9話 元聖女と大陸精霊祭2
王宮自慢の庭園。咲き誇る夏の花々が背景へと変わるほどに、会場は華やかな色に満ちていた。
この日のために拵えられた壇上では、すでに国王の開会宣言が終わり、教会の大司教が今年誕生した聖女の紹介を行なっていた。
奇跡の力をもつ聖女は、どの国も喉から手が出るほど欲している。精霊の住まう聖なる泉と聖女のおかげで、この国はここまで栄えることができたと言っていい。
今年誕生した聖女は四人。
名を呼ばれ、壇上で誇らしげに礼をする彼女達を見定めるのは他国の要人達だ。
最後の聖女の名が呼ばれた瞬間、他国の要人達がざわめいた。去年まで期待の聖女候補だったベアトリスの名前が呼ばれないことに気がついたのだ。
「ベアトリス様はどこだ……?」
「彼女が儀式に失敗しただと!?」
「嫌とは言わせない」と半ば強制的に連れてきたが、受ける嘲笑なんて最小限でいい。
この時間と重ならないよう、敢えて時間をずらしたのに。
ああ、奴のせいか。
壇上の上では国王の隣に並ぶアルフレッド王子が勝ち誇った笑みを浮かべていた。
要人らの視線は入場したばかりの俺たちに自然と集まる。
黒のドレスに身を包んだベアトリスが、俺の隣にいることに目を丸くした。
「どういうことだ?」
「見て。ギルバート様だわ」
「ベアトリス嬢を妻にしたのか!?」
「なぜだ! 婚外子だろう!?」
負の感情が隠されることなく俺とベアトリスに降り注ぐ。
無遠慮な視線も言葉も俺はもう慣れてしまったけれど、ベアトリスに関してはそうじゃない。
狼狽えてやしないかと、隣に視線を向けた。
しかし、心配は無用だったらしい。
彼女は淑女の笑みを浮かべたまま、彼らを静かに見据えている。
あまりの気概にふと笑みが溢れた。
悪女と悪役。お似合いの夫婦にしか見えないだろう。
その笑みをさらに深め、貴族達を見下すように僅かに首をかしげる。
「なんだ? 俺の隣にベアトリスがいることがそれほど不思議か?」
俺の悪辣極まりない笑みに、周囲はぴたりと口を閉ざした。
俺の存在全てが武器で防具だ。
さあ――混乱しろ。
「俺の妻になったベアトリスを気にかけるより、他国に嫁げる聖女の数が減ったことを気にかけた方がいいんじゃないか? まぁ頑張れ。他国を蹴落とし、媚びへつらって、聖女を迎えられるといいな」
他国の要人達の顔色は一瞬にして青く変わった。
互いに顔を見合わせ、ギラついた目で壇上に視線を戻す。
王子はすでに聖女と婚約を交わしたのか。
どんな力を持つ精霊と契約したのか。
小声で飛び交う憶測と、焦燥が会場を支配していた。
その焦りは少しずつ伝播し、大陸精霊祭が幕を開けたと同時に国王や王子達、聖女達の実家に他国の要人が詰めかける。
まぁ、こんなものか。
小さく息を吐くと同時に、蚊の鳴くような声で「ありがとう」という一言が耳に届いた。隣を見ると、ベアトリスが僅かに視線を落としている。
え、可愛い! 可愛い! 可愛い!!!
「感謝は態度で示すんだな」
「何も……言ってないわ」
相変わらず素直じゃないけれど、ありがとうを頂きました!
彼女からの感謝を噛み締めていると、会場端から現れた給仕が笑顔で俺達にグラスを差し出した。視線という圧から解放されたベアトリスはごく自然な流れで、グラスに手を伸ばす。
その自然な流れこそが危険だということも気づかずに。
彼女が受け取る前に、俺が手早くグラスを奪う。
小さく驚くベアトリスと、笑顔を絶やさぬ給仕の前で、その中身を地面へと捨てた。
給仕は何も言わない。驚くこともない。
至ってスマートな動きで、また会場端へと消えていく。
彼の姿が見えなくなった途端、ベアトリスが俺の腕を引いた。
「ちょっと! 捨てるなんて……!」
「大抵毒が混じっているがいいのか?」
「え……嘘でしょ!?」
「本当だ。嫌われてるのは百も承知だろう? 何も手をつけるなよ。でも、笑顔だけは絶やすな」
料理に一切手をつけぬまま、ベアトリスを連れ歩き、悪戯に貴族達に声をかけた。
どんな態度を示してくるかでそいつの危険性が分かる。それに紛れて数少ない味方への挨拶も怠らない。不用意に離宮に招くことができないからこそ、暗号を介して交わされる情報交換。
計画は順調に進んでいるそうだ。
その情報交換の間、ベアトリスの邪魔は入らなかった。
祭典で毒を盛られる可能性を知って、意識が他に向いたのかもしれない。淑女の顔を貼り付けたまま、俺の隣を飾っている。
諦めたのだろうか?
自然と綻ぶ口元に気をつけがなら会場に視線を向けると、今回の目的の人物と目が合った。
余裕のない会場の貴族達に乗じて、彼はこちらへと歩みを寄せる。
「ギルバート様、ご無沙汰しております」
「これはこれは、トリスカ国の国使殿……」
周囲に気を配りながら、交わし合う挨拶。
例の物を受け取りに来たのだろう。
カイルにベアトリスを預けようか思案した矢先。
ビリっ――
頭を下げた彼から、嫌な音が響き渡った。
あれは布が破れる音だ。
トリスカ国の国使。
何度も顔を合わせた彼の顔がみるみる青ざめ、咄嗟に尻を手で覆い隠す。
まさか――
ズボンが破れた!?!?
「まぁ! どうされました?」
反射的に隣を見ると、ベアトリスがわざとらしく手を口元に当てていた。
ベアトリスっ――!!
ちょ……何やってんの!?




