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閑話: カリフラワーチーズ

料理と武器トークが微妙な感じでランデヴー。

もちろん間を取り持つのは戦う料理人の憧れの武器、包丁。

本編にそこまで関係ないので、読み飛ばしても大丈夫です。

あと需要ないかもしれませんが、活動報告にレシピを載せておきました。



 頭痛よ、さようなら!脳神経ぶっ叩き職人は二度と戻ってくるな!!


 唐突にすみません。今のは珊瑚と子羊を協会に送りだした後、数千年ぶりに世界との同調を解除した僕の心の声です。

 しかしクリスティルダとの同調を切った素の自分だけの感覚って、こんなにもクリアで、それでいて頼りないものなのですね。バックロードの苦痛から解放されるのは有り難いですし、自転や重力といった面倒なプロセスから自由になれるのも嬉しいのですが、自分の五感を通じてしか世界を認識できないというのは何とも心もとない感覚です。

 あ、でも自分の五感だけに意識が集中するせいで、空腹のような体の要求はよりダイレクトに感じるみたいですね。これは食事時の味覚の感じ方が楽しみかも。

 うん、そうと決まれば早速夕食の支度に取りかかりましょう。


 大きめの小房に切ったカリフラワーをタジン鍋に入れて蒸しはじめると、立ち上る細い蒸気の糸がカリフラワーの芳醇な香りでキッチンを満たします。

 「蒼はカリフラワー好きだよな」

 今日は翠がお手伝いを申し出てくれました。僕よりも遥かに男性的な風貌の翠ですが、常と同じく料理にもきめ細やかな気配りを見せてくれるので、同じキッチンに立つことに抵抗はありません。

 「そうですね。カリフラワーって『花』じゃないですか。形状は随分と違いますけど、花を食べるという概念が南国の鳥にでもなったみたいで面白いと思って」

 「お前の発想って時々やけに可愛くなるんだけど」

 そう言って朗らかに笑った翠には、現在アボカドと温野菜のサラダの下ごしらえをお願いしています。僕はその横でスパイスで香り付けした牛乳にチーズを溶かし込んでいる最中で、今夜はカリフラワーのチーズソースグラタンがメインになる予定です。

 「あとはほら、今日は珊瑚の帰りが遅くなるかもしれませんから、温めなおしても美味しく食べられる料理にしようかなと」

 「ああ、剣の刃こぼれだっけ。ドワーフ鍛冶は仕事が速いから、メシ時までに帰れるといいんだけどな」

 協会にはドワーフ種の鍛冶工房があって、僕たち魔王種の武器は基本的にそこでオーダーメイドしたものです。なのでメンテナンスや改造の際には、決まってドワーフ鍛冶のお世話になるんですよね。僕が今使っている包丁も、ドワーフ鍛冶に無理を言って打ってもらった業物です。おかげでどんな食材でもスッパスパ切れますよ?

 「珊瑚の双剣は切れ味最優先で、あまり耐久力はないみたいですね」

 「俺の大剣とは正反対だな。あれは斬るというよりはかち割るって感じだから、頑丈さがあればちょっとくらい刃こぼれしてもどうってことないし」

 僕たち魔王はどんな武器を使うのも自分の自由ですから、中にはこれぞという獲物に出会えるまでに、何世紀もかかってしまう魔王もいます。僕は相手に合わせて自分の戦い方を変えるタイプなので、もっとも汎用性の高い片刃の剣を使っていますが、中には萌黄のように状況に応じて複数の武器を使い分ける魔王もいます。

 「ドワーフ鍛冶の武器と言えば、『肉の魔王』の武器選びは酷かったですよね」

 滑らかに混ざったチーズソースの味を塩と胡椒とナツメグで整えながら、僕はふと少し前のある出来事を思い出しました。

 「あー、アイツなぁ……いくら自分の名前が嫌だからって、ネタに走ることはないだろうに」

 『肉の魔王』は相当に自虐的な性格らしく、武器を選ぶ際に迷わずクレーバーという鉈のような解体用の肉切り包丁をオーダーしてドワーフ鍛冶を卒倒させた伝説の人物です。オーダーを受ける受けないで揉めた工房の鍛冶師が苛立ちとストレスをぶつけるようにして打ち上げた件のクレーバーは、僕が見てもぞっとするような禍々しい武器に仕上がっていました。

 「まあ、彼の世界では魔王は異常に恐れられているみたいですから、成功と言えば成功と言えないこともない……のかな?」

 「いや、でもそれって魔王っていうよりももう単なるサイコパス的な恐れられ方じゃないのか?」

 「確かにそうかも」

 蒸し上がったカリフラワーを大きめの耐熱皿と珊瑚のためのひとり分のグラタン皿に分けて敷き詰めながら、サイコパスな魔王像を想像して思わず笑ってしまいました。この上にとろりとしたチーズソースをかけて、焼き色用の粉チーズを振ってオーブンに放り込めば、メインディッシュは完成です。馥郁たるナツメグの香りが常以上に鼻腔を刺激して、否応なく空腹感が煽られます。

 ちなみにナツメグというのも僕の好きな食材のひとつで――まあ僕の場合、嫌いな食材のほうが少ないので、そんなことを言い出したらキリがないのですが――ナツメグをおろし金で擂ったあとの断面は、ひとつとして同じ物のない自然界の神秘の模様だと思うんですよね。いつまでも見ていたいと思わせるのに、数分で酸化して色褪せてしまうところもまた堪りません。あ、でも収穫したてのナツメグの種子は、いやに生々しい真っ赤な皮で覆われていて、微妙にグロいというかエグい風貌なんですけど。

 「よし、アスパラのはかま取り終わったぞ。あとは何をすればいい?」

 「ありがとう。今ドレッシングを作っていますから、そろそろみんなを呼んできてくれますか?」


 テーブルの中央にカリフラワーのキャセロールとサラダを据えて、ポピーシードやゴマの入った香ばしいパンをバスケットに盛ります。あとは食糧庫にストックされている数種類のハムやパテ、チーズ類を皿に盛り合わせれば、手抜きながらもそこそこに賑やかな食卓が整いました。

 「先輩、このドレッシングには何が入っていますの?」

 和やかに食事を始めると、サラダを味わっていた萌黄に聞かれました。

 「ベースはリンゴ酢とオイルで、マヨネーズ、粒マスタード、それに醤油で味をつけています。具材に酒蒸しした鶏とアボカドが入っていますから、それだけもでかなりのコクが出るんですよ」

 「ジャガイモのおかげでボリュームもありますし、これ一品で結構なご馳走ですわね」

 でも不思議なことに、同調を解除してよりクリアなはずの味覚が僕に届ける刺激と情報は今までとさして変わりありません。いえ、以前よりももっと味気ないくらいです。期待していただけに、これにはちょっと拍子抜けでした。

 するといつもの如く気持ちの良い食欲を発揮していたレオニールが、実に軽い調子で会話に加わりました。

 「伯父上がアボカドに目がないのだが、あとでレシピをもらえないだろうか。教皇宮の厨房で作らせれば、きっと喜ばれるだろう」

 「レシピを写すのは構いませんが……」

 その能天気な口調に思わず言い淀んでしまいましたが、教皇が魔王の料理で喜んだりしますかね。確か僕、マテアスの国敵認定されていた気がするんですが。

 「教皇と魔王が料理で交流かよ。時代も変わるってもんだな」

 翠も苦笑を零します。けれどこれって時代の問題なのか、それとも単にレオニール自身が型破りなだけなのか。僕は後者に一票です。

 「この前はこの話の途中で横槍が入ったのだったな。でも本当に、一度伯父上と会うことを検討してみてはくれないか」

 そうでした。あの時はこの話の最中に異空間が発生して僕が倒れたのでした。

 「ええ、明日にでも協会に聞いてみましょう。――あ、珊瑚が帰ってきたみたいですね」

 会話の声や食器にカトラリーが触れる音をすり抜けて、僕の耳が転位陣のチャイム音を拾い上げました。食事を始めてからずっと空いている椅子の存在が気になって仕方がなかったので、珊瑚が戻ってきてくれてほっとします。

 「ただいまでっす!」

 オーブンの余熱で温めていたひとり分のグラタン皿を取り出していると、パタパタと足音を響かせた珊瑚がダイニングに飛び込んできました。いそいそとテーブルについた珊瑚に供してやれば、彼は実に嬉しそうに目を輝かせて料理を口に運びはじめます。

 「剣は無事に直りましたか?」

 「はい、大したことなくて助かったっす。あ、そういえば幻獣開発課ではもう新しい素体の卵が産まれてるらしいっすよ。なんかすっごく噂になってました」

 おや、あのふたりにしては早い仕事でしたね。明日は槍とまではいかなくとも、竹槍か火かき棒くらいは降ってきそうです。まあ、どちらも高いところから降られれば、被害甚大なことに変わりはありませんが。

 「じゃあ早速明日にでも、教皇との会談を打診しがてら覗きに行ってみましょうか」

 そうして僕も食事を再開すると、料理はさっきよりも冷えているはずなのに、口内を満たす味と香りは比べ物にならないくらいに鮮やかに感じられました。

 空いている椅子ひとつでこれだけ感じ方が変わるということ――。人間種が料理や食事に込める想いの片鱗が、また少し理解できた気がした夜でした。

読んでくださってありがとうございます。

あとお気に入り登録にも大変感謝しております、嬉しいです。


料理と武器、どっちももっと掘り下げたかったのですが、掘り下げれば掘り下げるほどこの物語との関係性が行方不明になっていく&文字数だけがとんでもないことになっていくので、ざっくりと削ったら今度は何がしたいのか分からない回になってしまいました。すみませんorz

でもカリフラワー普及活動ができればそれでよしと割り切りました!


そして週末は更新不定期になるかもしれません。

早めに完結まで持っていきたいとは思っているので、できる限り頑張ります。

引き続きお付き合いいただけますようお願いいたします。

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