を投げ打ったなら、彼女には既に価値がないのだから」
レイヤードは見定めるように海の底のような青い目で俺を見据えた。俺は湧き上がる感情を一切表に出さず、その言葉の続きを待つ。
「儀式は失敗だと言われていますが、僕には別の何かと契約を結んだように見えました。兄上はそれを知ってて、敢えて彼女を選んだのではないですか? 聖女の力より、価値がある力を持っていると」
「……そんなんじゃない」
普段のレイヤードからは想像もできないだろう。
でも、彼は周囲が思うより遥かに鋭い視点を持っている。
そして、ふと為政者として有能な顔を覗かせるのだ。
レイヤードと俺では『価値』の認識に大きな隔たりがある。
そもそもこれはあの日のベアトリスを諦めきれない身勝手な俺が、自分の欲を叶えるために起こした計画なのだ。
だから、ベアトリスが聖女だろうが、成り損ないだろうが俺にとっての価値は変わらない。
計画が狂おうが、順番が変わろうが、聖女だろうが、暗殺者だろうが、どうでもいい。
計画は最後まで遂行する。
その上で、ベアトリスを手に入れる。
誰にも、彼女を道具になんてさせるつもりはない。
ただレイヤードにとっては違う。
聖女でないベアトリスに価値はないのだ。
では、闇の精霊と計画を結んだベアトリスならばどうだろう。為政者としてならば、彼女の力の使い道はいくらでも思いつく。
「彼女を娶ったのは、ああするのが第一王子を煽るのに最適だっただけ。ただの利害の一致だ」
俺は、レイヤードに闇の精霊について秘匿することを決めた。計画の先で、彼女がレイヤードに利用されないために。
「裏切るつもりはないから、安心しろ」
「そうですか……」
レイヤードの不服そうな顔に焦燥が滲む。
気づいてくれるなよと願いながら、俺は静かに立ち上がった。
「ひとまず、計画を遂行する」
ベアトリスも気掛かりだが、時間がない。
城門で待機する馬車の列を俺は静かに見据えた。




