VII
リョウちゃんは最近、図書室や理科室に篭ってばかりいる。色んな図鑑や事典を読んだり、薬品棚から何かを出し入れしたり。ほとんど何も言わないし、しゃべってもくれない。ときどき何か思い出したように、鍵もかけずに出ていってなかなか戻ってこないこともある。
何をしているのかわからないけど、大事なことをしているのはわかる。
ノートの切れ端とシャープペンを持ち歩いて、よく広げて何かをメモする。
ウメ、シソ、パセリ、緑茶……。野菜や果物の名前が、たくさん書いてある。チェックをつけたり、横線を引いたり、作業は小まめでいそがしい。
たまに、きかれることもある。
「みぃ、シキミって見たことある?」
さっぱりわからなくて、首をふると、リョウちゃんは残念そうにする。
外の話もする。といっても、リョウちゃんはまだしも、わたしが外に出たのはずっと前だ。
学校からの帰り道にある公園の花壇に、ツツジが植わっている。花が咲いていたらそれを摘みとり、蜜をすった。校庭で体育をしていたころは、芝生に生えているオオバコから白い筋を抜いて食べてみた。おいしくもなんともなかったけど。
竹谷の店の隣の家の垣根に、イチイがあったのを覚えているか、と、リョウちゃんはきく。そこの通りはあまり通らなかったから、思い出せない。
「深緑の細い葉っぱに、赤い実がなる木だよ。塀の上にはみ出ててさ。実がやわらかくて、ちょっと透明っぽくて、真ん中に穴があいてる。覚えてない?」
わたしは首をふる。リョウちゃんはがっかりする。
そしてまた、一人だけの作業に没頭する。
リョウちゃんがしゃべってくれなくなったことに、わたしもがっかりする。
でも、リョウちゃんはわたしを追い出さない。近くにいて、じっと見てても。ほんのときどき、雨だ、とか、クモがいる、とか話しかけると、うん、とか、待って、とか、あとで、とか答えてくれる。聞いてないフリはしない。
だから、わたしはそばを離れない。
廊下で足音がして、リョウちゃんが気づいてなければ、こっそり教える。急いで机の下や棚の陰に隠れて、声をひそめて、息をこらえる。いつも、足音は、そのまま近づいてもこない。ただ、二人で隠れるとき、何も言わなくても同じ行動ができるのが、嬉しい。
足音が消えて、安心すると、元の場所に戻る。そのときリョウちゃんがちょっと笑う。
わたしも隣に戻りながら、リョウちゃんの役に立ってるんだ、と、思う。そうすると知らない内に笑っている。
ここにいられれば、それがとても楽しい。
だからわたしはリョウちゃんといるんだ。




