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閑話: 珊瑚

珊瑚視点です。閑話と銘打ってありますが、本編とはかなり密接に絡んでいます。


 腰の双剣をドワーフ鍛冶に預けてしまうと、丸腰に近いことに幾許かの心もとなさを覚えた。

 定時を過ぎた後でも協会にはまだたくさんの職員が残っている。けれど今歩いている区画は無人に近く、無防備な状態に対する警戒心が煽られた。ただこれから会いに行く相手のことを考えれば、おそらく丸腰で会うのが賢い選択なのだろう。


 目当ての人物は、予想通り『箱庭愛好会』に与えられた部屋で見つけた。その気配を確認して、心臓の鼓動がいやに大きく響くのを意識しながらドアをノックする。

 「どうぞー?」

 やや間の抜けたようにも聞こえる声を受けて部屋の扉を開ければ、使い古された応接セットに腰掛けて何か書き物をしていたらしいリグヴァルド様が顔を上げた。

 「おや、珊瑚くん?どうしたんだい、うちの蒼くんも一緒かい?」

 「いえ、今日は俺ひとりっすよ。ちょっとリグヴァルド様とお話ししたいなと思って」

 驚きの表情を作った蒼さんの上司に愛想よく笑いかけながら、空いているソファに両足を投げ出すようにして腰を下ろす。

 「蒼くんとはうまくやれてる?彼は完璧主義だから大変だろう」

 コーヒーテーブルの上に散らばる書類をまとめながらそう言ったリグヴァルド様は、とても神族とは思えない平凡な顔と声でハハハと困ったような笑いを零した。けれどそんな『冴えない』と言われている世界管理者を目の前にして、俺の手の平は既に緊張でしっとりと汗ばんでいる。

 さあ、これは一種の賭けだ。

 「いえ、そんなことは。ねえ、リグヴァルド様、今日はまだるっこしいこと抜きにしません?」

 普段自分が作っている口調を捨てて、ずばりと本題を切り出す。もしリグヴァルド様が俺が思っている通りの人物なら、下手な駆け引きは命取りだ。

 すると僅かな間をおいてリグヴァルド様の唇が笑みの形に弧を描き――。


 その瞬間、彼の雰囲気が豹変した。


 「そうだね、お互いに面倒臭いことはナシで行こうか?君もその演技抜きで僕に言いたいことがあるんだろうし」

 そう言ったリグヴァルド様の口許は引き続き笑みを形作っているものの、俺の体は威圧感にすくみそうになる一歩手前だ。髪や目などの外見的な何かが変わったわけではない。けれど別人だとしか言いようがないほどに、素を見せたリグヴァルド様は神々しく美しく、そして恐ろしかった。

 「珊瑚くんは前から薄々感づいていたでしょ、僕のこと。でも僕も君の猫被りに気付いていたからおあいこだね」

 「……ええ、でも確信を得たのは今日でした」

 ゆっくりと呼吸をして、気圧されそうになる自分を叱咤しながら言葉を紡ぐ。

 「うん、君にはバレるかもしれないと思っていたよ。ちなみに確信した理由を聞いてもいいかな?」

 普段とまったく変わらない声音と口調。なのにそのひと言ひと言が放つ重圧感は計り知れない。

 「今日行った異空間、本当に性質が悪かったですから。あれを作ったのがリグヴァルド様なら、素はさぞかし鬼畜な性格をなさっているのだろうと思いまして」

 「やっぱり君にはわかっちゃうんだ?まあそうだよね。よく似てるもんね、君と僕」

 リグヴァルド様は喉の奥で笑うと、さらりと嫌なことを指摘した。けれどそう、リグヴァルド様の本性に気付いたきっかけは、自分の思考回路との共通点を見出したからだ。

 「あの異空間、突破できそうな希望をところどころでちらつかせておいて、その直後に絶望を与えるやり方が本当にもう悪意の塊って言うか。特に最後の階層。あれって人間種は生かして返す気なんか最初からなかったんじゃないですか?」

 「んー、強運の持ち主くらいは見逃してあげようと思っていたよ?だから一発目は威嚇射撃ってことにしてあるんだし。でも魔王種並みの演算能力がないと、確実に抜けるのは無理だよね」

 クスクスと楽しそうに笑うリグヴァルド様を見ていたら、自然と顔をしかめていた。意識して表情筋を緩ませるが、同族嫌悪というやつだろうか。

 「回廊の奥にはっきりと出口を見せて焦りを誘ってるし、本当に趣味悪いですよね。で、何を企んでるんですか?」

 「趣味の善し悪しは、意図がわかっちゃう時点で君もお仲間だろう?だけど企んでるなんて言われるのは心外だなあ。君たちのお手伝いをしてあげようと思っただけなのに」

 リグヴァルド様はわざとらしく目を瞠って、殊更に明るい声を出す。けれどその目の光はまるで獲物を甚振るかのようなそれだ。

 「いえ、異空間じゃなくて『迷える子羊』の派遣です。あいつが絶対に金曜日に間に合うはずがないって、リグヴァルド様はご存知だったんじゃないですか?」

 「だとしたらどうする?」

 リグヴァルド様の口許の笑みがぐっと深まる。ああ、本当に性格が悪いな、この人。俺なんかよりも何百倍も、何千倍も。

 「蒼さん、バックロードですごく苦しんでました。あなたは蒼さんをどうしたいんですか」

 「逆に聞くけど、君が僕と一対一で向き合ってまで蒼くんを気にかけるのはなぜだい?」

 この質問は要注意だ。きっと試されているのだと思う。ここでこの人が納得するだけの本心をぶつけなければ、そう遠くないうちにこの人は俺を自分や蒼さんの周辺から排除する。

 「蒼さんは……憧れだから。俺と違って、ずっと綺麗なまま魔王なんてやっている憧れだから。あまり傷付いて欲しくない」

 いつの間にか機械的に人間の数や文明を調整していた俺と違って、蒼さんは今でも愛情と情熱をもってクリスティルダに接している。降臨する時は誰よりも容赦なく人間社会に制裁を加えるのに、それ以外の時は積極的に人間種の文化を学んで、人間という生き物を理解しようと努めている。

 俺自身はもう冷めきっていてとてもああはなれないけど、あの人が綺麗で一生懸命のままいられるなら、必要なことは何でもしてあげたいと思った。上司に裏切られて傷付くところなんか一番見たくない。

 「……ありがとう。やっぱり君を選んで正解だったね」

 いつの間にか膝の上に落としていた視線を上げれば、今までの威圧感が嘘だったかのようにふわりと柔らかい微笑みを浮かべたリグヴァルド様と目が合った。

 「僕だっていたずらに蒼くんを傷つけたいわけじゃないんだ。だけど今回は蒼くんのためにも必要なことだったと思っているよ」

 「どうして……?」

 「蒼くんは何でも自分ひとりで抱え込んでしまうだろう?それが出来てしまうだけの器があるからね。だけどそれじゃあいつか対処しきれなくなった時にパンクしてしまう」

 そう話すリグヴァルド様の瞳には確かに愛情と呼べる光があって、それは演技だとはとても思えないくらいに真摯なものだ。蒼さんが最も傷付くであろう状況が実現しそうにないことに、俺はほっと安堵の息を漏らす。

 「だから今のうちに仲間を頼ることを学んでほしかったんだ。だけどちょっとやそっと突いただけじゃあ、あの子は弱音ひとつ吐かないからね。まあ、今回もみんなに頼りっきりなんてことにはまったくならなかったみたいだけど」

 「さっき俺を選んだって仰ってましたけど――あと『今のうちに』って……リグヴァルド様は本当に何をなさろうとしているんですか」

 もしリグヴァルド様が俺のような性格だとしたら、今回の動きはあまりにも性急に思える。そもそも新システムの開発などという辺りから違和感があるし、ダーヴァラ様があまりにも簡単にクリスティルダに匙を投げたのもおかしい。

 「それはまだ話してあげることはできないけど、悪いようにはしないよ。これからも蒼くんをよろしく頼むね」

 そう言って立ち上がったリグヴァルド様は、いつの間にか普段の『昼行燈』などと呼ばれる平凡オーラに包まれていた。

 「じゃあ、僕はこれからまたトイレ掃除の時間だから。今日のことは珊瑚くんと僕だけの秘密だよ」

 そう言い残して彼が部屋を出て行ったあとも、俺は極度の緊張から解放されたせいでしばらくへたり込んだまま動けなかった。無性に蒼さんの居心地の良い家が恋しくなる。

 「晩飯取っておいてくれるって言ってたけど、今日は何だったのかな……」

 みんなで囲む食卓の雰囲気を思い出せば自然と頬が緩む。その温かい気持ちをバネに身を起こし、ドワーフ鍛冶へと足を向けた。

 預けた武器を引きとったら、あの家に帰ろう。そしてまたしっかりと猫を被り直して、あの人の傍で癒されよう。

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