悪の起源 1
長くなったのでふたつに分けました。
ちょっとアレな感じのぶった切り方ですみません;
この世界の初代管理者だったクォルツェニア様が亡くなられたのは、僕が生まれる少し前のことですから、僕も詳しいことを知っているわけではありません。
せいぜいが一連の事件をまとめた報告書から得た知識程度で、直接の当事者であったリグヴァルド様も、この件に関しては口を閉ざされてしまいます。
ただ以前、別の管理者の方から、初代様はリグヴァルド様と非常に近しい関係だったと聞いたことがあり、それでリグヴァルド様が多くを語らない理由がなんとなく察せられました。
「初代様はクォルツェニア様と仰る女神で、人間種を我が子と慈しむ愛情深い方だったと聞いています」
「ふむ、南方の群島国家に伝わる地母神信仰がその方の名残でしょうか……」
教皇は今のところ神妙な表情で聞いてくれていますが、僕自身も曖昧な知識しかない話を、どこからどう説明すればいいのか。そしてそれ以上に、『どこまで』語っていいのか。
今日僕が話すことが今後のクリスティルダの人間社会にどう影響を及ぼすのか、想像するだけで胃に穴が開きそうですが、あの面倒臭がりのリグヴァルド様がわざわざ託宣を下してまで語れと言うのです。僕に直接指示しなかったのも、言えばきっと僕が反対するとわかっていたからでしょう。
リグヴァルド様が、そこまでして一体人間種に何を望むのか――。
長年身近に接してきた上司の意図がわからないことに、まるで足元から地面が消えてしまったかのような不安を覚えますが、きっと僕が知るすべてを語ることを期待されているのだと思います。
「そしてクォルツェニア様は、その御身を犠牲にして人間種の暴走を止めた、いわば人間に殺された初めての神族でもありました」
そのひと言に、それまでそれなりにざわついていた大食堂が、まるで時が止まったかのように静まり返りました。僕の言葉の意味が脳に染み込むにつれて、教皇をはじめとしたマテアス関係者たちの顔色が青ざめていきます。
無理もありません。今この場にいる人間の脳内は、『神殺し』のひと言で占められているはずです。より正確には、自分が神殺しの民の末裔なのかどうかで。
そして残念なことに、その答えは『是』です。
「初代様が亡くなられた時、人間種のほとんども同じく死にましたが、その僅かに残った人類の葉末が貴方がたということになります」
僕の言葉に、教皇はかなり長い間沈黙していましたが、何かを覚悟したかのように深く長い息を吐くと、まっすぐに僕の目を見て言いました。
「最初から、すべてをお話しください。私たちはあまりにも……何も知らなさすぎる」
「『悪の起源は無知にある』ですか」
「それは……?」
「初代様の時代に生きていたある学者が提唱した思想です。でもその後初代様の身に起こったことを考えれば、この言葉も皮肉以外の何ものでもないのですが……」
あれは無知故の事故だったのか、それとも人が知らないで良いことを知ったが故の必然か。もしくは真理まで辿りつかない、中途半端な知識がもたらした結果だったのか。
そして悪の起源たる無知だったのは誰なのか。クォルツェニア様か、人間か。
この問いに、今の世の人間種はどんな答えを出すのでしょうか。
「初代様は人に混じって暮らし、彼らの望む知識は無条件に与えていたので、当時のクリスティルダの文明は今とは比べ物にならないほど発展していたと聞いています」
「そう言われてもまるで想像できないのだが、例えば……?」
「夜でも街は昼のように明るく、人が鳥のように空を舞い、そして天候すら人間の思うがままだったそうです」
「そ、そんなことをして、主神様や魔王様の言うところの世界の均衡は保たれるのですか?」
「いえ、当然当時のクリスティルダは疲弊していたと思いますよ。でも初代様は、それがこの世界の住人である人間種が望むことであれば、それもまたこの世界の自然な在り様だというお考えでした」
現在クリスティルダの世界バランスを担う魔王として、僕はそこにこそ初代様の『無知の罪』があるような気がします。
過去五千年にわたって人間種を観察し続けてきた僕は、人間という種族が『自然の在り様』から簡単に逸脱する生き物であることを知っているからです。
もちろん人間種の大多数は、本能や欲求にどこまでも忠実です。でも中にはほんの一握りだけ、意識的にそこから踏み出すことを選びとる個体もいるわけでして。
そんなアンビバレントな種族にこの世界の舵取りを任せてしまったのが、僕の考えるところの初代様の無知です。




